のみとも!〜S級冒険者は飲み友と話したい!〜

@Shibaraku_shiba

【第一話】「かんぱーいから始まるS級の夜」

ギルド酒場の扉を開けた瞬間、むわっとした熱気が顔に当たった。

 焼き肉の香り、スープの匂い、冒険者たちの笑い声。昼間の緊張感が嘘みたいに、この場所は戦場帰りの勇者たちのための天国になっている。


「おー、ゼルガ来たぞ!」

「S級パーティだ! 今日も飲み会か!?」


 俺が一歩踏み入れると、すぐに周囲がざわついた。

 この街じゃ、俺──S級冒険者ゼルガと仲間の飲み会はちょっとした見世物だ。

 今日は嫌な予感のしない日だから、ちょっと派手にやるか。


「おっ、ゼルガ。おせーぞ!」


 奥のテーブルから槍使いのレイナが手を振る。

 金色の髪を適当に結い、ジョッキ片手に既に上機嫌だ。

 その隣では大剣士ドルクが無言で肉を切っているが、俺を見ると口の端を少しだけ上げた。


「よし、全員揃ったな。じゃ、やるか」


 俺はジョッキを掲げる。

 レイナも、ドルクも、他のテーブルの冒険者たちまで、思わず同じ動作をする。


「かんぱーい!!」


 響き渡る乾杯の声、がしゃんとぶつかるジョッキ、飛び散る泡。

 この瞬間、酒場全体が「夜の部」に切り替わる。

 ここからは笑いと怒号と武勇伝が飛び交う時間だ。



---


「でさ、今日のクエストの話なんだけどよ!」


 俺は豪快に一口飲んで、テーブルにジョッキを置く。


「森に住み着いた大蛇を退治しろって依頼だっただろ? 俺たち、頭三つくらいある化け物を想像してたんだよ。なのに出てきたのは──」


「はいはい、ここで私のターン!」


 レイナがひょいと立ち上がり、親指と人差し指で輪を作る。


「こんなサイズのミニスネーク! しかも鳴き声がピィ~って!」


 酒場が一斉に爆笑に包まれる。


「いやマジで、俺笑いすぎて槍落としたからな!」


「お前が武器落とすの初めて見たぞ!」


 隣のテーブルの冒険者まで笑い出した。

 だが、ドルクは黙って肉を噛み切り、低い声で言った。


「笑ってたけどな、あいつ毒持ってたんだぞ。俺が盾張ってなかったら全滅だった」


「はいはい、ドルク様今日も頼りになりました~!」


 レイナがジョッキを掲げると、なぜか酒場全体で乾杯が起きる。

 ここまでくると、もう飲み会がイベント化してるな。



---


「そういやゼルガ、帰りに変な奴に会ったんだろ?」


「ああ……黒髪で、やたら立ち姿が綺麗な奴だった。名前……なんだっけ」


「リクトでしょ!」

 レイナがぱんと手を叩く。

「剣だけ妙にいいやつ持ってた奴!」


「……ただ者じゃなかったな」

 ドルクがぼそっと言う。

「動きで分かる。あれは多分、俺たちと同格かそれ以上だ」


 場が一瞬だけ静かになる。

 S級と同格の実力者なんて、そうそう街にいない。

 もしそんな奴がこの街にいるなら──


「でもいい奴だったよな。荷物持ち手伝ってくれたし」


「しかも報酬いらないって言うから、代わりにビール奢ったんだよな」


「……お前ら、どこで飲んでんだよ」


 ドルクのツッコミで、また場が笑いに包まれた。


---


 俺たちがリクトの話題で盛り上がっていたその時、ギルド酒場の扉が勢いよく開いた。

 風が吹き込み、ざわついていた場が一瞬だけ静かになる。


「おーい、ゼルガ! ここにいるか!」


 見覚えのある声。

 振り向けば、話題にしていた張本人──黒髪の剣士、リクトが立っていた。


「うわ、本当に来た!」

 レイナが腹を抱えて笑う。


「よく来たな、リクト! ちょうどお前の話してたとこだ!」


「……ろくでもない話してただろ、お前ら」


 呆れた顔をしつつも、リクトはテーブルまで歩いてくる。

 やっぱり立ち姿が様になる。剣士特有の重心の低さ、無駄のない動き。

 ドルクもちらりと視線を送る。


「座れよ。ちょうど席空いてる」


「遠慮するか──いや、やっぱ飲むか」


 リクトは小さく笑って腰を下ろした。

 レイナがすかさずギルドの給仕に声をかける。


「おねーさん、ビール追加!あと肉も!」


「ちょっと待て、俺はまだ……」


「飲めば分かる!」


 レイナの押しの強さに、リクトも苦笑してジョッキを受け取る。


「じゃあ、改めて──」


「「かんぱーい!!」」


 ジョッキがぶつかる音が響き、酒場全体が再び沸き立った。



---


「でさ、リクトは何者なんだ?」

 俺が訊くと、彼は肩をすくめる。


「ただの剣士だよ。あちこちの街を渡り歩いてる」


「ただの、ねえ……」

 ドルクが意味深に呟く。


「こいつ目利きだからな。ドルクがそう言うってことは、相当な腕前なんだろ」


「勘弁してくれ。実力はある方だが、あんたらほどじゃないさ」


 リクトがさらっと言うと、レイナがテーブルを叩いて笑う。


「言うじゃん!今度腕試ししよ!」


「やれやれ……」



---


 そんな時、酒場の別のテーブルで喧嘩が始まった。

 酔っぱらったB級冒険者が、C級の新人に絡んでいる。


「おい、てめぇ今俺の靴踏んだだろ!」


「す、すみません!」


「謝って済むかってんだ!」


 テーブルがひっくり返り、酒が飛び散る。

 酒場の空気が一気に緊張感を帯びる──が。


「おーいおーい、せっかくの酒がまずくなるだろ」


 俺は立ち上がり、にやりと笑って声をかけた。

 周囲の冒険者が一斉にこちらを見る。


「どうせなら、ここで腕相撲で決着つけろ!勝った方が奢りな!」


「おおーっ!」

「面白え!」


 どっと沸く酒場。

 腕相撲台が即席で準備され、酔っぱらい二人が腕を組む。

 どちらが勝っても酒場の話題は今日一日持ちきりだろう。



---


「……お前、こういう場のまとめ方うまいな」

 リクトが呆れたように笑う。


「S級ってのは、戦うだけじゃねえんだよ。酒場の空気も守るのが仕事さ」


 そう言って、俺はジョッキを一気にあおった。



---


 腕相撲はC級新人の勝利で幕を閉じ、場は再び陽気な騒ぎに戻った。

 その夜は、リクトも加わっての大宴会。

 気づけば酒場全体がひとつの大きなテーブルみたいになり、笑い声が絶えなかった。


「……お前ら、いい仲間だな」


 帰り際、リクトがぽつりとつぶやく。


「決まりだな。今日からお前も飲み仲間だ」


「おいーっす!」

「おいーっす!」


 レイナと俺が声を揃え、ドルクも無言でジョッキを差し出す。

 リクトも笑いながらそれを合わせた。



---


 ──しかし、そんな楽しい夜の終わりに。

 ギルドの掲示板に新しい依頼が貼られた。

 それは、次の大騒動の始まりとなる依頼だった。

【第一話・完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のみとも!〜S級冒険者は飲み友と話したい!〜 @Shibaraku_shiba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画