今のはチートではない、人力操作だ!【閑話集】
パッセリ / 霧崎 雀
第8.5話 閑話・シュレディンガーの試着室
【試着室】というシステムが、このゲームにはある。
グランエムルの街の場合は、マーケットの片隅にある、入り口に幕が掛けられた小屋だ。
入るプレイヤーごとに別の部屋に繋がる仕組みなので、見た目は小ぢんまりした小屋でしかないが同時に一万人だって利用できる。
試着室は、自分が持っている装備や、マーケットで売っている装備を自由に切り替えて、装備をどんな組み合わせにすればどんな能力になるかシミュレーションできる場所だ。自分が持っていない服すら着ることができる場所なので、一人ファッションショーもできる。
理想のコーディネート(……人によって、性能と外見のどちらを優先するかは異なるが)を求め、延々と『装備パズル』をして入り浸る人も居る。
「てなわけで、【預かり所】に放り込んであった装備を色々持ってきましたよっと」
アテナはシュレディの手を引いて入室し、自然に部屋の操作権を握った。
「ひとまず使えそうなのを見繕って、それをベースに市販品との組み合わせを考えてみるか」
そのために二人は試着室に来た。
……はずなのだが、アテナはもう、シュレディの話を聞かなかった。
「とりあえず試着してみよう、そうしよう。まずこれ、【アルミアシャツ】」
「わっ!」
光学キーボードみたいなコンソールをアテナが宙に浮かべて操作すると、シュレディの着ている服が瞬時に変化した。
と言うか、上半身の露出が突然増えたので、シュレディの体感としては服を剥ぎ取られたように感じた。
「おい待て。これがシャツだと?
「反応が真っ当すぎて悪いことしてる気分になるわね」
「これを他人に着せるのは『悪いこと』ではないと?」
アテナが強制的に着せてきたアルミアシャツとやらは、上半身の前面に張るテントみたいなシャツだった。いや、これをシャツだと言うのは、シャツという概念への冒涜だ。正しくは、申し訳程度の袖と結び紐が付いた布だ。
アテナは、博物館の学芸員が美術品を鑑定するような真面目くさった表情で、シュレディを観察していた。
「って言うかこれ、装備としては能力が無い『おしゃれ服』だろ」
「だったら次は【クロックチェイサー】一式いってみよう」
「それ確かバニースーツだよな!? バニースーツだなっ!?」
聞き覚えがある不穏な装備名を聞いて、シュレディはアテナを止めようとしたが、遅かった。
シュレディの全身を布が擦る感触があって、寸の間の後。シュレディはバニースーツとしか言えないものを着ていた。
うさみみヘアバンド。カジノディーラーめいたチェックのジャケット。ニーハイブーツ。そして、胸の下半分から胴体の下端までをピタリと覆う、ラメ入りレオタード。
腰ベルトには大げさなサイズの懐中時計がぶら下げられていた。
「え……嘘だろ。腰周りの『防御力』が下着以下なんだが。これ着てる人たまに見かけるけど大丈夫なのか!? 精神状態とか! 露出狂なの!?」
「うんうん。他人が着る分には気に留めずスルーしてた服も、自分で着てみると、えげつなさに気づいたりするよね-。あ、ほらネクタイはちゃんと谷間に埋めて!」
上半身にはしっかりジャケットを着込んでいるせいで、胸元と腰回り以外にほぼ露出が無いのが逆に邪悪だ。
何かがヤバいような気がしてシュレディは身を折り、上下の露出部を隠そうとした。
着せた本人は、したり顔で頷いていた。
そしてアテナが再びコンソールを操作すると、今度はシュレディは本当にほぼ裸の状態になった。
「【スパイダーウェブの水着・青】」
身体に張り付く蜘蛛の巣をモチーフにした、あり得ない形状の水着だった。
隠すべき部分は辛うじて隠されている。
「こんなもん水着じゃなく網だ、網! 下手すりゃ紐だ! これを服とか水着だと言ってる奴の国語力には深刻な問題がある! 共通テストからやりなおしてこい!」
「高校生なら許すんだ?」
もはや身体のどこを隠すというレベルではないのだから、シュレディは仁王立ちで拳を震わせてキレる以外にできることがなかった。
とてもとても楽しそうなアテナを見て、シュレディの頭に一つの疑念が浮かぶ。
「えーと次は【ランドセル・赤】と【キンダーガーテンキャップ】とー」
「お前さては俺を着せ替え人形にしたいだけだなっ……!?」
「うん。自分と違う方向性のキャラクリを見ると、やっぱ捗るわぁ」
「捗るな」
「……私の家が燃えたのは誰のせい……」
「ハイ言う通りにしますお姉様」
容赦なく
――これ……逆に、俺に気ぃ遣わせないようにしてるのか。
言いたいことは当然あるが、それはそれとしてシュレディは、内心舌を巻く。
