第2話 リトルクライベイビー ②

 高校生活を代表するもの、勉強。そして、部活動。入学式から数日後、部活動の説明会と銘打たれた各部活のプレゼン会場、もとい体育館に来ていた。運動部も文化部も、各々の部活内容をスライドや寸劇を使って新入生に紹介していく。校則で何かしら部活に入る必要があるので、ある程度の緊張感と期待感が体育館を緩くざわつかせていた。


 興味を引いたのは写真部だった。女子生徒が1人でペタペタと壇上に上がっていき、プロジェクターに投影されるスライドで説明を進めていく。


「どうも、写真部です。部員が今私1人なので、2人は入部しないと校則上今年で消滅します。活動内容はフィルムカメラで写真を撮って、えー……先輩達の撮ったものを見てもらった方が早そうですね。どうぞ」


 実物提示の形式でスライドが進行していく。過去の写真部員が撮った写真が、スクリーンに大写しになる。水たまりに映る空、人のいない遊園地、逆光に立つ人影、応援団の横顔。体育館の大スクリーンで見るそれらは、魅力的に映った。


「えー、まあそういう訳で、スマホだけじゃなく撮るだけのカメラで撮るのも面白いんじゃないかと思っています。写真部、よろしくお願いしまーす!」


 今入ると先着1名が副部長確定でーす!と叫びながら壇上から捌けていく写真部に小さな笑いと拍手が起こった。

 ◆◆◆

 説明会から戻り、教室。既に今日の授業は終わっている為、生徒はそれぞれ興味の出た部活の見学に向かっていく。先に戻っていた藤堂がこちらに手招きをしている。


「よ、どうすんのお前」


「オモロそうなのは写真部かなあ……そっちは?」


「中学からバドミントンやってるしバド部」


 高身長は中学の頃から運動部だったせいもあるのか、と1人納得する。藤堂が少し心配そうに続ける。


「写真部は2人要るらしいじゃん、大丈夫かよ」


「まあ出たとこ勝負で……最悪足りないならバド部行くかも」


「そうなったら多少は面倒見るわ、安心しな」


 とても頼もしい言葉を懐に写真部の部室に向かう。現像に薬品を扱う関係で、教室のあるエリアから少し遠い理科準備室の隣にあるという。『写真部 部員募集中』の張り紙が貼ってある引き戸を開けると、薬品の独特な香りの中に先客が1人いた。


「陶峰くん?」


 ゲーセンで見かけ、新入生挨拶で目が合い、教室で少し話した長坂さんと、写真部部室で四度出会った。思わぬ出会いに内心舞い上がり、少し言葉が詰まる。


「おお……長坂さんじゃん。写真部、入るの?」


「あの説明会の大画面に写真バーン、って見たら面白そうで」


「あぁ、そうよな、アレな、凄かったもんな」


 やはりプロジェクターに写真を大写しにする効果は大きかったようだ。長坂さんはどんなものを撮りたいと思っているのだろう。などと考えていると廊下から足音が近付いてくる。


「おっ!新入生が!いる!」


 先程体育館のステージ上で説明をしていた先輩部員が入ってきた。部の消滅を回避できる人数が入っているともなれば、先輩も上機嫌だった。


 写真部の夏休み前の主な活動としては文化祭の展示写真の撮影と、コンテストへの応募。実質1つ、現時点で『これぞ』というものを撮ってみて欲しいとの事だった。


 ◆◆◆

 説明を聞き終えて下駄箱へ向かうと、既に夕暮れから夜に差し掛かる頃だった。自転車を押しながら門を出てしばらく、何を話すか話題を探していると長坂さんの方から口を開いた。


「陶峰君は写真部で決まり?」


「ん、そうだね……長坂さんも?」


「うん、先輩もいい人っぽそうだし。よろしくね」


「押忍」


 なにそれ、と長坂さんが軽く笑って、カポカポと2足のローファーが歩く音が2人の間をしばらく流れた。


 交差点に面した店舗に差し掛かると、どちらともなく足を止めた。


「ゲーセン……」


 入学式前にお互いを見かけたゲーセンである。ライトによって白く光を放つ看板は、初めて見た時とはまた違う雰囲気を放っていた。


「……1回だけやっていっていい?」


「いいんじゃない?俺もやっちゃお」


 ガタガタと開いた自動ドアを通り抜けて入店する。初めて来た時と変わらず空いており、ほんのり埃とタバコの匂いがしている。先日の店員が空いている筐体の椅子に座っており、こちらに気付くと軽く手を挙げた。会釈をして、ガンシューティングの筐体へ向かう。


「陶峰君もやる?」


 筐体には銃型コントローラが2個繋がれており、片方を長坂さんがこちらに差し出している。やらない選択肢はなかった。


 協力プレイ用か、ターゲットが多めに設定されたステージで慌ただしく撃ったり外したり取り逃したりを繰り返す。入学式の日に一瞬香ったものと同じ甘い香りが、ゲーセンに染み付いている薄いタバコの匂いを追い越して隣からふわふわと流れてくる。横で撃ったり避けたりして動いているのだから当然なのだが、意識しないようにしても情けない話、ドキドキしてしまう。そんな葛藤を抱えているうちにプレイが終了し、お互いのスコアが表示される。


「おっ、私の勝ち!」


「俺の負けか……」


 最終的なポイント差は長坂さんがこちらより2割ほど多く取っていて、初めて見た時のメチャクチャな低得点が嘘のようだった。


「前回のはたまたまか……」


「そうてすとも、偶然……前回の見たの?」


 フフンと胸を張っていた長坂さんがこちらを覗き込む。藪蛇だったか。慌てて取り繕う。


「いやほら、流れるじゃんスコアのとこ、直前のやつ」


「あぁ……いや見られたんじゃん恥ずかし……」


 今回のスコア発表画面にも直前のプレイヤーの成績が映し出されている。スコアはこちらの数倍はあり、自分たちよりかなり上手そうだ。


「とにかく前回とは違うって事だからさ……」


「フフ、わかったわかった、もう大丈夫」


 必死に体裁を整えようとするのがおかしかったのか、こちらが笑いながらなだめられてしまう。ひとしきり笑って満足したのか、店の外に出る。店外はすっかり暗くなっており、道を行き交う車もヘッドライトを点灯しての往来となっていた。


「では、私はこっちなので」


 ゲーセンから自宅に向かうルートは長坂さんとは逆方向だ。つまり、今日のように部活帰りにゲーセンでまた遊んだり出来るという事。友達に近付けるという事。


「おーい……また明日……!」


 雑念を自覚した頃には既に長坂さんは遠くなっており、離れた街灯の下で手を振っているのが見えた。


「また明日ー!」


 隣で遊べたのが自分でも思った以上に楽しかったのだろう、小学生でもないのに腕をブンブンと振って返した。

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