別世界

 ルノたちは、町での聞き込みを続けるうちに神父見習いマクマルのお礼をもらっていないことを思い出し、教会へと向かうことにした。

 ルノはマクマルからどんな伝承を聞けるかを楽しみにして、道を歩く。


 日の光はいまだ降り注いでおり、どこかマクマルを思わせるようだった。


 店などのある通りから町の奥へと進んでいく。

 だんだんと商売の音は薄れ、人の話し声も目立つほどに静かな道へと変貌していく。石畳はだんだんと途切れ、少し整備された道へと変化していった。


 山の上から見たように家と家の距離は離れている。しかし、ここでもやはり杖のシンボルが統一感を醸し出しており、独特な空気感が残っていた。


 歩いていると、やがて大きな分岐路にたどり着いた。


「こっちが教会だって、メルトさん」

「うん、こっちは……使の墓だってー。すごそーな名前だよねー」

「珍しい名前……行ってみたい」


 ルノは大魔法使いという言葉に心をくすぐられ、興味を惹かれたが、目的を思い出し首を横に振った。


「そうだね! とりあえずもう少しらしいし、マクマルのやつに挨拶だー!」


 メルトは腕を振り上げるとルノにも同じようにしようと促す。

 ルノはそのまま腕を振り上げてメルトを見つめた。


「なんかグラムさんみたいだね」

「たしかに、あいつも元気かねー?」


 そんな他愛のない会話をしながらゆっくりと土の道を踏みしめていくのだった。





 分岐路から程なくして、教会が見えてきた。エルネの家のように森に囲まれており、周囲には土をならした広場、井戸、畑などがある。


 円柱の建物、白い壁に三角屋根、頂点には杖のシンボル、窓はステンドグラスで様々な色の反射が美しい。

 だが、なによりも特筆すべきは教会の大きさだ。土地自体も広いのだが、とにかく高い。

 ルノが天にまで届いてしまうのではと思うほどだ。


「あれが教会……!」

「でっかー」

「バラムスさんのお屋敷よりも、フラレスの魔物よりもおおきい!」


 大きさとその神聖な雰囲気に興奮するルノに反して、メルトは一言だけの感想にとどめると、周囲をきょろきょろと見渡す。


「外に人はいないねー」

「中にいるのかな?」

「たぶんねー、礼拝とかしてんじゃない?」


 ルノはどこか落ち着かない様子のメルトを見ると自分と同じく興奮しているのかと考えると、その手を引く。


「じゃあ、中にいこ!」

「わかったわかったよルノくん!」


 メルトはあまり見ないルノの様子に笑うと、走っていこうとするルノの手をとり歩いていく。


 木製の大きなドアは閉ざされており、中からは歌声のようなものが聞こえた。


「これ、今入っていいかなー……うち、いまいち分かんないだよねー」


 メルトは頬をかいて苦笑いした。

 ルノは首を傾けると、こぶしを握って振るふりをした。


「こんこんってすればいいかな?」

「うーん、なんかマナーに触れちゃまずい気もするなー」


 やけに慎重なメルトにルノもどうしたものかと途方に暮れていると、森の方から足音がした。


「あれ! ルノ様にメルト様! 来てくださったのですか!」


 声の先では白い修道服を身にまとったマクマルが満面の笑みで走ってきていた。





 マクマルに教会の中へと案内してもらい長椅子に座ったルノたちは、上を見上げつつマクマルにこれまでの経緯を話していた。

 外から見ても高い建物だったが、中から見ると天井までの距離が遠く、開放感がある。

 壁のステンドグラスからは様々な光が入り込み、教会内を神秘的な空気で満たしていた。


 円状の内部では中央の神像を囲むようにして信者たちが歌声を奏でていた。

 その足元には薄く模様があるが、何の模様なのかルノには分からなかった。


「なるほど! 英雄伝承ですか! たしかにそれなら私はかーなーり、詳しいですよ!」

「ほんと?」

「ええ! ルノ様任せてください!」


 胸を張り手を強く握るマクマルに若干気圧されつつ、ルノはまた上を向く。


「それも聞きたいけど、教会ってすごくきれいだね。ガラスの光がきれい!」

