最終話 明日への電話

 曾祖母の日記は、ユキの心の支えとなった。 毎夜、祐介と共にそのページをめくるのが日課になる。


 戦後間もない時代の苦労、酒店を営む日常、そして行方不明になった娘への想い――。時折涙しながらも、ユキはしっかりと過去と向き合っていた。


「おばあちゃん……強かったんですね」


 ある夜、ユキが呟いた。


「こんなに大変なのに、いつも前向きで」


「君に似ているな」


 祐介は自然と笑みを零した。


「君も、現代に適応しようと頑張ってる」


 その言葉に、ユキは照れくさそうに俯いた。


「私……まだまだです。でも、祐介さんや志津香さんが支えてくれるから……」


 そんなある日、祐介の母が提案した。


「ユキちゃん、そろそろ新しい服が欲しいんじゃない?一緒に買い物に行かない?」


 ユキの目が輝いた。


「で、でも……外に出るのは……」


 彼女は祐介を見た。まだ身分が不安定なことを気にしていた。


「大丈夫だよ」


 祐介は微笑んだ。


「母さんがついてるし、近所のショッピングセンターなら混まない時間帯を選べば」


 初めての現代的な買い物は、ユキにとって刺激的だった。明るい店内、多様な商品、そして電子決済――。


「す、すみません……これ、どうやって使うのですか?」


 ユキが困惑しながらスマホの決済アプリを見せた時、祐介の母は温かく教えてくれた。


「ユキちゃん、この服、似合うわよ!」


 母が勧めた淡いパステルカラーのブラウスを、ユキは嬉しそうに抱きしめた。


「ありがとうございます……!こんなに素敵な服、初めてです……」


 その夜、ユキは買ってきた服をじっと眺めていた。


「……私、本当にここにいていいんですね」

 彼女の声はかすかに震えていた。


「みんなが、こんなに優しくて……」


「当たり前だよ」


 祐介はそっと肩を叩いた。


「君はもう、家族だもの」


 その言葉に、ユキの目に涙が浮かんだ。しかし、それは悲しみではなく、喜びの涙だった。


 数日後、ついに行政からの連絡が届いた。志津香さんの協力もあり、ユキの身分が“雪村ゆき”として正式に認められたのだ。特別な事情を考慮した特例処置だった。


「よかった……!」


 ユキが小さくガッツポーズをした。


「これで、学校にも行けますね!」


「ああ」


 祐介も思わず笑みがこぼれた。


「一緒に通学だな」


 次の週、祐介はユキを連れて学校へ向かった。少し緊張した面持ちのユキの手を握りしめながら。


「大丈夫か?」


 祐介が小声で尋ねる。


「……はい」


 ユキは強くうなずいた。


「祐介さんがいてくれるから」


 教室に入ると、クラスメイトたちが好奇の目を向けてきた。健太がさっそく近づいてきて、にっこり笑った。


「おう、祐介!これがその“妹”さんか? よろしくな、ユキちゃん!」


 ユキは少し照れくさそうに、しかししっかりと挨拶を返した。その健気な姿に、クラスメイトたちも自然と笑顔になっていった。


 放課後、祐介とユキは駅前を通りかかった。あの公衆電話ボックスは、もうなくなっていた。工事の柵で囲まれ、跡形もなく撤去されようとしている。


「あっ……」


 ユキが足を止めた。


「なくなって……しまったんですね」


 祐介も立ち止まる。


「でも、もう必要ないだろ?」


 ユキはしばらく跡地を見つめ、そして静かに微笑んだ。


「ええ。だって……」


 彼女は祐介の手を握り直した。


「もう、公衆電話がなくたって、祐介さんとはずっと繋がっていられますから」


 夕日が二人の背中を温かく照らす。新しい生活の始まりだった。


 過去の悲劇を乗り越え、現代に生きることを選んだ少女と、彼女を支える少年の物語は、まだまだ続いていく。


 そして――どこかで、時代を超える電話がまた鳴る日が来るかもしれない。でも、それもまた、別の奇跡の始まりになるだろう。








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公衆電話の向こうの君へ キートン @a_pan

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