推参!紙ストロー侍

ビヨンドほうじ

第1話

「たのもう!拙者、紙ストロー侍!紙白 雪衛門かみしろ ゆきえもん!紙ストロー勝負のため推して参った!」


凛々しい若侍が叫ぶ姿が目に入る。真夏の太陽が見せた幻覚ではない。ひなびたカフェの入口に立つのは映画やドラマで見るような侍、海外観光客向けのアトラクションか…と思ったが、真剣な眼からただ事ではない雰囲気を感じる。見れば、腰には大きな紙ストローのようなものを下げている。刀でないだけ良かった。刃状沙汰にはならないだろう。


「あの…こちらはカフェ・リードランドで…何かとお間違えではないでしょうか…」


こっちは祖父に頼まれてこの週末、バイトで入っているだけだ。厄介事はゴメンだ。


「お騒がせしてすまぬ。拙者、こちらの記事を拝見して参った」


紙ストロー侍はツカツカと店内に入り込み、雑誌を僕に見せる。「湘南の素敵なカフェ100」


何年か前に、祖父が雑誌に取り上げれられて客が増えたということを聞いた覚えがある。


紙ストロー侍が指さした記事では、祖父がにこやかに「当店では環境に配慮した紙ストローを使っているんですよ。お客様にも好評です」と語っている。


「これが…なにか?」

「こちらの紙ストローは客にも好評だ…とのこと」

「それが…」

「紙ストローと言えば、客からは憎しみを持って疎まれる存在、それが好評とは我が紙白家でも稀にしか聞かぬ珍事」

「はぁ…」


祖父も雑誌のインタビューで舞い上がって、社交辞令的に言っただけだろう。この店で紙ストローが評判だと聞いたことはない。


「これを見て、居ても立っても居られず、紙ストロー勝負に参ったというわけだ。さぁ尋常に勝負!」


「ちょっと待ってください訳が分からないです。紙ストロー勝負ってその腰のでかい紙ストローで殴りあいでもするんですか?」

「何を言っておられる。紙ストローは飲み物を飲むものであろう。殴り合うものではござらん。そも、こんな大きな紙ストローで飲み物が飲めるとお思いか」

「うっ…」


それはそうだが、こんな非常識なやつに常識を諭されるとは納得がいかない。


「貴殿はまだ修行中の身のようだな。店主はおらぬか」

「店主は不在で…」


そもそも祖父が旅行に行くというのでバイトで入っているのだ。連絡はつかないだろう。


「では店主が戻るで待たせていただこうか」

「いや、それはちょっと…」

「では客としてならいかがか。ここは喫茶店であろう。」

「ぐっ…」


非常識見た目なのに、ところどころ常識的なやつだ。そこそこ礼儀正しい分、対応しづらい。


「水出しアイスコーヒーを一つ」


紙ストロー侍はメニューも見ずにオーダーする。

「ええっと…水出しコーヒー…ってあったかな…」

「これはまた異なことを、そこに立派なダッチコーヒーメーカーがあるではござらんか。年季が入っていながらも手入れが行き届いていて、ご店主の愛情と見識が伝わってくるな」

「はぁ…」


コーヒーにも詳しいらしい。自分が知らないで出していたアイスコーヒーが水出しコーヒーだったようだ。


「えっと…あのストローは…」


ここでうっかり変なものを出そうものならややこしいことになりそうだ。


「心配ご無用。拙者、獲物を持たずに紙ストロー勝負にくるような愚か者ではござらぬ」


紙ストロー侍は懐から布の袋を取り出し、そこから紙ストローを取り出した。


(腰の紙ストローはマジで関係ないんだ…)とぼんやり思っていると、紙ストロー侍はピッ!っと紙ストローを僕の眼の前に突きつけた。


「これぞ紙白家秘伝の紙ストローよ」


真っ白な紙ストローで継ぎ目も見当たらず高級な感じがする。


「白い…ストローですね」


我ながら間の抜けた反応だ。


「そうであろう。そうであろう。バージンパルプ100%、更に木材もFSC認証の厳選された木を用いておる」


「エフエスシー?」

「エフエスシーと言えば森林管理協議会の略であろう。貴殿は世事に疎いようだな」


紙ストロー侍が苦笑する。


お・ま・え・が・い・う・なと思ったが知らないのは事実なので、うつむかざるを得ない。


「バージンパルプを漂白して紙にして、帯状に切り出し、糊を塗布して、芯棒に螺旋状に巻き付けカットすれば紙ストローはおおよそ完成だ。ただ、糊一つとっても難しくてな、研究室グレードの澱粉系接着剤を…」


