巨大な絵画
アユト
第1話 巨大な絵画
私の名前はヒカリ。
私は終わりの見えない不安、焦り、どうにもならないことへの
私の視野は、狭い。
毎日、道を歩いていても私はただまっすぐ、目的地にたどり着くことだけを意識して周りにある小さな感動でさえ、気づかないまま素通りしてしまっている。
私は道を歩いていた。ただ、前だけを見てまっすぐに。
それなのに目の前に広がる景色はどんよりしていて重い。
私の上に果てしなく広がる青空にも気づかないまま。
なんとも光のない毎日だ。
【春】
私はただ、桜並木の道をまっすぐに前だけを見て、目の色を失ったまま歩いている。私の両サイドに広がる美しい桃色の自然の美にも気づかないまま。
【夏】
私は、道を歩きながらイライラしていた。
「暑い…。なんでもう少し
私は、ひたいに流れる汗を何度、ハンカチで拭いても止めどなく流れてくる汗にイライラしていた。
『今の私の健康を保ってくれているのは、しっかり汗が流れてくれているからなのに。』
そして次の日、私は家で読書をしていた。
「ミーン、ミーンミーン!」
「もう! うるさい! ちょっと静かにしてくんない⁉ 読書に集中できないでしょ!」
私は本を勢いよく机に置いて思いきり窓を開けてセミに向かって大声で文句を言った。外では、いよいよ人生の本番をむかえたセミが長い間、暗い土のなかで、ためにためてきた想いを喜びとともに大合唱するセミの鳴き声でさえ、私は騒音に感じていた。
『長い間、暗い人生を歩き続けている私にも、いずれは明るい時代がくることを教えてくれているのに。』
【秋】
暑くも寒くもない、ちょうど心地よい季節。
それなのに私はイライラしていた。
テレビのニュースを見るたびに、現実の重さを知らなければならない。
「毎日生きてて、なんのいいことがあるの!」
『窓から部屋に入ってくる、心地よく涼しい新鮮な風にも気づかない。視線を少し窓の外にやるだけで窓の外には美しくきれいな紅葉を見ることができるのに。』
【冬】
私は、いつものようにイライラしていた。
「寒い…、寒すぎる。ただでさえ、こっちは毎日寒い思いしてるのに…、冬なんてなくなればいいのに!」
窓の外の星空を見れば、きれいに星が輝いている。
『冬の星はきれいだ。暗く寒い冬にこそ、夜空に広がる無数の光り輝く星をみつけやすいのに。』
私は1年中、イライラしていた。
私は友達がいない。恋人もいない。いつも孤独だ。
それなのに、毎日仕事のプレッシャーと人間関係に苦しみ続けている。それに毎日を送っていても、いつ綱渡りの綱から落ちてしまうかもわからない。
終わらない不安と疑心暗鬼の日々。ほんのささいなことが人生転落のきっかけにもなりえてしまう。
「健康には気をつかわないと。」
「ある日、ケガして会社に行けなくなったらどうしよう。」
「精神を病んで長期間、会社に行けなくなってクビになったらどうしよう。」
「上司に嫌われたらどうしよう。」
「今日、後輩にひどいこと言っちゃったな…、あの子、会社に来れなくなったらどうしよう。」
と不安が不安を呼び、私の精神状態は限界に近いところまできていた。
そんなある日の休日。
私はふと都会の街にでかけたくなって、いつもの田舎の散歩道から最寄り駅に向かって歩いた。何かに導かれるように淡々と電車に乗り都会の街を目指した。
そして私の乗る電車は都会の駅に到着し、私はしばらく都会の街を歩いてみることにした。1時間、2時間と歩いていると、普段あまり目にすることがない都会の景色を私はただ、眺めていた。
そして、私は目の前に美術館があることに気づいた。私は絵は好きだが、普段、美術館に足を運ぶことはなかった。
私はこれもなにかの導きだと思い、美術館で芸術鑑賞することにした。美術館の中には大きな絵画から小さな絵画までいろんな絵画があった。普段、目にしない景色に新鮮さを覚えていた。
そして、芸術を思う存分に楽しんだあと、私は美術館を出てそのまま、なぜかどこにも立ち寄ることなく駅に向かい田舎の家に帰った。
