鏡の騎士

朔名美優

鏡の騎士

 西の果てにあるその街は、巨躯の騎士に支配されていた。

 その騎士は、鉄塊の如き巨大な剣と、その巨躯を覆い隠す程の巨大な盾を携えていた。

 その盾は磨かれし鏡であり、誰もがその前に立てば、自らの姿を映し出す。

 いつしか「鏡の騎士」と呼ばれ、その堂々たる雄姿は諸国に轟いた。


 やがてその噂は王都に届き、多くの騎士たちが彼に挑むべく、冒険へと旅立った。

 貴婦人たちに見送られた壮麗な騎士たちは、困難な長旅の末、ようやく西の果ての街に辿りつき、「鏡の騎士」と対峙した。

 鏡の騎士は、巨大な鏡の盾を差し向け、獣の如き獰猛な眼差しで、騎士たちに問う。


「汝ら、この鏡の大盾に映る自らの姿は、如何に⋯」


 騎士たちは、大盾の面に映る自分たちの姿をみとめ、愕然とした。

 旅立つときの壮麗な勇姿は見る影もなく、その鎧は泥にまみれ、その剣は血に錆び、その顔は窶れ、まさに醜い幽鬼の如き姿であった。

 騎士たちは皆、自ら剣を捨て、それぞれ何処へともなく歩き出した。



 西の果てへ旅立った騎士たちが誰一人帰ることなく、王都では幾度かの季節が巡っていた。

 ある日、王の前に一人の年老いた騎士が現れた。その騎士は年老いた騾馬に跨り、錆びた鎧と折れた槍、割れた木の盾を身に着けていた。


 王はその見すぼらしい老騎士に言った。


「汝は、『鏡の騎士』を知っているか?」


「はい。私は西の果てから来ました」


「では、我が王都の騎士たちは?」


「恐れながら⋯。王都の気高き騎士諸侯は、みな剣を捨て逃げ去りました」


「そんな馬鹿な。敵に背を向けて逃げたのか?」


「いえ。敵ではなく、己の真の姿から逃げたのです」


 そう言うと老騎士は、懐から、綺麗に磨き上げられた鏡の破片を取り出し、王に差し出した。それは「鏡の騎士」の大盾の破片であった。


 王はすべてを悟り、老騎士に感謝を述べた。


 以来、その鏡の破片は、王と騎士たちが集う宮廷の入口に飾られた。

 皆が真の姿を見失わないために。


           【了】

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鏡の騎士 朔名美優 @sanayumi_k

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