四年前の私へ

朝本箍

四年前の私へ

 折角海辺へ越して来たので、昔から一度はやってみたかった瓶詰の手紙へ挑戦することにした。知識の源泉が「瓶詰の地獄」であること、そして最近投瓶通信は過去へも未来へも届くという言葉を見かけたので、過去の自分へ宛てての手紙にしようと思う。見ず知らずの人を地獄へ連れて行ってしまったら良心の呵責に苛まれてしまうだろうから。

 百均で選んだ青緑で細口の花瓶へ、昨日飲んだワインのコルクが入ることを確認してから同じく百均の便箋へ向き合う。海水対策として油性ボールペンも抜かりない。書き出しは勿論、

『四年前の私へ』

 凝った題名だと受け取った私が鼻で笑いそうなので定番の言葉にした。本当なら五年前など区切りのいい数字にしたかったが、あの頃はまだ聞きたいことを知らない時期なので仕方がない。


『念願とも言えないけれど、以前から一度は暮らしてみたいと考えていた海辺へ引っ越してきた私です。あなたが元気でないことはよく知っているので、時候の挨拶は省略します。今は、主治医から手術について提案を受けた頃でしょうか。あ、もしもネタバレになったのなら申し訳ない。でも私ならネタバレ上等のはずですね?

 私は、手術を受けました。そもそもほとんど悩まなかったのであなたもそうじゃないかとは思っています。結果として今はとても快適に生きています。次は死ぬかもしれないと怯えていたことが嘘のようで、後悔もありません。

 それでもあなたへ手紙を書いたのは、むしろ何もなさすぎるからです。

 世の中なんて広い言葉で語られるものはどうだか知りませんが、私の周囲は驚くほど決断について何も言いません。言われても困ることですが、それでも批判されることも、同情されることもありません。ただ、そうなったという事実だけがあなたには残りました。失くしたのは臓器ひとつ、それだけだったのです。もっと言いようのない、凄いものを失くすつもりだったのに。

 罪悪感すら抱かない私にあなたもなるのでしょうか。今、少しでも悩んでいるのならその気持ちを私に教えて下さい。私なら、出来るだろうと信じて。

 あと、お金は大切に。私のためにも貯金して下さい、本当に』


 最後の一言は赤い油性ボールペンにしておいた。誰もいない海というのは寂しいので、休日の昼間に投瓶らしくぶん投げる。

 明日からは返事を探しに海へ来ようと思う。私のことだから、忘れた頃に返してくるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四年前の私へ 朝本箍 @asamototaga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