第7話 2人
「喰らえぇえええぇぇッ──!! 」
右から左へ大振りの薙ぎ払いが繰り出される、だがそれは鷹香に到達する前に
現れた何かに止められた。それが手にしているのは錫杖と呼ばれる杖で涼音が視線を向けるとその顔と目が合った。
「な、何だ...此奴!? 」
それは虚ろな赤い目をした人と化け物の狭間に居る様な存在で
よく見ると格好からして陰陽師なのは解る、唯一違うのは左手がケガレと同じ
異様に変化した状態である事と小言をブツブツと発しているという事の2つ。
振り払った彼女は構え直した。
「ふぅん...もう変化したの。案外早かったじゃない 」
「変化だと? 」
「そっ。此処で朽ちた命は未練や恨みを抱いたまま瘴気と相まって...やがてケガレと化す。それがどういう意味だかキミには解かるかな? 」
気配を感じた瞬間、突如として現れたのは同様の背格好をした
陰陽師達2人で槍と剣をそれぞれ手にし涼音へ牙を剥いて襲い掛かる。
彼等の攻撃を受け流し跳ね除けながら距離を取った。
「まさか...ッ......!? 」
「新たな脅威となって襲い掛かる。その強さは元の霊力の量と本人の持つスペックに依存するけど......その強さは折り紙付き。どう、凄いでしょう? 」
「くそッ、ふざけんじゃ──ッ!?」
顔面へ向け放たれた槍による刺突を躱し、それが左頬を掠める。
体勢を崩された所へ石の礫が連続して襲い来ると数発が涼音へ命中し
怯んだ所へ剣による薙ぎ払う様な一閃を弾き返してすかさず
スカートの左のポケットから数枚の霊符を取り出して投擲するとそれが起爆し白煙を撒き散らした。煙が晴れる頃には2人の姿は何処にも無い。
「...逃げたか。ふふッ、面白い子だったけど...大した事無かった 」
鷹香は笑いながら、一方の狩也は無言と無表情のままその場に立ち尽くしていた。
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辛うじて逃げ出せた2人だったが雛奈はその場に座り込んでしまう。
どうやら鷹香から受けたダメージが大きいせいか踏まれた個所を
抑えて苦悶の表情で俯いていた。
「おい、大丈夫か!? 」
「...この程度...別に......何とも...いッッ...! 」
「バカ、強がんなよ。そのまま地面へ寝てろ...あたしが治してやるから 」
彼女がそう言うと剣を傍らに置いて雛奈が負傷した箇所へ
手をかざしながら詠唱し治療を施す、呼吸が正常に戻った雛奈は起きて立ち上がると
唇を噛み締めていた。
「アイツとお前...姉妹なのか? 」
「...違うあれは...姉じゃない...... 」
「嘘吐け。どう見ても似てた 」
「...似てても貴女には関係ない、これは私だけの問題。だから口を挟まないで 」
「またそうやって背負い込む気か?あのな、あたしは──!! 」
「貴女には関係ない!!私がやると決めた事、だから邪魔しないで!!今度は必ず...仕留める......絶対に私の...私自身の手で!! 」
そう言い切った雛奈は拳を握り締め、落ちていた霊符を拾おうとするも
上手く掴めずに落としてしまった。それも何度やっても上手く掴めない。
「く...ッ...何で...!? 」
「強がってても本当は怖いんだろ? 」
「ッ......違う、怖くなんか!!」
「見てみろよ。お前の手...震えてんぞ? 」
言われて見てみると雛奈の両手はどういう訳か震えていて
それを隠そうと右手で左手を抑える様にするも尚の事効果は薄かった。
「兎に角、今は待機するしかねぇ。事態が事態だし兄貴達とじっちゃんに連絡して来て貰うしか... 」
「...それじゃ逃げられる...アイツは、アイツだけは逃がしちゃいけない...!!だから行かせて...行かないと...行かないとダメなの!! 」
「バカかお前!!それこそ死にに行く様なもんじゃねぇか!!少しは頭冷やせよこのバカ!! 」
「バカにバカって言われたくない!!陰陽師の端くれで...サボリ魔の癖に...私にバカバカ言わないで!! 」
