悪魔の姫と堕ちた聖騎士
@mojinokuroyagi
第1話
悪魔の姫と堕ちた聖騎士
遥か昔、天界の裁きにより、ひとりの騎士が地に堕とされた。
名はエリオス。
聖騎士の中でも最も忠義深く、誰よりも人を救おうとした男。だが、彼はあまりにも強すぎ、そして正しすぎた。
神の意に背き、「人間を守るためなら天界すら敵に回す」と言い放ったその瞬間、彼の白銀の翼は焼き切られ、無慈悲に地獄の大地へと叩き落とされた。
地獄は絶え間ない業火と、血のような空が広がる世界。
そこに放り込まれた彼は、長い時の中で戦い続け、やがて全てに疲れ果てた。
光の剣は砕け、鎧はひび割れ、ただ無為に歩く日々。
救うべき者も、帰る場所もない。
彼の心は、もはや燃え尽きた灰のようだった。
◆
一方、その地に生まれ育ったのが悪魔の姫リリスである。
魔王の血を引き、黒き翼を持ちながらも、彼女は異端だった。
戦うことを嫌い、破壊を望まず、ただ「誰かと生きる日々」を夢見る姫。
しかし、それは悪魔の世界において最も許されぬ願いだった。
「お前は悪魔に相応しくない」
「優しさなど不要だ。お前の存在こそ穢れだ」
父王と眷属たちは彼女を疎み、やがて玉座から追放した。
リリスは荒野にひとり立ち尽くし、空虚な時を過ごした。
己の存在は間違いなのか。
なぜ自分だけが、他と違うのか。
――全てを諦めかけていた、その時だった。
◆
廃墟のような火山のふもとで、彼女はひとりの男を見つけた。
血に濡れ、鎧を破損させ、ただ虚ろな瞳で座り込む。
それは天使でも悪魔でもない、不思議な気配を纏った存在だった。
「……あなたは?」
「……俺か。俺は……ただの、追放者だ」
その声は低く、乾いていた。
だがリリスは、なぜか胸を打たれた。
自分と同じ、「居場所を失った者」の匂いがしたからだ。
「追放者……。なら、私と同じ」
「同じ?」
「私は、悪魔でありながら悪魔になれなかった。だから追放されたのです」
エリオスは、その赤い瞳で彼女を見つめた。
長い孤独の中で、彼が出会った初めての「理解者」。
彼の胸にくすぶる灰の中に、小さな火が再び灯った。
◆
やがて二人は共に過ごすようになった。
荒廃した地獄の片隅、瓦礫の上に小さな住処を築き、互いの過去を語り合う。
リリスは彼に花を差し出した。地獄に咲く、赤黒い花。
「この花は、どんな炎にも焼かれません。……私の唯一好きなものです」
エリオスは受け取り、無骨な手で大切に握った。
彼は剣を教えた。リリスは弱い力しか持たなかったが、学ぶのを楽しんだ。
「私、戦うのは嫌い。でも……隣に立てるなら、剣を持ちたい」
その笑顔を見て、エリオスの胸に忘れていた感情が蘇る。守りたい。誰かと共に在りたい。
二人は似ていた。
強すぎたがゆえに追放された聖騎士。
優しすぎたがゆえに追放された悪魔の姫。
孤独の果てに出会った二人は、互いに自分を映す鏡のように感じていた。
◆
しかし、静かな日々は長くは続かない。
天界は、かつて堕とした聖騎士がまだ生きていることに気付いた。
地獄での均衡を乱す存在として、彼を滅ぼすべく軍勢を送り込んだのだ。
「……来たか」
エリオスは立ち上がり、砕けた剣を握った。
その背を見つめ、リリスは叫ぶ。
「待って! あなたはもう戦わなくていい!」
「いや……俺は、戦うことしかできない」
天使の軍が迫る。光の矢が雨のように降り注ぎ、大地を焼く。
エリオスはその全てを受け止め、血を流しながらも立ち続けた。
――だが、その瞬間。
「やめてぇぇぇぇぇぇッ!」
リリスの絶叫と共に、地獄の空が震えた。
彼女の中に眠る悪魔の力が暴走し、漆黒の翼が広がる。
その力は破壊のためではなく、ただ彼を守りたいという祈りに呼応して形を変えた。
恐怖を撒き散らすのではなく、絶望を浄化し、光さえ飲み込む漆黒の力。
天使たちは耐えきれず後退し、ついには退却を余儀なくされた。
◆
戦いが終わり、リリスは涙を流しながら彼を抱きしめた。
「どうして……どうしてあなたばかり傷つくの……」
「俺は、そういう宿命だ」
「なら……私も背負います。あなたと同じ宿命を」
彼女の言葉に、エリオスは静かに頷いた。
彼は長い時を経て、ようやく理解した。
戦う理由は、もう天界への反逆ではない。
――ただ彼女を守るために。
◆
こうして、地獄の果てに「追放者の王国」が生まれたと伝えられる。
悪魔の姫と堕ちた聖騎士。
彼らの傍には居場所を失った者たちが集い、やがて一つの国を築いた。
それは天にも地にも属さぬ者たちの居場所。
絶望から生まれたはずの闇は、誰よりも温かい灯火となった。
――人はこう呼ぶ。
「追放者の姫と騎士」。
その物語は、永遠に語り継がれていく。
悪魔の姫と堕ちた聖騎士 @mojinokuroyagi
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