500円

白川津 中々

◾️

 深夜、抜き足差し足、息を殺してリビングに忍びビデオデッキを起動して録画するのはアダルトバラエティ番組、ぬるぬるヘブンである。


 親にバレぬよう深夜にスタートし早朝に回収する週末のルーティン。おかげで土曜日にも関わらず健康的な起床を余儀なくされるわけだが、これも消費者のためと思えば苦ではない。それに、忙しいのはここからである。


「行ってきます」


 家を飛び出し自転車で15分。やってきたのは知り合いのお兄さん、パンチくんの部屋である。


「パンチくんおはよう」


「おはようさん。準備できてるよ」


「ありがとう。今日は三人分だから、600円ね」


「あいよ」


 靴を脱いで部屋に上がり、先程録画完了したテープをデッキに入れ、客先から受け取ったテープを別のデッキに入れる。二つのデッキは繋がっていて、再生している内容を録画できるのだ。つまり、ダビングである。


「またいつもの橋田くんかい?」


 タバコを咥えながらパンチくんが笑う。


「うん。あと、新規の柏崎くんと、レンタル用」


「レンタル始めるの?」


「需要があってね。とりあえず半年分くらいのバックナンバーを集めて、人気号はプレミア価格で売ろうかなって。不人気なやつは福袋とかで処理する予定」


 そう、僕はアダルト番組のビデオテープをクラスメイトに売りつけているのだ。誰でもというわけではない。会員制で、信頼できる友達にだけ売っている。


「商魂たくましいねぇ」


「ダビングで金とってるパンチくんに言われたかないよ」


 そんな事を話しつつ、ゲームをしながらダビング完了。パンチくんの部屋を出て商談場所の廃墟に到着すると、既に橋田くんと柏崎くんが待っていた。


「お待たせ」


「例の物を」


「はいはい」


 橋田くんに急かされテープを渡し、500円を受け取る。重みのある銀色の硬貨。僕はこれが大好きだ。


「はい、柏崎くん」 


「あ、うん……」


「……?」


 柏崎くんの様子がおかしい。緊張しているのだろうか。それとも……


「柏崎くん、500円ないの?」


「え、いや、そうじゃないよ」


「なら、早く欲しいな。あまり長居したくないし」


「あ、うん……」


 何か挙動不審。ビデオを引っ込め、様子を見る。


「なんだよ柏崎。今更ビビってんのかよ」


「違うよ橋田くん」


「なら、なんだよ。早く金出せよ」


「うん……」


 橋田くんに促され、ようやく鞄に手を入れた柏崎くん。その瞬間だった。


「こら! ようやく尻尾を掴んだぞ!」


「成川先生!」


 担任の成川が乗り込んできたのだ。


「逃げるぞ橋田くん!」


「おう!」


「あ、待て!」


 急ぎ駆け出し自転車で逃亡。橋田くんと反対方向に全力で立ち漕ぎ。こんな事もあろうかと逃走ルートと方法は決めていたのだ。


 しかしなぜバレたか。今まで情報が漏れるような事はなかったし、リークするような人間を会員にしたつもりもない。どこから流出したのか……


「……柏崎くんか」


 なるほど合点がいった。柏崎くんは学校側のスパイだったのだ。

 彼は幹部である佐藤くんからの紹介で、僕が面談せずに会員入りしたのだった。信頼できる人間の友人であってもその友人は信頼できるとは限らない。勉強になった。しかし、それよりもだ。


「赤字だなぁ」


 ビデオを一本売り損ねた。大変な出費だ。身銭を切って補填するとは商売人の恥である。まったく、とんだ失態じゃないか。


「どうにかして取り返さないと。上映会でもやるか? いや、観にくるかな皆……抱き合わせで売りつけて売値高くするかな。橋田くんなら買いそうだ」


 自転車をかっ飛ばしながら、焦げついた500円をどう回収する思案する昼下がり。無認可ビデオ屋、絶賛経営中。

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