青春謳歌大計画!

渡貫とゐち

第1話


「最悪なんですけど……」


「その理由を聞いた今、最悪なのはお前の気がするが」



 腰を据えて話した結果、女子生徒の性格の悪さが分かっただけだった。


 性格が悪い、のは言い過ぎかもしれないが……、少なくとも考えは甘い。

 彼女の悩みは事前に回避できるものだったのだ――少し考えれば分かったことだろう? と。


 さっきまで戦々恐々としていた無精ひげの教師は、今や辟易としている。

 はあ、と深い溜息が漏れた……。


 教え子が職員室に泣きながら入ってきた時はぎょっとしたし、周りからの目を気にしたが、今ではすっかりと泣き止んでくれている。

 くれているが……、今度はぷんすかと怒っていた。

 めんどくさい女子だ、と判断したと同時に、緊急性がないことも分かった。ので、教師の反応も段々とテキトーになってくる。


「聞いてます!? せんせ!」


「おう、聞いてるぞ」


 長々と。

 愚痴を言い終えてスッキリしたらしく、女子生徒にも余裕が見えてきた。


 さっきまで支離滅裂だったが……、それでも彼女が言いたい内容は分かったのだから、要点だけはきちんと伝わっていたのだ。


「じゃあ、改善案をっ。この学校、陰キャだらけで最悪なんですっ!!」


「そういう学校だろう……いや、そういう学校ではないんだが……。少なくとも、普通に青春を送ってやろう、という学校じゃあないな。女子の数が圧倒的に少ないんだし。良かったじゃねえか、逆ハーレムじゃん」


 女子生徒がどんな青春を期待していたのかは、まあなんとなくは分かってしまった教師だ。そういうのは普通科でやれ、としか言いようがない。


 専門分野に興味がなければ、青春を求める女子が来るところではない。


 ドラマで見た、キラキラ学生生活を謳歌したいなら、普通科で共学を選ぶべきだったのだ。――女子生徒は、クラスメイトを『陰キャ』と言ったが、もちろん陽キャだっているだろう。


 見た目で判断しているだけではないのか?


 そもそも――ここは遊ぶところではない。


「さっき聞いたが、モテそうだから、という理由で工業高校を選んだんだろう? なら、自業自得だ。普通科に行っても勝ち目がないから、という理由で来た学校で絶望していたら、自分で自分の首を絞めているだけだぞ?」


 あと、工業高校へ通う生徒へ失礼だ。


 ただ、彼女の感想も分からないでもない……教師は工業高校出身なので、キラキラとした青春を”期待できない”というのは、確かに彼女の言う通りではある。


 普通科に行っておけば良かった、というのは、教師も歩んだ道だった。


「お前の失敗だ。甘んじて三年間通ってくれ」


「それ、あたしへの誹謗中傷ですけどぉ」


 そう言われてしまえばこう返すしかない――「すまん」と。


「だが、図星だろ?」


「っっ……! 正論はいりません!」


「正論って言っちゃったよ」




 ――振り返って、入学初日。


 期待したクラスメイトたちは、やや……いやかなり癖があるメンバーだった。

 教師が言った通り、陰キャだけではないものの……陽キャ?

 陽キャとは言えるが、性格に難がある生徒ばかりだった。


 こんな教室で『青春』に会えるのか? 無理そうだ……と確信した女子生徒は、理不尽な運命にとにかく愚痴が言いたかったのだ。


 失礼な女である。

 が、彼女の身になって考えてみれば、クラス替えなしのこのメンバーで三年間は地獄……――とは言い過ぎだが……いやいや、ちょっと厳しいだろう。


 かと言って辞めることも転校することもできず、清潔感だけは一応ある教室のメンバーで青春を送るしかないのだろうか……。


 遠足とか修学旅行とか、女子なりに楽しみにしていたのに……。

 あと今更だが、クラスに女子が『ひとりだけ』というのもきつかったのだ。


「分かってますよぉ……分かってたことなのにぃ!!」


「分かってたことだろ?」


「いま言いました!!」


 ――女子生徒はメイクばっちりの美人である。


 いわゆる高校デビューをしたタイプだが、おかげで見た目は整っている。中身は伴っていなかったが。


 美人でいることに慣れていないせいで、時折、卑屈が見えてしまっている。そこ含めて『可愛げ』とすれば、彼女の他と被らない特徴とも言えるのだが。


 クラスに女子ひとりだから、少ない特徴も宝の持ち腐れである。


「青春、ねえ……。お前が思い描く青春って、なんだよ」

「…………」


 青春、と言ったものの。

 彼女は具体例を見つけてはいなかった。

 アニメや漫画を見て”ああいうの”を期待しているだけだ。いざ、どうしたいの? と言われたら、なにも出てこず、これと言った願望もなかった……。

 ただただ、漠然とした青春を謳歌したかっただけなのだ。


 恋愛もしたかったし。

 とにかく、楽しい毎日を送りたかっただけなのに……。


「うーっ、不登校になりそうです!」

「別に、そうしたければすればいいけどな。高校は義務教育じゃないし」

「おい教育者」


 教え子に詰め寄られ、教師がお手上げをして降参を示す。


「……いやあ、だってよお、学ぶ気がねえ奴に構ってやるほどこっちだって暇じゃない。慈善じゃねえんだ。仕事なんだから金で動くんだよ。――だから、金を積めば単位を……やらんこともない」


