第2話 手の鳴る方へ
この人間には以下の欠陥が確認された。
• 自己評価の低さ
• 他者への過剰従順
• 衝動的自殺願望
• 過去のトラウマ
• 境界の曖昧さ
【(精神状態)】
- 持続的な抑うつ様気分(無力感、希望の欠如)
- 自傷念慮(具体的手段の思考あり)
- 過去の詐欺被害による反復的なトラウマ反応
- 過度の他者配慮・依存傾向(自己主張の困難)
- 高い不安水準(将来・社会への恐怖?)
(※医療診断ではなく観察に基づく仮説)
......見込みは十分だ。
今回の標本はなかなかいい。
◆ ◇ ◆
地下鉄のホーム、電車が通り過ぎる。
冷たい空気感と、彼の淡い
私の背筋を冷やし、発汗させる。
彼は言った。
「おにいちゃんねぇ......どうやったってもう
救いようがないんよ、なんでかわかる?」
彼は一つ息を置く、
深く息を吸い込み、吐き出すように
言葉を吐き出した。
「───"熱"がないから」
......熱という、話が全く見えない。
彼は何が言いたいのだろうか?
「......熱とは?」
「君には熱がないんよ。」
「そんなんじゃ死んだところで素敵な夢一つを
見ることすら......かなわへん。」
死んだところで救いはないとでも言いたいのか?
所詮はバベルの塔の上層階に存在する人間。
塔の上からパンの欠片を投げ込むような、
鳩に餌をやるような娯楽感覚、もしくは慈悲。
とどのつまり成功者の戯言だろう。
「君に足りないのはね?」
「"生きがい"ってやつやで。」
彼の腕時計がチラリと光を反射する。
とても業務的で冷徹そうな刃が、
私の視界を切り裂く。
「生物にはね、"欲"ってのがあるんよねぇ。」
「食欲、性欲、睡眠欲。三大欲求ってやつね、」
「その他にもそれはまあ沢山あるんや。」
「......人間って複雑なもんでやんなるわな?」
私は固まった笑顔を向けるほかなかった。
胡散臭い彼の話に口を出せそうがない。
押し売りみたいな流れに私は乗せられている。
人間に潰される一歩手前の五月の蝿。
惨めだなぁ......醜いなぁ。
今の私はそんな様子だと思う。
「結論から言うとねぇ、」
「欲ってのは人間を地獄に叩き落とす」
「せやけどな?逆も然り。」
「這い上がるためのハシゴにもなるんやなぁ」
「そう、レゾンデートルってやつや。」
彼はその手の冷たそうな黒曜石めいた艶を纏う
革製のバッグから何かを取り出そうとしている。
「まぁ、存在意義ってやつね!」
「......あれぇ?どこやったかな?」
「お、あったあった!これこれ!」
彼は何やら書類のようなモノを私に手渡す。
普通、極めて自然な所作であった。
それがなんだか優しさに溢れていた。
「......これは?」
「おいちゃん主催のイベントの招待状やで」
「えーっと、それはつまり?」
「おにいちゃんに教えてあげるよ」
彼は大きく手を広げる。
「君の
「じゃ!これどうぞ」
……お笑い草だな。いや、笑えもしないかった。
一枚の紙切れ。だが、それは遺書のように
すんなりと私の手に収まった。
「おにいちゃんはね、これから色んな人を救う」
「世界の陰謀からね、みんなを守れるのは」
「おにいちゃんしかおらへんねん」
「みんな、おにいちゃんを待ち望んでる」
「そ、そんなことは......」
「あるさ、おにいちゃんにはね」
「僕がいる。おいちゃんが付いてっからなぁ」
「ちなみにおいちゃんの名前はねぇ」
「
彼はニヤリと笑う。
私は、ちょっとだけ。彼の甘い言葉に
満足しているような、期待しているような。
なんとなく面白そうだと感じた。
「それじゃあ、三日後来てな!絶対やで?」
「あと、"まだ"死なんといてや?おにいちゃん」
◆ ◇ ◆
来てしまった......
摩天楼がまだ微睡んでいる。
そのふもとに立つ私は、
まるで異物のように揺蕩っていた。
青く沈み、やっと鳥の声が聞こえだした頃。
私は一つのビルの前に立っている。
私一人じゃコンビニには入りづらかったので
自動販売機で缶コーヒーを買った。
もちろんブラック。
心がどうにも凪がないので、
苦味で落ち着こうかと考えただけ。
このざわめきが期待なのか不安なのか、
全くわからないので、私は答え合わせに向かう。
指定された部屋までの足取りやら、
そんなものは一切覚えちゃいない。
なんとなく歩いて、エレベーターで
上の階に登っていく。
なんとなく生きてきたから、
そんなだから私はこうなったのだろう。
烏合に囲まれて堕落した私の痩せ細った肉体、
肥大化した自己嫌悪、罪悪感。
私がもっとちゃんと生きていれば、
これまでをぼんやりと生きてさえいなければ、
こんな胡散臭いイベントなんかに
参加することはなかった。
......気づくと部屋についていた。
なんだな大学の講堂みたいだ。
周りには学生や、
意識が高そうな自意識過剰ぽいやつ、
偏屈そうなおじさんのような人達が、
すでに席に座っている。多分、到着順かな。
......姿勢や格好が悪い
親の愛とか、頭が足りないんだろうなぁ
と少し見下してしまう自分がいる。
そんなことを考えてはいけないって
わかっちゃいるけれど、
そんなふうに考えてしまう私がいる。
負け犬の集まりなんだからしょうがないだろう。
同族嫌悪ではないと、
私は彼らと同じだということを
何としても認めたくはなかった。
彼らと同じように席に着く。
私は姿勢を整える。
骨ばった指先が膝の上にきちんと重なっていた。
つくづく私はめんどうくさい男だ。
そうこうしていると、前方右側の扉から
彼がやってきた。八重島さんだった。
「......それじゃあ集まったかな」
「さて、いきなりでごめんな」
「───君たちは神を信じているか?」
現代版────【死神】 湊 小舟 @ibu12
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