歴史の町で

ひぐらし ちまよったか

戦国武将は見ていた

 いじわるな事をした。


 となりの新築へ越してきた一学年下に「文房具とか選べる店は、近くに在りますか?」と聞かれ、下校時に、駅、反対側の商店街へ案内した。

 駅前ロータリーに町の由来となった、よろい武者像が通りをにらむ。


「人が多い時間だから、はぐれたら、この前でオレを待っていて?」

「はいっ」

 騎乗の武将を必死に見上げ記憶しようと懸命な姿が、かわいらしい。


(もう中学生だし、さすがに手をつないで連れ回すのは恥ずかしいよな)


 と思っていた⋯⋯とたん、見失った。


(なんだよアイツ。キョロキョロしすぎ、だろ?)


 ため息でロータリへ戻ると案の定、武将が敵兵を蹴散らす勇猛な場面の下で、神妙な顔つきの小さな制服を発見した。


 くちびるを噴火寸前の火口のような形にし、ぷくんと頬を染めている。


 オレの姿には気づいていない。


 ——いたずら心が、わいた。


(少し、のぞくか?)


 長槍で手綱を握る戦国武将に踏み潰されそうな構図にもかかわらず、ただ、商店街アーケード入り口を見つめ続ける赤ら顔が面白かった。

 バーガー屋の立て看板へ身体を寄せ、小柄な女の子を興味深く観察する。

 まだ馴染めていない町で居心地の悪い思いをしている様子が、手に取るように分かった。


(アイツ、まじめだなぁ⋯⋯)


 オレの言葉を信じて大人しく待っている姿が、こそばゆい。



「——その制服、〇〇中だよね。何年生?」


 彼女の不安が伝わったのか、声をかける生徒の集団が現れた。


(あ、あいつら⋯⋯)


 町内武道会で、たまに見かける顔馴染みも混ざっている。

 身長差がある男子生徒たちに囲まれて、見上げる口元はに歪んでいた。


(⋯⋯やれやれ、行くか⋯⋯)



「誰かと待ち合わせ? よかったら一緒にゲーセンでも、どう?」


「⋯⋯」


「――おお~、わるい悪い!」


 近寄る声に気付いた瞳が、すかさずオレを見据えてきて、痛く刺さった。


「お? なんだ、啓介の知り合いかよ?」

「よう、久しぶり。こいつオレの妹⋯⋯さ、行こうぜ」


 梅干しの様に萎れて、今にも泣き出しそうな表情に気付き、慌てて、ぎゅうと手を握る。


「うん? おまえ妹なんて、いたっけか?」


「あまり細かいこと気にすると、ハゲるぜ? ヒグラシ」


「なんだと、このやろ!」


 無視して小さな手を引いたまま、商店街へときびすを返した。




 背後から、かすれた声が小さく届く。


「⋯⋯あの⋯⋯ありがと⋯⋯おにいちゃん⋯⋯」




 ——そう、あくまでも、いじわるの罪滅ぼし。


 今日だけは手を、つないでやる。




 —— 了。

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