なにかスイッチを入れてしまったようだ


「あの…こちら水出しコーヒーになります」


とにかくコーヒーを出してこの場を収めよう。アイスコーヒーを紙ストロー侍に差し出す。


「かたじけない…ところで貴殿は紙ストローに興味はないのか?」

「まぁ…正直飲めればなんでもいいので…」

「では、我が紙ストローでこの水出しコーヒーを飲んでみないか?貴殿の感想が店主に伝われば、話も進めやすいというものであろう」

「あ、いや…でも衛生的に…」

「心配召されるな、紙ストローはたんとある」


なるほど袋を見る限り、一ヶ月毎日飲んでも困らなそうな量だ。


「じゃあ…一口だけ…」


この場は適当な感想を言って収めよう。そう思って口をつけた瞬間、上等な白磁に口をつけたかような感覚が走った。え?これ紙だよな…スッと一口吸うと、清涼な空気が口内にあたる。匂いはない。ただ、その空気はまるで深い森林のような静謐で滋味深いものだった。そして、訪れるコーヒー。いつものコーヒーの味。ないも足されも、引かれもしない。ただ、その液体の流れはどこまでも滑らかで、祖父自慢の水出しコーヒーの味を十全に引き出していた。


紙ストロー侍は自分がびっくりしているのを満足気に見ていた。


「いかがか?貴殿にも拙者の紙ストローの良さが伝わったようで嬉しいぞ」


ドヤ顔とはこんな顔のことを言うのだろう。それにしてもストロー一つでこんなに味が変わるとは…確かにびっくりした。いままでストローで味が変わるとは考えたこともなかった。


「さて…拙者の紙ストローは見せた。次はこの店の紙ストローを見せてはいただけぬか」

「えっと…紙ストローどこにあったかな…」


いつも出しているストローが紙かどうかもわからない。カウンターにおいてあるストローの紙袋を破って中を見てみたが、プラスチックのストローだった。


「あープラスチックのストローしかないですね…」

「む…そうか…」


紙ストロー侍が見るからに落胆する。そんなにガッカリしなくても…どうフォローしようかあたふたしていると、ふと思いついた。自分には祖父から教えられた変わった特技がある。


「紙ストロー侍さん、ちょっと見ててくださいね」


プラスチックストローを包んでいた紙の袋の反対側をちぎる。そして袋の中にフッと息を吹きかけて、筒状にする。


「ちょっとアイスコーヒーを借りますね」


薄い紙袋でできた即席ストローをアイスコーヒーに入れ、すかさずアイスコーヒーをすする。普通だったら濡れて紙がへなへなになってしまう。そこを空気の層をうまく作ることで吸い上げることができる、ちょっとした宴会芸だ。


「ふふっ。面白いでしょ」

「そっそれは…」


紙ストロー侍が目を見開いて驚愕している。場を和ませればと思っただけで、そこまでびっくりされるとは意外だ。



「これは…蘆茎呑天ろけいどんてん!もしや…貴殿は蘆田流に連なるお方か!」

「僕は蘆田吸太郎あしだ すいたろうです。うちの店の名前のリードランドもそこから来てますよ」

「よもや蘆田宗家のお方とは…失礼した…拙者の数々のご無礼お詫びいたす」

「蘆田宗家って、なんですかその茶道みたいな名前は…うちはただの個人経営のカフェですよ」

「紙白家と蘆田家は戦国の世からつながりがあり…元和のころには…いや、そんなことはどうでもいい!蘆田殿!ぜひ、拙者の紙ストローでもう一度アイスコーヒーを飲んでいただけぬか?!」

「えっ、なんで嫌ですよ。大体、紙ストロー勝負をしに来たんじゃないんですか?!」

「もう紙ストロー勝負など無意味でござる。紙白流と蘆田流が合力すれば紙ストローは天下を取れる!蘆田殿!いっしょに天下に挑みましょう!」

「いや、意味がわからないです。紙ストローで天下を取るって言われても…」

「あなたはその力にお気づきでないかもしれぬが…必ずや天下を取れます。天下を吸い尽くしましょうぞ!」


異様な迫力になんと言って良いかわからずに戸惑っていた。ただ、自分のちょっとした芸が認められたのは嬉しかった…それがまさか本当に世界に大混乱と安寧をもたらすことになるとは、僕は全く想像ができないでいた。


(終)

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