名の無い名探偵

すずかわ素爪

【速報】殺人容疑で須藤香織容疑者を現行犯逮捕

「あなた、なんで私が自分を拾ったのか。聞きたがってたわよね」


「ええ、師匠。あの時は何が何やら、頭が真っ白でしたから」


「人を殺したいほど憎んだこと、ある?」


「それは、勿論」


「じゃあ、人を殺したとして。必死にアリバイを作って証拠を隠す理由は?」


「捕まりたくないから」


「50点。もう一声ちょうだい」


「それ、ここで話すことですかね?」


 あたりは血の海が広がっていて、部屋の中央には死にたてほやほやの死体が転がっている。頭蓋骨は完全に落ち窪んでいた。一撃必殺。この様子だと痙攣すらしなかったかもしれない。


「今だからなの」


「じゃあぶっちゃけ、『こんな奴一人殺したところで捕まってられるか』ですかね」


「ほぼ正解。精密なトリックの裏には深刻な動機もあるものなの」


「今回のは、突発的な殺人とその場で頑張って考えた密室トリックって感じですけどね。僕が壊しちゃいましたけど」


「動機が大事って言ったでしょ。それに、即興にしてはよくできてた。その辺はあなたが教えてあげるの。世の中には下らない殺しも多いのだから」


「寂しくなるなあ、師匠がいなくなるの」


「独り立ちおめでとう。今日からあなたも名探偵」


 女はおもむろに携帯電話を取り出すと、「人を殺しました。ええ、カッとなってしまって」と『自首』を始めた。


「じゃあ、僕は真犯人つぎのじょしゅを迎えに行きますから。さようなら、師匠ひとごろし


「あなたも元気で、助手ひとごろし


 彼らは名を持てない名探偵。酌量の余地がある殺人者に探偵としての余命を与える死への行列。彼らにはいつか被る汚名はあっても名誉はない。今日もまた、哀しき咎人の葬列が進む。

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名の無い名探偵 すずかわ素爪 @suzukawa_snail

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