第15話 エピローグ

ギルド支部の会議室は、夕暮れの光に包まれていた。

広い机を挟み、俺とミリア、ラウガン、レオンは椅子に腰を下ろしている。

正面には、分厚い胸板を誇る男――ギルドマスター・ドルガン。


「……以上が、一連の経緯です」

俺は言葉を区切り、深く息を吐いた。


カイルが実行犯だったこと。

黒装束の集団との戦闘。

そして、カイルを討った直後に聖剣の勇者テルヤが現れ、『黒殻』を引き取っていったこと。


ドルガンは重々しく頷いた。

「……まさか、カイルが黒とはな……。暁の環の名が地に堕ちるのは惜しいが……これで街を震わせた連続殺人には、一応の区切りがついたな」


言葉とは裏腹に、その眼差しは険しい。

彼は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。


「黒装束の連中……奴らの正体までは分からんのだな?」

「はい。名乗りもせず、ただ無言で襲ってきました」

「ふむ……」


一瞬の沈黙ののち、ドルガンは口を開いた。

「黒殻――その名なら聞いたことがある」


「!」

ミリアがわずかに肩を震わせ、俺も思わず身を乗り出した。


「手にすれば相応の力を得られる代わりに、精神を侵される危険な代物だと聞く。冒険者の間でも噂の域を出ん。だが、実際にそれを目にした者は多くない」


ドルガンの声は低く重く、部屋の空気を押し潰すようだった。


俺は横に座るラウガンをちらりと見た。

彼は無言でこちらの視線を受け止め、肩を竦めてみせた。


その飄々とした態度の裏に、何か深いものがある。

だが今は問いただすこともできず、俺はただ息を詰めていた。


重い空気を切るように、ドルガンが口を開く。

「……ああ、そうだ。朗報がひとつある。イレーネが目を覚ました」



治療院の一室。

白布に包まれたベッドの上で、イレーネは上体をゆっくりと起こしていた。

顔色はまだ青白いが、その瞳には確かな光が戻っている。


「……来てくれたんだね」

掠れた声に、ミリアは駆け寄り、両手を握った。

「イレーネさん……!」


「体は……大丈夫か?」

俺が問うと、イレーネは小さく肩を竦めて笑った。

「まぁまぁだね。しばらくはここでゆっくりしてるよ」


「……そうか」

胸の奥の緊張が、ほんの少し緩むのを感じた。


イレーネはかすかに笑みを浮かべ、俺へと視線を向ける。

「話しておきたい。……あの時のことを」


息を整えながら、ぽつりぽつりと語り出す。

「黒い装備の奴らが……何人もいた。必死で応戦してたら、カイルが……敵として刃を向けてきた」


ミリアの目が大きく見開かれる。

イレーネは強張った表情のまま、言葉を続けた。


「絶対に許せない。仲間を裏切って……あんなことをしたんだ」

指先が小さく震え、握る拳に力が籠る。


だがその直後、彼女の声がほんのわずかに震えた。

「……だけどね。あんなに悲しい顔をしながら戦う奴は、初めてだったよ」


その言葉が胸に重く沈む。

裏切りと殺意に塗れながら、それでも痛みに歪むような顔を浮かべていたカイルの姿が脳裏に浮かぶ。


部屋の中に、沈黙が広がる。


「……あんた達がケリを付けてくれたんだろ? ありがとう。本当に」

イレーネが穏やかに微笑む。


「……ああ」


「イレーネさん!!」

ミリアが堰を切ったように声を上げ、ベッドに飛び込むように抱きついた。

その肩は震え、ぽろぽろと涙が頬を伝って落ちていく。


「おっとっと……あらあら」

イレーネは困ったように笑いながらも、優しくミリアの頭を撫でた。

「よしよし……大丈夫、大丈夫だよ」


ミリアはしばらく嗚咽を漏らしながら、その胸にしがみついて泣き続けた。

やがて、少しずつ呼吸が落ち着き、涙の粒も小さくなる。


「……落ち着いたかい?」

イレーネが囁くように問いかける。


「……はい」

赤くなった目をこすりながら、ミリアが小さく頷いた。


イレーネは微笑み、ベッドに身体を預ける。

「……少し、横になるよ。また、顔出しな」


「はい!」

ミリアの声は、泣き腫らした瞳とは裏腹に力強かった。


「……ああ。またな」

俺も短く告げると、イレーネはゆるやかに手を振った。

その仕草には、あの気丈な冒険者の面影がまだ確かに残っている。


俺とミリアが病室を後にし、扉を閉めようとした時――

中から、抑えきれないすすり泣きがかすかに漏れ聞こえた。


胸の奥が締め付けられるような音だった。



翌朝――。

ミリアはベッドの上で転がりながら、小さく呻いていた。


「いったた……脚が……っ」


雷刃を放った代償なのか、下半身の筋肉が悲鳴を上げているらしい。

ベッドから降りるどころか、起き上がるのもやっとで、トイレに立つ時は俺の腕にしがみつきながらの移動だった。


俺はため息をつきつつも、宿屋の食堂からパンとスープを盆に載せて戻る。

「食いもん持ってきたぞ」


「わ、ありがとうございます!」

ミリアはぱっと顔を上げたが、すぐに少し困ったように笑った。

「脚が痛いので……食べさせてください!」


「いや、手は動くだろ……」


「だめですか……?」

上目づかいに見上げられ、唇を尖らせる。


「うっ……」

思わず胸が跳ねた。不覚にも、ドキッとさせられる。


「ユウタさんのために頑張ったんですけど……」

拗ねたような声に、さすがに観念するしかなかった。


濃霧の森での調査は、文字通り命賭けの戦いだった。不安な思いもたくさんしただろう。

その反動で、今こうして甘えているのかもしれない――そう思うと、無碍(むげ)にもできなかった。


「……わかったわかった。 降参だ……」


「わーい! お願いします!」

嬉しそうに笑う彼女に、やれやれと肩を竦めながらスプーンを差し出す。


一口、また一口とスープを運ぶ。

その合間に、金色の瞳がこちらを見上げて、ふにゃりと笑う。


――守れて良かった。いや、守られたのか。

その笑顔を見ながら、心の奥でそう安堵していた。


黒殻や、霧の中に潜んでいた謎の集団。

気になることは山ほどある。胸の奥には不安も残っている。

だが今、目の前で笑っているミリアを見ていると――それらはひとまず脇に置いておくことにした。


せめてこの瞬間くらいは、彼女の笑顔だけを見て、一緒にいられる喜びを噛み締めてもいいだろう。


2章 終

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ハズレ勇者と迅雷の少女 ―スキル【弱点特効】で挑む異世界召喚物語― @atsuagerock

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