「僕談-BOKUDAN-」

藤崎

「僕談-BOKUDAN-」

「絵が描けないやつに、原作なんて書けるわけないだろ!」


その一言が、俺の頭の中でリフレインする。


漫画家を目指す俺、藤崎なんとか、19歳。原作担当としてストーリーを紡ぐのが夢だった。


緻密なプロット、魅力的なキャラクター、壮大な世界観――俺にはそれがあると信じてた。


問題は、絵だ。絵が、まるでダメだった。「ストーリーだけでいいじゃん! 絵は誰かに任せればいい!」なんて甘い考えで、地元の漫画サークルに飛び込んだのが一週間前。


そこで出会ったのが、彼女――神崎葵、20歳。サークルきっての天才イラストレーターだ。彼女の描くキャラは生きてるみたいで、背景はまるで映画のワンシーン。俺は即座に思った。


「この人に描いてもらえば、俺の原作が輝く!」


「ねえ、神崎さん! 俺の原作で、漫画描いてみない?」


葵はスケッチブックを閉じ、鋭い目で俺を見た。

長い黒髪がさらりと揺れ、まるでアニメのヒロインみたいな雰囲気。


でも、口から出た言葉は冷ややかだった。


「原作? ふーん。で、君、ネームは切れるの?」


「ネーム? それって、ストーリーのあらすじみたいなやつでしょ? 俺、得意だよ!」


葵はため息をつき、スケッチブックを俺に押し付けた。


「じゃあ、やってみなよ。私のキャラ、君のストーリーで動かしてみて」


その日から、俺の試練が始まった。


葵の言う「ネーム」とは、ただのストーリーメモじゃない。


コマ割り、キャラの動き、構図――全部自分で描くものだった。「絵が描けない」とグチる俺に、葵は一蹴した。


「絵が描けない? なら、線を引け。まっすぐな線。一本でいい」


「は? 線?」


「そう。線が引けないやつに、漫画なんて描けないよ」


渋々、俺はペンを握った。鉛筆を握る手が震える。線一本、まっすぐ引く。


それすら、俺には難しかった。ガタガタの線を見て、葵はニヤリと笑った。


「ほら、できたじゃん。次は、円。丸い顔、描いてみて」


「顔!? いや、無理だって!」「無理じゃない。円だよ。円。できるでしょ?」


葵の指導は、まるで謎かけのようだった。彼女は俺に難しいことを要求しない。



線、円、四角――基本の基本。でも、なぜかそれが難しい。


夜な夜な練習するうち、俺の手は少しずつ慣れていった。


ガタガタだった線が、ほんの少し滑らかになった。


一ヶ月後、俺は初めてのネームを葵に見せた。


たどたどしいコマ割り、ぎこちないキャラの動き。


でも、俺のストーリーがそこにあった。


主人公が剣を手に魔王に立ち向かうシーン。


自分でも驚くほど、形になっていた。


葵はネームをパラパラとめくり、静かに頷いた。


「悪くない。次は、清書ね。」


「清書!? いや、待って、これで十分じゃ――」


「十分? 漫画は読者に届いてなんぼ。清書で魂を入れるんだよ。ペン入れ、やってみな」


またしても、葵のスパルタ指導が始まった。


ペン入れのコツ、インクの濃淡、線の強弱。彼女は細かく、でも不思議と優しく教えてくれた。



「ここは強く。キャラの感情を線に乗せるんだよ」とか、「背景はシンプルでいい。読者の想像に任せな」とか。


まるで、映画『ベスト・キッド』のミヤギさんのように、彼女は俺を導いた。三ヶ月後。


俺の手は、かつての俺とは別人のものだった。


線は力強く、キャラの表情は生き生きとしていた。


葵と共作した漫画は、サークルの合同誌に掲載された。


読者からの感想は上々で、「この新人の絵、めっちゃいいね!」なんて声も。

俺は耳を疑った。


絵? 俺の絵が、いい?


「なあ、葵。俺、絵描けるようになったよな?」


葵はいつものクールな顔で、でも少しだけ笑って言った。


「当たり前。線を引けるやつは、なんでも描けるよ」


その言葉に、俺は気づいた。


葵は最初から、俺に絵を教えるつもりだったんだ。


原作だけじゃなく、漫画家として俺を育てようとしてた。


彼女の指導は、まるで魔法のようだった。


気づけば、俺は線を引くたびに、自分のストーリーをもっと輝かせたいと思うようになっていた。


「次は、もっとすごい漫画、描こうぜ。葵。」


「ふん。君が私の絵に追いつけたらね。」


俺は笑った。


まだまだ、葵の足元にも及ばない。


でも、ペンを握る手は、もう震えていなかった。





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「僕談-BOKUDAN-」 藤崎 @fujisun723

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