刻まれた記録
トリト教の教会へ向かい、マクマルに伝承を聞いたルノたちは、道中にあった大魔法使いサトウの墓へ興味を持った。
ルノたちが教会を出発し、来た道を戻っていると、分岐路へとたどり着いていた。
メルトは未知の分かれ目に仁王立ちになると、地面に刺さった看板に目をやる。
「戻ってきたねー。こっち行けば『大魔法使いサトウの墓』だー!」
「メルトさん、早く行こう!」
「あんま急ぐと危ないよー!」
ルノが今にも走り出そうとしてメルトの手を放す。
メルトは周囲を見渡すと、分身を森に向かわせてから、ルノの後を追った。
◆
墓への道を歩いていくと、ルノはだんだんと冷たい空気が漂っていくように感じた。
道を行き、森の中へと進んでいくのは教会と同じにもかかわらず、どこか違った。
枝葉の隙間から差し込む光がほんの少しの暖かさを残している。
「なんか、変な感じだね」
「そうだね……特に何かいるわけでもないんだけど」
メルトは前を進んでいたルノの手を握った。
「やっぱ手ーつなご、ちょっと怖いしー!」
「全然そんな風に見えないよメルトさん」
ルノは差し込む光を手で遮ると、緩やかに曲がる道を歩いていく。
メルトはルノの手をつないだまま、一歩一歩を重く刻む。
「――あれ、かな」
「おー、たぶんそうでしょ! ……ん?」
歩き始めて三十分余り、ルノは前方に何かの構造物を発見した。
それは長方形の石のようで、遠くでよく分からないが、文字が刻まれているように見える。
細長い花瓶の中には花が見えた。
近くには小さな小屋や水が溢れ出る謎の構造物があり、その周辺には水瓶のようなものや、棒の先に桶の付いたものを並べた棚があった。
あたりにはどこか香ばしいような匂いがした。
そしてルノたちは同時に人の姿も見つけた。長方形の石の奥に石碑があるのだが、その前に一人男が立っている。
白いロングコートにフードを深く被っており、スラッとした後ろ姿からもその立ち振る舞いには高貴さが伺える。
しかし、トリト教の人間には見えなかった。後ろ姿でまだ杖のシンボルを確認できていないせいかもしれないが、ルノは明らかに異なるオーラを肌で感じていた。異様に冷たく、かつ生きている。そんな異質なオーラはどこかメルトのようだった。
道を進むたびに感じた冷たい空気とも異なるオーラだが、ここまで気が付かなかったのがなぜかは分からない。
メルトはルノの手を二回強く握ると、森の方へと目をやってから、ルノを連れゆっくりと小屋の方へと歩いて行った。
ルノは男の様子をちらちらと見ながらも、いつ何が起こってもいいように呼吸を整えて心を落ち着かせる。
「……ん、これは……若い方がこんなところまで……熱心な信者さんかな?」
男がルノたちの気配に気づいたようで、振り返る。
フードの下の顔はよく見えなかったが、赤い瞳が輝いている。
まるでメルトの瞳のようだ。
「いーや、ただの観光。ここって大魔法使いのお墓なんでしょ? 気になって」
「ね、ルノくん」
メルトはいつもと変わらぬトーンでルノに語り掛けた。
ルノもそれに合わせるように答える。
「うん、どんなお墓なのかなって」
男は二人を見ると目を閉じ、ぽんと手を叩いた。
「それはいい。大魔法使いサトウというのはこの世界にとって大切な英雄だ。こう、静かなのもいいが……もっと人々の目についてほしいと思っていたんだ」
「彼は、伝承は、素晴らしい。魔法士トリトや彼の伝承は人々の知らぬところに深く、強く、絡みつくようにその根を張っている……人の営みとしての最高到達点だろう」
「伝承とはなんとも力のあるものだ」
両手を広げ、下を向きながら男は言う。
そのあまりに芝居じみた様子にメルトは片足が退いた。
「あなたは伝承について詳しいの?」
ルノはその場にじっと立ち、男に臆せぬ態度でその赤い瞳と濃紺の瞳を交差させる。
「詳しい……か、それが学問としてか、伝承を語り継ぐ当事者としてかによって答えは変わるな。……だがしかし、私としては、どちらもそこらの人間には劣らないと自負しているよ」
男はルノを値定めするように遠くから見つめると、また手を叩く。
「ああ、そうだ。この後予定があるんだ。こんなところに長居はできないんだった」
「引き続き観光を楽しむといい。かくいう私も観光客だが」
男はそのままルノたちの来た道へと歩いていく。メルトは目線をそらすことなくそれを見届けると、手の力を緩めた。
「あれ、たぶん吸血鬼だ」
「やっぱり、普通の人じゃなかったの」