「ええ、ええ! 素晴らしいでしょう! あ、これの伝承に絡めたお話、ありますよ!」

「聞きたい!」


 マクマルはルノが食いつくとすぐに立ち上がる。

 すると、歌唱する信者のそばに座っていた白髪の神父が静かに近づいてきた。


「マクマル、貴方はもう少し声を小さくしてください」

「は……! 申し訳ありません!」

「ですから静かに……まあいいです」


 神父に注意されるもまるで声量の変わらないマクマル。神父はあきれたように眉間をつまむと、ルノの方へとしゃがみ込み優しい声音で語り掛ける。


「貴方も、ほんの少しだけ静かにお願いできますか? あちらで信者が歌っているものは大事な歌なのです」

「わかった。ごめんなさい」

「いいのです。あなたはトリト様に認められる善の心を持っている……マクマルは心意気と行動を一致させてください」

「精進します!」


 神父は目を瞑り眉間をさらに強く抑えた。


「神父サマ、失礼かもなんだけど、一つ聞いていーかな」


 様子を見て静かにしていたメルトが突然口を開いた。

 それに対し神父は眉尻を下げる。


「申し訳ありません。私は本来礼拝中に離れられないのです。教会に関することならばそこのマクマルに聞いてやってください。知識は一級品です」

「お知り合いのようですし、そのほうが楽でしょう」

「わかった。ごめんね、邪魔しちゃって」

「いえいえ」


 神父は深くお辞儀すると、先ほどまでの位置へと戻っていった。


 神父が座ったのを見ると、マクマルが小さくささやいた。


「では、色ガラスについてとメルト様の質問、どちらを先にいたしましょう? 時間はあるのでいくらでも答えますよ」

「メルトさんからでいいよ」

「そう? ルノくんからでいいけど……とりあえずやっぱ外でない? マクマル、どっか座れるとこない?」


 メルトの提案に、マクマルは宿舎が離れたところにあると言うので、ルノたちは移動するのだった。





 マクマルの案内についていくと、教会からそう遠くない位置に異質な建物があった。

 長方形で、外壁はまた白い。しかし、硬い材質は石でもレンガでもない。


 中に入ると、内装自体はあまり目立ったところがなく、よくある宿のようだった。


 マクマルが広い部屋に案内すると、机やソファなど、くつろぐには十分な空間があった。


「どうぞ座ってください!」


 ルノとメルトは促されるままソファに座る。マクマルも机を挟んで向こう側に配置されたソファへ同じように座った。

 メルトは人の気配がないことを確認してフードを外した。


「それでは、メルト様、どうぞなんなりと!」


 マクマルはまた自信満々に胸を張るとその手を大きく広げた。

 メルトは少し言い淀むと、髪を弄る。


「……じゃー遠慮なく、白髪ってどこまでが縁起がいいの」


 ルノはメルトの言葉に納得した。

 メルトの白髪はトリトと同じ地毛だが、あの老神父も白髪だ。どこに違いがあるのだろう。


「それですか! 単純な話ですよ! 地毛は何より尊く、歳を重ね白くなることもまた縁起がいいのです! 格に違いは出ますが!」

「メルト様も門で調べられていましたよね! 門番様の言っていたように神聖視されることは変わりません!」


 マクマルはメルトの髪を見ながら言う。

 メルトは分かっていたかのようにため息をついた。


「だよねー、面倒だなー。うちみたいに地毛で美しい白髪ってやっぱ珍しいよなー」

「ええ、それは本当に! 白い髪に生まれたものは魔法に秀でた天才ともよく言いますしね!」


 ルノは初めて聞く話だが、マクマルの語り口的に常識のようなものだと考えると、そこに疑問は出さなかった。


「……だよねー! うち天才だし!」


 しかし、メルトの不自然な間を感じ取ってはいた。

 それについてルノが言及する前にマクマルが続けた。


「まあ、実は白髪でも昔には悪い魔法使いがいたので、例外があるんですけどね!」

「白髪については以上ですかね! では、ルノ様、次はステンドグラスについてお話ししましょう!」

