スマホ画面の隅で光っていた僕が、君を救った話

ずみ

何よりも怖かったスマホの通知が、私を救った話


――僕は通知だ。


画面の隅で赤く点り続ける、小さな数字。

誰にも気づかれなければ、ただそこにあるだけ。


持ち主は、一人の女子高生。


授業中、タブレットにエアドロで「死ね」と送りつけられる。

机にはスマホ風のフォントで「既読虫」と書かれ、消しても翌日また現れる。

休み時間、制服を隠されて泣きながら探す姿が動画に撮られ、SNSで「#学校の闇」と笑い混じりで拡散される。

クラスの裏グループでは盗撮や悪口が回り、既読スルーが揃うたびに、彼女は唇を噛んだ。


通知が点るたび、彼女はビクリと肩をすくめた。

――僕は、彼女を傷つける合図でしかなかった。


「……もう見たくない」

そう呟く声が暗い布団の中から漏れるたび、僕は胸が軋んだ。


それでも。

それでも、せめて一度でいい。違う言葉を届けたい。





ある夜、僕は勇気を振り絞った。


『大丈夫』


赤い数字の代わりに浮かんだその一言を見て、彼女は驚いた。

そして、涙に濡れた頬を拭い、小さく笑った。


「……こんな通知なら、毎日欲しい」


その声に、僕は生まれて初めて意味を持てた気がした。





次の日も、僕は光り続けた。


『泣かなくていい』

『ここにいる』


無視されることもあった。

けれど、ときどき彼女は僕を見て呼吸を整えた。

教室の隅で、震える指を止めるように。





だがある夜、彼女は泣きながら橋の上に立っていた。

裏グループの悪口、拡散された動画、匿名の罵倒。

全部が積み重なり、もう限界だったのだろう。


冷たい風。誰も止めない夜。


僕は必死に光った。


『やめて』

『まだ終わりじゃない』

『君は悪くない』

『生きて』

『死ぬな』

『渡すな』

『負けるな』

『落ちるな』


立て続けに表示された文字に、彼女の手が震えた。

欄干を握る指が力を失い、膝から崩れ落ちる。

スマホを胸に抱きしめ、子どものように泣きながら呟いた。



「……ありがとう」





けれど僕の力は長くは続かなかった。

メモリ不足、エラー表示。

赤い数字は消えかけ、言葉も途切れていく。


最後に残せたのは――


『大丈夫』


彼女は涙を拭い、かすかに笑った。

「うん、大丈夫。……私、生きる」



年月が過ぎ、大人になった彼女はSNSにこう記した。


『昔、神さまみたいな通知があった。

 その一言がなければ、私はここにいない。』


コメント欄には「泣いた」「そんな奇跡あるの?」と声が並ぶ。

けれど僕はもうどこにもいない。


――僕は通知。

――ただ赤く点り続け、文字を表示しただけ。

でも人間は、それを“神様の声”と呼ぶらしい。





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スマホ画面の隅で光っていた僕が、君を救った話 ずみ @zumyX

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