今日は不思議な1日だった。普段なら、行かない美術館に突然、なにを思ってか足を運ぶ流れになった。
私はボーッと今日1日をふりかえっていると、急に眠くなり、私はベッドで眠気に
私は夢を見ていた。
夢の中は、今日訪れた美術館だった。
だが、現実の世界の美術館の中と夢の世界の美術館の中は全く違っていた。夢の世界の美術館の中は、目の前にある今までに見たことがないような巨大な絵が1枚あるだけだった。でもなぜか、巨大な絵になにが描かれているかは、はっきりと見えなかった。
私は夢の中で目を閉じ、再び目を開けると私は巨大な絵画に今にも触れられそうなくらいの目の前まできていた。
私の目の前の視野の範囲に広がる絵画の景色は地獄そのものが描かれていた。
1度見ると、しばらく夜、眠れなくなるほどの恐ろしい表情をした悪魔が絵に描かれた人々を追いかけていた。それがまた、悪魔に追いかけられている人々の恐怖に満ちた表情も恐ろしいくらいに細かく描かれている。
なんでこんなに悪魔の表情と逃げ惑う人々の表情が細かに見えてしまうのだろう。それだけではない。悪魔が着ている衣装の恐ろしい模様、逃げ惑う人々の痛々しい傷の細部まではっきりと細かく見えてしまう。
私は、もう見ていられなかった。絵画から離れようとしても、なぜか私は金縛りにあったかのように身動きがとれなかった。今すぐにでも私は夢から覚めてくれることを祈っても無理だった。
それに悪魔の不気味な笑みを見れば見るほど、強烈な恐怖感に襲われてくる。
なんでこんなに悪魔と逃げ惑う人々の表情が怖いくらいに細部まではっきりと見えるのだろう。
私は考えた。もう考えるしかなかった。一刻も早くこの夢から覚めるために夢から突き付けられた謎を解くしかなかった。
「…わからない。」
そして今度は、1度聴いたら忘れられなくなるような不気味な音楽と不気味に笑う悪魔の笑い声と逃げ惑う人々の思わず耳をふさぎたくなるような叫び声が聞こえてきた。最後に追いうちをかけるように、絵画の中の悪魔が突然動き出し、見るも恐ろしい表情で私を不気味な笑みで私の目を見つめてきた。
私は心臓の鼓動が自分でもはっきりと聞こえるくらいに動揺していた。もう精神状態がおかしくなる寸前だった。絵画の中の悪魔は不気味な笑みを浮かべて不気味に笑い声をあげながら私に向かって容赦なく歩いてくる。
唯一の助かる方法は謎を解くしかない。悪魔がゆっくりと私に近づいてくる。迫りくる悪魔と不気味な笑い声と音楽がいっそう私の精神をえぐってくる。
そして私は、なぞなぞの答えにようやく気づいた。そして、叫んだ。
「わかったーーー!!! 近すぎるんだ!」
すると、不気味な音楽が止まり、最初に見た悪魔が逃げ惑う人々を追いかける絵に戻っていたが細部まで細かく見える恐ろしい表情はそのままだった。
私は気づいた。巨大な絵画に近づきすぎているため、視野が狭く巨大な絵の目の前の地獄が細部まで細かに見えていた。
「だったら、一歩ずつ絵画から下がってみればいいんだ。」
すると、私は立ったまま身動きが取れなかった金縛りがとけて、巨大な絵画から一歩ずつ下がってみた。
一歩ずつ、一歩、一歩、そしてまた一歩と。
すると、あんなに細かく細部まではっきりと見えていた悪魔と逃げ惑う人々の表情が近づきすぎていた時より、ぼやけると言ったら言いすぎだが、そこまで怖さが目立たなくなってきた。
それだけでなく、一歩ずつ下がっていくことで目の前の視野が広がっていき、巨大な絵の全体がゆっくりと見えてきた。
私は、巨大な絵画の全体が見えるところまでの場所まで後進して、立ち止まった。
「天国だ…。」
そう一言いうと、今度は私を祝福するかのように幸せにみちた、美しい音色の音楽が流れてきた。
私は美しい音色の音楽を聴きながら息をのんだ。
その巨大な絵に描かれているのは天国と地獄。
巨大な絵画の中心の下に小さく地獄が描かれていて、それを囲むように天国が広がっている絵だった。
