現代版────【死神】

湊 小舟

第1話 ディープ・ステゐト

さて、私は死のうと思う。


理由は特にない。とは言いきれない。


───この世には、イイ人がいる。

それと同時にワルイ人がいる。


当たり前のことではあるが、

私には到底許せないニンゲンだった。


ワルイ人とは具体的にどんなモノなのか......


人に迷惑かける人。

物を盗む人。

人を殺す人。


そして......人を騙す人。

私は特に騙す人が嫌いだ

善良な市民を騙すアイツらが大嫌いだ。


私も騙された。


その結果、借金を背負うことになった。

なんとも致命的で...決定的。

絶対的な不安から私は逃げられない。


もう1つ、私には悩み事がある。それは、


車内

ビルの屋上。


どれなら都合がいいか。ということだ


楽な暮らし方なんて知らない。

でも楽に暮らしたい。


───だから私は私を殺す。


多分、電車やらに身を投げるのが一番楽だ。

しかし、賠償のお金がどうとか。

親には重箱に詰めて育ててもらった

箱入り息子なもんで、

迷惑はかけられないのだ。


屋上がいいかな?それがいい!

私の人生っぽい!なんかエモい!


「......」


まぁいいか。電車に身を投げた方が楽そうだ。


私は自宅を出る。

徒歩15分くらいで地下鉄に着く。

そこで死んでしまおう、

この世からおさらばしよう。


地下に繋がる階段を降りる。

改札を抜けて、

駅のホームに立つ。


ホームには線路への飛び降り防止のためか、

柵のようなモノが設けられていた。

自動で開閉する鉄柵は、

物々しくって冷たい。なんとも優しくない。


蛍光灯の低い唸りが耳にまとわりつき、

胸の奥で何かが軋んだ。


駅のホームに流れる広告は、

なんだか紙飛行機の群れみたいに思える。

私になんか届きゃしない。


同じ液晶画面に同じ広告、同じ笑顔。

ホームの遥か遠くの方までズラっと並ぶ。


ほんの一瞬、暗転した時、

負け犬が見えた。


それはそれはやつれた男だった。

シャツの襟が折れて、

肩が少し内側に入っている。

彼は何かを握りしめていたのかもしれない。


なんとも恥ずかしくって、ありゃしない。

あれは私だった。



───もう後には引けなかった。



「......ちゃ...」


後ろの方から何かが聞こえる。


「お...ちゃ...」


段々と近づいてきているようだった。


「おにいちゃん!」


......誰を呼んでいるのか。

こんなところで大声を出すなんて、

迷惑千万、さっさと出ていけ。

と私は思ったが、声には出さない。


私は真面目で賢いからだ。


「あんたのことやで。おにいちゃん!」


私の肩に何かが乗っかる。

背後から男の声がする。

なんだかゾッとして、私は身を引く。


「そんな怖がらんといてやぁ...」

「おいちゃん、ショックやわぁ...」


七三分けの男がいた。


なんとも高そうなスーツ、私が入学式に着た

スーツなんかよりよっぽど立派だ。


何よりも金ピカの腕時計に目が吸い寄せられる。


鼻の奥を優しく包む爽やかな香り、

ブランド物の香水か。


「───えーと、どうかしましたか?」


私が返すと、

男はゆっくり手を広げ、微笑む。

白い歯が光る。


「おにいちゃん、びっくりさせてごめんやで。

いやぁ、ちょっと見とったら……

あまりに静かやから、心配になってな」


心配?ゾッとした。見ず知らずの勝ち組さまが

私のことなんかを監視していたのか。


「おにいちゃん、死にそうな顔してるで?」

「おいちゃん、わかるねん。死相ってやつ。」


「......余計なお世話です」


その瞬間、ポケットから小さなカードを

取り出す。紙の質感まで高級そうだ。


「おいちゃん、会社やってるねん。」


男はにこやかに頷き、肩を揺らす。


「怖がらんといてやって。これから人生、

ちょっとだけおもろなるかもしれへんで」


おもろなる? 笑いを誘う言葉が、

なんとも生々しい皮肉に聞こえる。


目の前で光る金時計、香る高級ブランドの匂い、整った髪……全部が私を圧倒する。

勝ち組の風景というのは、

こんなにも現実に刺さるものなのか。


「──で、何がいいたいんですか?」


「そやな。ほな、ちょっと相談や」

「君、騙されたことあるやろ?」


心臓がドックリ跳ね上がる。

冷や汗が止まらなくなる。

───なぜ知ってる?


「おいちゃんの仕事、ちょっと変わっとるねん。

実はな......日本守ってんねん。」


日本を守る?


「日本を守るってどういう......」


「"陰謀"」


「え?」


「実を言うと日本は徐々に侵略されてるんや。」


私は思わず笑った。笑うしかなかった。





【死神】





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