ルノも自身が感じた異質感から、その通りだと納得する。
「はぁ……なんかこの町は疲れるなー、安全じゃなかったのー?」
メルトはだいぶ疲れているようで肩をがくんと落とすと、そのまま森の分身を呼び戻そうとした。
しかし、ピタっと固まると、男が去っていった道の方を見つめた。
「メルトさん?」
「あー、なんだよもー……ごめんねルノくん、大丈夫だから」
メルトはそう言うと、体ごと振り返り腰に手を当て、仰ぐように少し顔を上げた。
すると、道の奥から上下黒のスーツ姿が見えた。
「やあ、二人とも、伝承調査は順調かな?」
「ノモトさん!」
「今度はあんたって、もー……なに? なんか調べ物?」
ノモトはメルトのあからさまな不機嫌さには気もくれず、石碑の方へと歩いていく。
「そうそう、これね。実はまだ調べてなかったんだよね」
「こういうのってなんか物語が書いてあったりするでしょ。後回しにしてたんだけど、二人もいるなんてちょうどいいタイミングだね」
ノモトが手招くので、墓と思われる石をじっくり見るよりも先に、ルノたちは先に石碑の方へと歩く。
石碑に近づくと、刻まれた文字がハッキリと見えてきた。
だが、ルノもメルトもそれを読むことは出来なかった。
「ノモトさん、これはなんて文字なの? 見たことある気がする」
「見たことある……そう、町のどっかに模様みたいに残ってたとかかね」
ノモトは石碑に触れながら、目を素早く動かす。
「これは古代文字だよ。大魔法使いサトウのいた世界……内界の文字だと言われてる」
ノモトは小さなメモ帳とペンを取りだして内容を書き留め、それと同時にため息をついた。
「……なんだこれ」
「なにが書いてあるの?」
ルノが問いかけると、ノモトはメモを取りながら少し苦笑いしてから石碑の一文と思われる所に触れる。
「そうだな……例えば、ここのところなんかは、『この世界には猫はいるのだろうかと思って旅をしてみたが、やはりいるようだった。うれしかった――』みたいなことを刻んでおけと指示があったって話」
ルノは、サトウとは猫の研究家なのかと思いながら、ノモトの話を聞き続ける。
「こっちは『どうもホームシックのようだ。早く帰らないと』ってあるね」
「ほーむしっく?」
「家に帰りたいってことだね」
そして、石碑の下、文の締めと思われる箇所に目を走らせると、小さく口を開き、目を見開いた。
「やっぱり、方法はある……?」
ノモトはぶつぶつと何か呟きながら石碑を見つめ続ける。
「ノモト?」
メルトがノモトに声をかけると、何事も無かったかのように、普段の読めない様子へと戻った。
「――ああ、ごめんごめん、いやぁ、すごいことが書いてあってさ、サトウは最後内界に帰ったって」
「え? じゃあこのお墓は?」
メルトが長方形の石の墓を見る。
ルノも不思議に思い、石の方へ向くと、ノモトはそちらの方の文字も読んだ。
「ああ、『もしも帰れなかった時用。サトウカナタここに眠るかも!』だってさ、はぁ……」
「どうやって帰ったんだっての」
ノモトは明らかに気を落としたように大きなため息をついた。
ルノは、これまでに想像のつかないほどの落ち込みぶりに驚きつつ、一つの疑問を頭にうかべた。
「なんか、珍しい名前だけど、ノモトさんと似てる気がするね」
風が吹き、ノモトの髪が揺れる。
「……そうかな?」
「うん、音……みたいな」
ノモトは一瞬だけ、どこか驚いたような、食い入るような様子でルノを見つめると微笑んだ。
「珍しい名前だからね。たまたま似ているんじゃないかな」
「それよりも、ちょうどいいから今聞いた分の伝承について聞いてみたいかな」
ノモトが左手に持っていたメモ帳をひらひらと振り、町の方へと歩き出した。
「ここ、見に来たんだよね。ちょっとしたら町の方で一緒にご飯食べながら話そうよ」
「私は先に町に戻るから、見終わったら初めて会った喫茶店の近くに来てよ」
ノモトはそのまま振り向くことなく去っていった。
「……ノモトさん?」
ルノの感じた何かが明らかになる前にノモトは居なくなった。
この町に来てから感じる空気や、信仰というものの謎は深まるばかりであった。
次の更新予定
ルノと旅する吸血鬼 立木ヌエ @NueTatsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ルノと旅する吸血鬼の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます