第18話 エピローグ

 あれから、六年の歳月が流れた。

 町を照らす提灯の明かり、どこからともなく聞こえてくる賑やかな祭り囃子、そして、甘く香ばしい屋台の匂い。すっかり懐かしくなった秋祭りの風景の中を、遥斗と琴葉は、小さな女の子の手を、左右から、それぞれ繋いで歩いていた。


 「お父さん、あれ、りんご飴! 陽葉、あれが食べたい!」


 六歳になった娘の陽葉が、きらきらと目を輝かせながら、遥斗の腕を引っぱる。その、生命力に満ち溢れた愛しい声に、遥斗は「はいはい」と、目尻を下げて応えた。琴葉もまた、その光景を、たまらなく愛おしそうに見つめている。


 市役所の職員として、夫婦として、そして親として。この町で、二人で、数えきれないほどの季節を重ねてきた。大変なことも、悩んだことも、もちろんあった。けれど、どんな時も、この人の手が、隣にあった。


 境内は、六年前と何も変わらない、温かい活気に満ち溢れていた。遥斗と琴葉は、陽葉にりんご飴を買い与えると、自然と、思い出の場所へと足を向ける。拝殿の前では、今年もまた、新たな夫婦が、成人婚の儀式に臨んでいた。その姿に、二人は、自分たちの、あの二度の儀式を、懐かしく思い出す。


 「お母さん、あのお嫁さん、お姫様みたい!」

 「ふふ、そうだね。綺麗だね」


 そして、そのすぐ傍らでは、小さな子供たちが、可愛らしい衣装に身を包み、稚児婚の儀式に参加していた。陽葉が、不思議そうに、その光景に見入っている。


 「あの子たち、何をしてるの?」

 「満七歳になったら、幸せになれますようにって、神様にお願いするのよ」

 琴葉が、優しく娘に教える。そして、遥斗と、そっと視線を交わした。

 ――― 私達も、あそこから始まったんだね。

 言葉にしなくても、二人の心は、同じ想いを分ち合っていた。


 「実はな、陽葉」

 遥斗が、しゃがみこんで、娘の視線に目線を合わせる。

 「来年、陽葉が七歳になったら、あそこに参加するんだぞ。ほら、あそこにいる、蒼太君と、一緒にな」


 遥斗が指差す先には、少し照れくさそうに母親の後ろに隠れている、同じ年頃の男の子がいた。彼は、遥斗の大学時代の友人で、同じくこの町で家庭を築いた親友の息子だった。


 「え、陽葉が? 来年、お姫様みたいになれるの?」

 「ああ、なれるぞ。とびっきり、可愛いお姫様にな」

 その言葉に、陽葉の顔が、ぱあっと輝く。

 遥斗は、娘の頭を優しく撫でながら、隣の琴葉に微笑みかけた。自分たちの縁が、友人との縁へと繋がり、そして今、その子供たちの縁へと、確かに受け継がれていこうとしている。その、揺るぎない事実に、遥斗は、深い幸福感を覚えていた。


 「おお、遥斗、琴葉さん!」

 声をかけてきたのは、すっかり好々爺となった健一だった。その隣には、美佐子と、琴葉の祖父母、耕作と陽子の姿もあった。そして、少し離れた場所から、離婚したはずの琴葉の両親、慎太郎と咲も、穏やかな表情でこちらを見守っている。彼らは、夫婦に戻ることはなかったが、陽葉にとっての「おじいちゃん、おばあちゃん」として、今では、自然に顔を合わせるようになっていた。


 三世代の家族が、笑い合う。その、どこにでもある、しかし、何物にも代えがたい、温かい光景。

 遥斗は、その輪を、少しだけ離れた場所から眺めていた。幼い頃、琴葉が引っ越してしまい、ぽっかりと胸に空いた、あの寂しい穴。その記憶は、もはや、痛みとしては思い出せない。目の前にある、この、圧倒的な幸福が、過去の全てを、優しく包み込み、癒やしてくれていた。


 祭りの喧騒が、少しずつ、遠ざかっていく。

 遥斗は、遊び疲れて眠ってしまった陽葉を、その大きな腕に抱き上げた。琴葉は、その傍らに、そっと寄り添う。

 三人は、あの日のように、神社の石段に腰を下ろした。


 見渡せば、眼下には、温かい町の灯りが、星のようにきらめいている。

 そして、その全てを見守るように、夜空には、雄大な富士のシルエットが、静かに、そして、どこまでも優しく、そびえ立っていた。


 幼き日の、小さな縁(えにし)。

 それは、時を経て、再会を紡ぎ、愛を育み、そして今、かけがえのない家族の絆となった。

 この、富士の麓の町で、彼らの物語は、これからも、温かい日常を重ねながら、永遠に、続いていく。


 - 完 -

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君とつむぐ、家族の縁(えにし) 舞夢宜人 @MyTime1969

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