振り返った雛奈がそう言いながら涼音を問い詰め、彼女を至近距離で見つめる
が逆に涼音に胸倉を掴まれてしまう。
「じゃあバカにバカって言われてるてめぇは大バカ野郎じゃねぇか!!そんな状態で戦っても勝てる訳ねぇだろ!? 」
「...!!で、でも...アイツは...鷹香は...私の......父様と...母様を殺した仇だから...仇を討たなきゃダメなんだ...私が、私がやらなきゃ...やらなきゃダメなの...... 」
「お前... 」
「...私はその為に生きて来た...でも、殺せなかった...仇を討てなかった......届かなかった...それに手も足も...出なかった......あの時、父様も母様も私を守ってくれた...でも本当はそうじゃなかったのかもしれない...仕方なく私を庇っただけかもしれない...自分でも...もう解らない......どうすれば良いか......もう何も...何も解らない...!! 」
それ以上は何も言わず、涼音は掴まれたまま黙り込む。
それから彼女の手を退けて雛奈から離れ、霊符を拾い上げて握り締めた。
「......そこで待ってろ。アイツはあたしが抑えといてやる 」
「...さっきも言った、これは貴女には関係ない!!それに本当は戦うのは...!! 」
「あぁ、嫌だね。それに関係無いかどうかはあたしが決める...それにな、あたしがまた
一歩前進し身構えた彼女は左手で剣を拾って深呼吸した。
「それにお前の親父さんもお袋さんもお前に生きてて欲しいと願ってるはず......だからこうしてお前は此処に生きてる。絶対そうだ、それだけは自身を持って言える!! 」
そして再び魔境という異界の地へ涼音は足を踏み入れた。
彼女の姿が消えた後に残された雛奈は飴玉を数個取り出してそれを見つめる。
味は全てバラバラでオレンジ、メロン、ブドウやバナナといった物で
包装紙は何処かシワが入っていた。
「...どれもちょっと溶けてる 」
それを見ていた時にとある事を思い出していた。
それは術の練習に幾度も失敗し家の縁側で泣いていた時、傍らに来た母が自分を
慰める為にある物をくれた。柄も形も涼音から貰ったのと違うがそれは飴玉だった。
『雛奈は泣いてる顔より笑ってる顔の方が似合うと思うの。あの子は何でも出来るし...いつも比べられるのも辛いよね。でも1回の成功より、何度も転んで失敗して掴んだ1回の方が価値があると思うの。だから大丈夫、転んだ分だけ雛奈はきっと強くなれるから! 』
今日まで転んだ数は計り知れない、でもそれが今の雛奈を創り上げて来た。
倒されても何をされても起き上がって喰らいついて立ち向かった...それだけは
消えない証として彼女の中に残されている。
「...そうだ、私は...私はッ──!! 」
包み紙を全て開け、飴玉を左手の手の平へ乗せて頷いた。
自分は仕方なく生かされた訳でも...両親から恨まれている訳でもない。
生きていて欲しいと願ったからこそ2人は彼女を、雛奈を生かしたのだ。
そして纏めて飴玉を口へ放り込んで噛み砕くと小さく頷く、それから
彼女もまた魔境へと足を運んだ。
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「ふぅん...懲りずにまた来たの? 」
「あぁ、さっきのは単なるウォーミングアップ...こっからが本番だ!! 」
「あっそ...なら今度こそ──殺してあげるッ!! 」
鷹香が右手を差し向け、一斉にケガレと化しつつある陰陽師3人が牙を剥く。
剣を右手へ持ち替えた涼音は駆け出す中で右腕の拘束を解いてから逆手持ちにすると
それを右から左へ駆けて薙ぎ払う様に振り翳し叫んだ。
「──
赤紫色の様な波動を纏った刃を振り翳すと
直後に牙の様な物が現れて陰陽師の1体を
胴から喰らって引き裂いた。消滅した所へ剣を持つ陰陽師が攻め立てて来るも刃を受け流し擦れ違い様に一閃し斬り裂く、そして残る錫杖を持つ陰陽師に対しては剣そのものを投擲すべく身構える。
「邪魔すんな!