「あ、うん」


 ルノはそのままマクマルの勢いに押されてしまった。

 マクマルはそんなルノの様子に気づくことなく語る。


「あのステンドグラスは白、黒、青、赤、黄、紫、緑の七色によって構成されているのですが、白はトリト様、その他は六人の従者の色に基づいているのです!」


 ルノは話を聞きながら先ほどの光を思い出す。町の人から聞いた伝承にも従者がいたという話があったことを思い出し、他より曖昧さが薄いと感じた。


「トリト様の白が大切なのは言うまでもないですが、なかでも紫は白に続いて大切なのです! なんといってもそれは大魔法使いサトウ様の色! かつてこのルズニア国の遠方にあったという古代国家バーロンド。そこを救済しただけでなく、た! また――」

「まって、わからないことばっかり」


 ルノは情報の応酬に頭がパンクしそうになると、なんとかマクマルを一時停止させる。

 そして聞いた言葉をひとまず日記にメモした。


「うーん、たしかにあまりなじみのない話かもですね! 反省です!」


 マクマルは笑顔のままそう言うと、ルノに手を向ける。


「ルノ様が特に知りたいことにお答えします! で得た知識を総動員しましょう!」

「パンドラ?」

「おや、まずはパンドラについてですか?」


 マクマルが語ろうとすると、今度はメルトがそれを止めた。


「あんたが説明したら長くなりそうだから却下。ルノくん、パンドラっていうのは学術都市の名前ね。ともかくすごい量の本とか遺跡とか人がいるところ。どこの国のものでもないんだよ」

「本がたくさんでどこの国でもない……なんだかすごいね」

「その通りです! 私はトリト様について調べるためにパンドラにいました!」


 学術都市パンドラ、もしかしたらそこに行けば、メルトの探すなにかもあるのではないか。

 ルノは『すごいたくさん本があるところ』としてパンドラを記憶すると、改めてマクマルに問いかける。


「じゃあマクマルさん、大魔法使いサトウって?」


「サトウ様ですね! 先ほども言いましたが、トリト様の従者の一人であり、バーロンドを救済した英雄です!」

「その最たる功績は異界の穴を仲間とともに封じたことです! これにより世界の崩壊を防いだとも言われています!」


 ルノはサトウについて『トリトの仲間。バーロンドという国を助けた。異界の穴をふさいだ』とメモした。

 話を聞いているとトリトよりも具体的な活躍がありそうだと思った。


「じゃあ異界の穴って?」


「異界の穴とはこのまえ話した内界に通じる穴のことです! そこから私たちの住む外界と行き来できるらしいです! 外界、内界という言葉はサトウ様が付けました!」

「内界から外界に迷い込んだ人のことはとも呼びますね! 滅多にいないどころか、現在では英雄以外にいるのか怪しいとまで言われていますが!」


 ルノは異界の穴について『この世界につながるほかの世界とつながってるもの。交差人っていう迷子がいる』とメモした。

 さらに多くを聞こうとも思ったが、ルノはこれまでのメモを一度ノモトに見せようと思い日記帳を閉じた。


「ありがとう。ぼくはもういいや」

「そうですか! まだまだ色々と語り足りないですが、役に立ったのなら何よりです!」


 マクマルはそう言うと、窓の外を見つめる。


「あ! サトウ様については町へ戻る途中の道を分かれたところに石碑がありますよ!」

「うん、看板があった。あとで見る」

「いいですね!」


 メルトは会話が終わると立ち上がり、横のルノに手を伸ばす。


「うちも聞きたいことはないし、今から行ってみよっか!」

「行く!」

「そうですか! では、私は仕事がありますので!」


 そう言いつつ玄関まで見送ると、マクマルは全力で手を振る。


 メルトは外に出る前にフードを深く被ると、ルノの手を握った。


「よし、じゃー、大魔法使いのお墓目指して戻ろう、ルノくん!」

「うん!」


 ルノはその手を握り返した。

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