アテナは無遠慮・傍若無人と見せかけて、自ら進んで道化になることで、二人の関係性からシリアスさを取り除こうとしている。強引かつ迅速に。
これが配信者魂か。それとも何か別の由来を持つ技か。
なるほど、こうやって他人と関わる
重ね重ね、言いたいことは当然あるが。
シュレディはスク水姿でランドセルを背負わされ黄色い帽子を被らされていた。
「装備出して貰ってる立場で注文付けるのは心苦しいけど、せめて性能がちゃんとしたやつを出してくれんか……」
「じゃ、この辺かな」
アテナがタタッとコンソールを操作すると、シュレディの着ている服がまた変化した。
まるでウエディングドレスのような、白くてひらひらしたドレスだ。
だがスカートの丈は、せいぜい太ももの半ばまで。
ドレスの左腰部分には、べっとりとした鮮血で、禍々しい深紅の薔薇が描かれていた。
「【薔薇姫のドレス】」
「いやいやいやいやダメだろコレなんでドレスのスカートがこんな短いんだよ」
「それがいいんでしょ」
「どんなアクションでもパンモロするじゃねーか」
「それがいいんでしょ」
「
自分の隣で突然、プールに入る前の準備体操みたいに屈伸運動を始めたアテナの腕を掴み、シュレディは立ち上がらせた。
「このドレス、前キャラで着たこととかなかったの?
「こういう男女が明白に分かれるデザインの装備って、一応
「ああ、そうなるのか」
かつてジャガー麺は、どんな装備構成も必要に応じてできるように、このゲームに存在するありとあらゆる装備を集めていた。
だがそれはあくまでも、最高のPvPをするための準備だ。この世界に存在する全てのアイテムを所有しようとする『アイテムコレクター』系プレイヤーとは違う。
完全に他のアイテムの下位互換でしかない装備や、同じ性能の装備複数種類をわざわざ揃えようとはしていなかったのだ。
負ければ装備を失うゲームなので、よく使う装備を複数個ストックしておくことならあったが。
「あとこれ、
「そういやそうだね。需要に差がある」
「ガチャ的には男向けも女向けも同確率だけど、男向けは二等賞扱いだよなー。……まあ、このドレスはナシだ。今は防御に振るくらいなら、火力系のスキルが付いてる装備が欲しい」
「んー……火力かあ。そうだ、これどうよ」
アテナがカタカタとコンソールをいじると、シュレディはようやく元の(まともな)服装に戻れた。
さらに、フード付きのケープがふわりと、頭から上半身までを覆っていた。
「【シュレディンガー・マント】」
「お。確か、攻撃力下がるけどクリティカル率が50%固定になるやつだよな」
「そう。んで、今の名前の由来だよね? シュレディンガーさんは」
モザイク状に黒と白が入り交じり、フードに猫耳型の突起が付いた、その外套の名はシュレディンガー・マント。
「いいじゃん。これ、借りるわ」
「へい毎度っ」
試着室に置かれた鏡を見て、シュレディは装備の具合を確かめる。
そして、気に入った。性能も、名前も、モチーフも。
ジャガー麺は何故、シュレディと名乗ることにしたか。
『シュレディは。ジャガー麺は。チーターか否か?』……観測されるまで確定しない事象を、確定済みの事実とするため、シュレディンガーの猫は孤高の箱を破って、白日の下に出て行くのだ。
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※用語※
※食いしばり:本来なら死亡するダメージを受けたときに微量のHPを残して(大抵は一回だけ)耐える能力。元々は女神転生シリーズや世界樹の迷宮シリーズの能力の名前だが、わかりやすさから別のゲームでも同様の能力全般を食いしばりと呼ぶことが多い。
※リレイズ:死亡時に(大抵は一回だけ)自動復活する能力。元々はFFの魔法の名前だが、わかりやすさから別のゲームでも同様の能力全般をリレイズと呼ぶことが多い。
※鯖:スズキ目・サバ科の魚。オンラインゲームでは『サーバー』の略語としてよく使われる。例・日本サーバー⇒日本鯖
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本編8話
https://kakuyomu.jp/works/16818792440181056920/episodes/16818792440292698275
本編9話
https://kakuyomu.jp/works/16818792440181056920/episodes/16818792440354329584
今のはチートではない、人力操作だ!【閑話集】 パッセリ / 霧崎 雀 @Passeri
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