転ばない男
joek
ショートショート
同級生に
こいつは学年1小柄な男だったが、その闘魂は逞しく、体育会系の屈強な先輩相手だろうと物怖じしない男だった。
当時俺は野球部で、腰痛に悩まされていた。
同級生の誰かが八起に腰を踏ませたら良いといいだし、八起は1つ返事で承諾した。
教室に体操着を敷いてその上にうつぶせになる。
裸足になった八起が同級生の手を借りて俺の背中に乗った。
「……中々いいかも」
俺の声にほらな、と同級生たちの声が続く。あとで俺もやってもらおう、なんて言葉も。
整体やマッサージを受けた時に感じる程よい圧と心地よいリズムで訪れるじんわりとしたぬくもりが疲れた俺を少しだけ眠りに誘った。
「あっ」
ドン――。
衝撃は眠気を吹き飛ばした。
息がとまる。
曼珠沙華が咲く場所で対岸から死んだはずのじいちゃんがいた。
見たこともない鮮やかな世界。五感が味わう新鮮な空気。じいちゃんが大きく手を振りながらおーい大丈夫かーと俺を心配している。
「……死んだかと思った」
俺もそう思う。
八起が足を踏み外し、俺の上で転んだのだ。しかも腰を直撃するかのように。
普段動じない八起は、この時ばかりは青ざめて必死に謝っていたが、不思議と俺の腰痛は消えていた。
そのことを話すと、試したいというバカな同級生が同じことをし、あっちの世界を一瞬みては痛みが消えるという体験をしていた。
その経験に味を占め、八起は学生で起業した。
臨死体験ができるトリップ整体という怪しげな名前で商売を始め、卒業時には予約が取れない整体師として話題となり超が付くほどの有名人となっていた。
そんな八起は施術を失敗し、訴えられていた。その上トリップのしすぎで廃人を生み出してしまい、その家族からも訴えを起こされていた。
そのこともあり廃業したはずだったが、世間が八起を忘れた頃動画配信者として復活していた。
そしてたった1本の動画がバズった。
セルフで行うトリップ整体の動画だった。ボキボキっと骨のなる音と「ゔっ」という苦悶の声。そしてパタリと倒れる八起。
コメント欄は死亡したと騒然とするが、約5分後にふキラキラして肌もツヤツヤな八起が起き上がる恐怖ともとれる動画は大本が削除されてもショートや切り取りで復活する不死鳥動画となり八起は伝説の人となった。
週刊誌で政治家の裏に怪しい整体師がいると記事になっていた。
病気療養中の議員が、わずかな休養を経てツヤツヤ顔で戻ってきたからだ。
彼は選挙のときに「不死鳥男」として話題になり再当選していた。
八起は表には出ないし、同窓会で否定してたらしいけど議員がトリップ整体を非常に推してるらしい。
絶対お前だろ。
名前の通り、八起はただでは転ばない、どころかパワーアップして戻ってくる、まさに不死鳥男だった。
転ばない男 joek @clyr
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