そして放たれた剣が赤紫色の波動を纏ったまま
相手の胸元を穿つ、消滅したと同時に剣が地面へ突き刺さった。それを引き抜いた彼女は刃先を鷹香へと差し向ける。
「覚悟しな、次はてめぇの番だ!!」
「…可哀想に。仮にもキミの同業でしょ?……でもまぁ、彼等は私が殺したんだけどね 」
「てめぇ…それ本気で言ってんのか!? 」
「じゃあ聞くけどキミは自分が潰した蟻の数とか一々覚えてるわけ?それと同じだよ…弱い者には価値なんてない、生きてる意味も何も無いんだよ……それとそろそろ飽きて来たから本気で殺すね? 」
前へ出た鷹香は舌で上唇を軽く舐め、前傾姿勢を取って身構える。そして右手にも左手と同じ爪を持つ礼装を纏うと呟いた。
「──朧月、散華追葬 」
目の前から鷹香が消える、そして気が付いた時には涼音の身体は宙を舞っていて無数の切り傷と共に背中から地面へ叩き付けられていた。
「いッッ……な、何だよ…今の……!? 」
「散華追葬…肉眼じゃ捉えられない速度での移動から斬撃を叩き込んでから相手を吹き飛ばす。土御門家の古い書物にある技の1つ……さぁ、これでお終いだよ灰崎の陰陽師…ッ!! 」
迫り来る鷹香の前へ立ちはだかる様に雛奈が上空から介入、直前で気付いた彼女は舌打ちし僅かに後退すると身構えていた。
「てっきり尻尾を巻いて逃げたと思ってたけど…また来たの? 」
「…どうとでも言えば良い 」
「なら纏めて仕留めてあげる…弱い者に生きてる価値なんか無いって……身を持って思い知らせてやるッ!! 」
雛奈は深呼吸し仮面を付けずに駆け出すと
左右の手に双刀を召喚して腕を交差させながら
真っ向から立ち向かって行く。
(父様…母様…私に彼女の想いに応えるだけの勇気をください、目の前の強敵を退け…先に進む為の勇気をッ──!!)
左手の爪が薙ぎ払う様な形で繰り出されたが
そこに雛奈の姿は無い。背後に気配を感じた鷹香が振り返った時に彼女へ向け右斜め上から左斜め下へ走る様に鋭い一閃が放たれた。
「おっと…ッ!!残念、そんなの当たる訳が── 」
「ッ…!! 」
続け様に繰り出されたのは左足での飛び蹴り、それが鷹香の右手首へ命中したかと思えばそれを振り払って雛奈を突き放した。
「無駄だって、何度やっても雛奈は私に勝てない…いい加減諦めなよ!! 」
間合いを詰めて右手の爪が刺突の要領から雛奈へ繰り出されるも彼女はそれを首を左へ傾けて躱し、続く左手の爪による薙ぎ払いも身体を僅かに反らせて躱してみせた。
「…何度やっても勝てないのなら…何度も何度も挑めば良い!!私の限界を決めるのはお前じゃない…ッ!! 」
反撃で雛奈がその場で身を翻してから回し蹴りを右足で繰り出す、それが鷹香の左手首へ炸裂し鉄甲が凹む程の威力と衝撃を与えた。
突き放した際に再び身構えた彼女は鷹香へ向けて駆け出し両手を広げる様な形から叫んだ。
「──月華・白蓮ノ舞!! 」
更に加速した彼女は擦れ違い様に一閃を浴びせ、今度は岩を蹴って跳躍したかと思えば頭上から一閃を放って攻撃を仕掛ける。それを弾かれれば着地と同時に再加速し更に一閃、もう一閃と目にも止まらぬ疾さで移動し続ける。防戦を強いられながら鷹香は打開策を見付けようと足掻いていた。
「ぐッ…何処にまだ…そんな力が…くそッ!!出来損ないの癖に、役立ずの癖に!! 」
「…私は確かに弱い。全てがお前より劣る…でも、痛くても辛くてもその度に私は立ち上がる!!私はもう1人じゃないから!! 」
そしてタックルを繰り出して鷹香を突き飛ばすと涼音の方へ振り向き、目線だけで合図する。
彼女は立ち上がって雛奈の左へ立つと刃先を向けていた。
「…私達でアイツを祓おう 」