私がさっきまで絵画に近づきすぎて見えていた地獄は巨大な絵画の一部分でしかないことがわかった。
私は理解した。現実の世界でも将来の不安や焦りにフォーカスしすぎて、(絵画に近づきすぎて)今ある毎日を地獄にしか感じていなかった。(地獄しか見えていなかった。)
「だから、現実の世界でも深呼吸して1度おちついて一歩さがってみればいいんだ。」
私は巨大な絵画をしばらく美しい音楽とともに眺めていた。
さっきまで見ていた地獄は小さく見え、ここから見ると小さくて、あの恐ろしかった悪魔の表情は、はっきり見えなくなっている。それどころか悪魔の存在もここからだと小さくてほとんど見えていない。それよりも地獄を囲んでいる広い天国の世界がとても美しく描かれている。
「…私って、しあわせだな。」
そう一言、言うと私の体は宙に浮かび、巨大な絵画の天国の世界へとすいこまれていった。
すると、私は夢から覚め、現実世界のベッドの上で目を覚ました。
やはり体は正直だ。始めにみた地獄が本当に恐ろしかったのだろう。私は大量の寝汗をかいていたが気分はスッキリしている。
「ピーッ、ピーッ。」
鳥の鳴き声が聞こえる。鳥の鳴き声を聞いたのは何年ぶりだろう。今までストレスに支配されて気づいていなかったのか。今の私には朝をむかえた鳥が幸せそうにあいさつをしているように聞こえる。
そして、朝の光が「早く開けて。」と言わんばかりにカーテンの外から光を部屋に入れようとしてくれているのがわかる。
そして、私はカーテンを開けた。
「朝のひかりって、こんなにきれいなんだ。」
そして、窓を開けて、朝の新鮮な空気を思いっきりすった。
「くぅ~、しあわせだ。」
私は今までに感じたことがないような幸せな朝をむかえた。
そして私は、いつもの散歩コースを歩いた。季節は春。
今まで焦りと不安に支配されて、ただ、まっすぐ前だけを向いていた頃には全然気づかなかった幸せがそこにはあった。
「桜って、こんなにきれいなんだ。」
私は、両サイドに広がる、やさしい風にふかれて、なびく美しい桜に息をのんだ。
どんなことがあっても、ただまっすぐ前を向いて厳しい現実と向き合いながら人生を歩くのも大切だし、かっこいいけど、頑張りすぎるといつかは壊れてしまう。
何かに挫折することがあっても、不安と絶望に近づきすぎていると、不安が不安を呼び、余計な悪いものまでが次々と見えてしまい、事態が好転するどころか悪化の一途をたどってしまう。
そういうときこそ1度立ち止まって冷静になり、焦りや不安から一歩二歩と下がってみる。そうすることで今まで深刻に考えていた悩み事がうっすらぼんやりと見えるようになり、苦痛に感じて仕方なかった不安や問題がそこまで深刻ではない、きっとなんとかなるはずだ。と思えるようになってくる。
それに不安から一歩二歩と下がっているうちに目の前の視野が広くなり、巨大な絵画の広い天国の存在に気づけたように、地獄しか見えていなかったあの頃より希望や他に選択肢や可能性が無数に広がっていることに気づけるようになる。
生き方は1つではなく無数に広がっていることに気づけるようになる。ワンパターンで通用しなくなったら、絶望して負のループに入ってしまう前に一歩二歩下がって他の可能性に目を向けることだってできる。
長い人生、生きていれば当然苦しいことがあるし、将来どうなるかもわからない。
でも、私は向き合って疲れたら一歩さがる。
この大切さを私の夢の中の巨大な絵画が教えてくれたような気がする。
私は春のあたたかい、やさしい風に吹かれながら桜並木のなか、果てしなく広く青い空を見上げながら言う。
「まっ、なんとかなるっしょ。」
すると、あたたかく、やさしい風が私の背中をやさしく押してくれた。
巨大な絵画 アユト @yumenohara
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