「え、それほんとに!?」


「冗談だ。さすがに単位は無理だが……融通くらいはしてやれるぜ?」


 と、職員室でなかなかグレーなことを言っている。


 ……白か黒かはともかく、単位の件も今はいいとして……散々愚痴を言えたことで、女子生徒はだいぶ気持ちが楽になったようだ。


 今のクラスメイトと三年間、最低限の絡みで堪えて卒業しよう――と考えをあらためた。

 確かに、学ぶために通っているのであって、青春を――遊びにきたのではない。


 ――うんうん、と自分にそう言い聞かせる。


 青春したかったけれど……ここは『青春学園』ではないのだから。


「ありがとせんせ、ちょっと楽になった」


「……そうかい。…………なあ、柚木(ゆずき)


「んー?」


 職員室を出る寸前で、教師が教え子に声をかけた。

 振り向いた教え子の表情は、強がりではなく、本当に楽になったようで、安心した。


 ただ……、諦めて『堪える』方向へ答えを出すのは、もったいない――

 だから、教師は、教師らしく、助言をしてやることにした。


「望むもんがあるなら、自分で開拓してみろよ。つーか、そっちの方が早いんじゃないか?」


「え、なにそれ……クラスメイトに媚びろってこと?」


 ――青春がしたいです、と頼み込めば望む通りになると?

 仮に、それで実現できたとして……それが望んだ青春になるのか?



「違う。その気にさせろってことだ。陰キャが嫌なら陽キャにさせろ。見た目が苦手なら好みの外見に変えちまえばいいだろ。高校デビューできたお前なら、陰キャから陽キャになるための容姿の向上の仕方が分かってるはずだ……、他人が動くことを期待し、待って、だけど思い通りにいかないことで不満が漏れるなら、全部自分でやってみろよ。結局、それが一番早いってのは、俺が経験したことだ――」



 だから言葉にパワーが宿る。

 迷いがない言葉というのは、人を動かすほどに強いのだ。


「っ、高校デビュー、ちゃうし」


「なら、生粋のその陽キャで陰キャを盛り上げてみろ。青春ってのは他人から与えられるもんじゃなく、自分で作るもんだ。お前が先導してブームを起こすもんなんだ……他人が期待通りにいかないダメ人間だとして、諦める必要はねえ――だろ?」


「……それは……、」


「めんどうならやんなくてもいいが……ただ、お前の理想はここで終わりだな」


 言われて、女子生徒――柚木が頬を膨らませる。

 教師の言ったことが、当たっているからこそ、返す言葉がなかったのだ。


 ……一理ある、どころではなかった。

 だから――、売られた喧嘩を買うように、柚木がやる気を出した。


「っ、分かりましたよ! やってみます……、陰キャを指導したところで結果なんてたかが知れていますが、やらないよりはマシですよね……――あたしがっ、あいつらを陽キャに大変身させてあげますから!」


「おーう、がんばれよー」


「火を点けたのに興味なさそう!?」



 ――そして、一か月後。


 柚木の指導の下、影響を受けた男子たちが――大変身を遂げた。


 ……え、こんなに変わるものなのか? 教師は目を疑った。


 まるで別のマスクを被ったか、もしくは被っていたマスクを剥がしたか……それだけの根本的な手段を取らなければこうはならないだろう。


 骨格から変わってるような?


「おう……なんか、お前ら…………すげえ変わったな……」


「どうですか? あたしの手にかかれば豚男を爽やかイケメンにすることなど造作もないですね」


「特殊メイクレベルだろ、これ――使ってたりする?」


「いえまったく。まず自信をつけさせて、口説けばこうなりました」


 堂々と言った。

 柚木はクラスの全員を口説いたのだろうか……いや、恋愛的に、とは言っていないので、口説くのにも色々ある。

 男子に自信がつけばいいのだから……褒め殺しにしたのかもしれない。手当たり次第ではあるが、男子は狙い通りに自信をつけたようだ。


 これまで無頓着だった見た目に気を遣うようになり……――ただし、中身は以前とまったく変わっていなかったが。

 口を開けばアニメ、ゲーム、推しのぶいちゅーばぁーなどなど……好きな声優を追いかけ、アイドルの話で教室が盛り上がっている。


 単純に、陰キャが陽キャになっただけで――それだけだが、なかなか、青春らしい教室になったと思う。以前までと雰囲気がまったく違うのだ。


 中心にいるのは柚木だった。


 彼女も元々は陰キャで……同じ穴のムジナだった。


「……あいつも陰キャじゃん……だったら相手を陽キャにしなくとも、話せば意気投合してたんじゃないか……?」


 まあ、どちらにせよ、なら、美男美女の方がマシなのか。

 人は変わるものだ。


 さすがに、骨格まで変わるとは思えなかったのだが……。


「せんせも変わってみる?」

「あん?」


「見た目に手を入れることで、せんせにも春がきますよーむふふー」

「余計なお世話だが……、がしかし、今回に限り、世話になってやろう」

「上から目線ですねえ……にひ。じゃあ遠慮なく、大改造してあげますよ!」


 そして数日後、若返ったように整った容姿の教師が現れた。

 無精ひげはどこへやら、清潔感のある人気の教師に大変身だった。


 しかし、そんな教師の容姿を見て、柚木は床を転がって大爆笑していた。



「あはははははっ、せんせ、カッコいいけど似合わなーいっ!!」


「うるせえ、張り倒すぞてめえ」



 柚木の受けは悪かったが、職員室での女性受けは良かった。




 ・・・ おわり

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