「漸くその気になったらしいな…良いぜ、やってやる!! 」
その直後、涼音の持つ剣が光を放つと
赤紫色の波動を打ち消して白く輝く物へ変化し
鍔の部分に赤い宝玉が出現しその刃も白銀の様に輝いていた。
「な、何だ!? 」
「…凄く強い霊力を感じる、これなら祓える!! 」
双刀の代わりに涼音が持つ剣の柄へ手を触れると2人は1つの剣を2人で持つ構えを取る。起き上がった鷹香は異様な光景を見て鼻で笑っていた。
「はは...ッ、あはははッ!!クズが何をしたって…結果は変わらない!! 」
左右の爪を用いて襲い来る鷹香に対し2人は動じず、詠唱を始める。
「「祓い給え清め給え…弐聖伉儷の名の元に眼前の厄災を退け清め給えぇッ──!! 」」」
そして振り被った状態へ移行した彼女達はその刃を勢い良く振り下ろし、接近して来た鷹香へ向けて光を解き放った。
「「──花影・佰華繚乱!急急如律令ッ!!」」
白い花弁を散らして迫り来る光を前に鷹香は
己の力を全て振り絞って技を叩き込んで迎え撃つ、そうでもしなければ自分が負けた事になる。その思いが彼女の心を支配し渦巻いていた。
「ぐッ…認めない…ッ…認めてたまるか…!! あの出来損ないが弐聖伉儷になっていただなんて…絶対に認めるものか!! 」
「「うおぉおおおおぉぉおおぉおおおぉぉぉッ──!!」」
凄まじい衝撃でお互いに弾き飛ばされてしまった上、完全に祓えた訳ではない。
両手の礼装が砕けて座り込んでいた彼女へ向けて狩也はこう言い放った。
「……此処は退くぞ。此処で無様に死ぬ訳にはいかない、忘れたのか?あのお方から我々へ与えられた使命を 」
「ちッ...解ったよ......今度は絶対に殺すから 」
それだけを言い残し鷹香は2人を睨むと魔境から姿を消してしまった。
「...!待って...ッ!?」
2人を雛奈が追い掛けようとしたが力が入らずに座り込んでしまう。
涼音が彼女を支えて何とか転倒は防ぐ事は出来、それから「帰るぞ」と
一言だけ伝えて2人も魔境を後にするのだった。
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「...お前さん達が会った者達こそ、闇に身を委ねた陰陽師の姿...裏返りの衆であろう 」
「裏返り...何じゃそりゃ? 」
翌日、涼音と雛奈は昨夜の出来事を源次郎に伝えた際に
彼の部屋へ呼び出される形で話し合いをしていた。
「光があればそこに影が出来るのと理屈は同じ...そして堕ちる理由は様々であり、更に強き力を欲する為...傍は己が欲望の為...裏切り、憎悪、絶望、嫉妬......あらゆる事情が重なる事でそれは起こりうる。同士討ち程辛いモノはありはせん 」
「...彼等を祓うのも私達の使命なのですか? 」
「十六夜様が後から文を送って来ている。それによれば裏返りの者達を全て討滅する事もお前達の務めであると書かれておった 」
雛奈は無言で頷き、涼音は何も口にはしなかった。
「如何なる事情が有ったとしても...陰陽師の力を己が私欲の為に使う事は断じて許されるべきではない......忘れるでないぞ 」
源次郎の放った言葉は重く、そして絶対に忘れてはならぬ事であると
2人は改めて認識し頷いた。
禍月の野望...そして裏返りの衆、彼等と彼女達を始めとする陰陽師らの
戦いは少しずつ着実にその苛烈さを増し始めている。
その行く末に待つのは果たして希望か絶望か......それは2人にも誰にも解らない。
陰陽のふたり 秋乃楓 @Kaede-Akino
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