大雨に、ぽつり
獅子倉八鹿
大雨に、ぽつり
それは、いわゆる通り雨というものだった。
遥か彼方から降り注ぐ弾丸のような雨が、容赦なく私の身体に叩きつけられる。
私は公園から逃げることもできず、そのまま身体全体で受けることしか出来なかった。
それでも、良いかなと思う。
学生服を着た男女が、目の前の道路を走り去っていく。
自分達の鞄を頭の上まで持ち上げ、小さな悲鳴を上げながら走り去る二人の顔には、笑顔が灯っていた。
「雨、ひっどいね」
私の身体に開いた穴から、一瞬だけ顔を覗かせる少女。
顔を引っ込めると、足を投げ出して座る。
スカートの中から可愛い絵柄のハンカチを取り出し、顔を拭いて戻す。
横に投げ出された、明度の高い紫色のランドセルは、もう見慣れてしまった。
「時計も見えないや。何時かなあ」
遠くに立っている時計は、四時二十六分を指している。
雨の勢いのせいで、普段なら見える針が見えないのだろう。
「――帰りたくない」
ぽつりと呟いた言葉が、私の中に響いた。
「ママはお仕事でいないし、カレンも部活動ってやつだし」
少女の右足が円を書くように動き、地面に跡を残す。
しばらく動かしていたが、電源を切ったようにピタリと止まった。
「パパに、会いたいな」
その声は、かすかに掠れていた。
投げ出されていた両足を曲げ、両腕で抱える。
太ももに顔を埋めると、涙声を零した。
「寂しいよ」
雨の勢いが弱まる。
雨が止むのを待ちきれない人達が、目の前の道路を足早に横切っていく。
その中で一人だけ、道路からこの公園に入ってきた。
辺りを見渡し、ほんのり濡れたスカートを揺らしながらまっすぐ私の方へ歩いてくる。
片手で水玉模様の傘を差しながら、もう片手には黄色い傘を持っている。
私の背後に向かい、私の中を覗き込む。
「みっけ」
少女は顔を上げると、入り口を向く。
「傘持ってきたから、一緒に帰ろ」
「う、うん」
困惑しながらも、少女はランドセルを持ち、言われた通り私の外に出る。
黄色い傘を差してもらいながら、傷だらけのランドセルを背負った。
「部活は? なんでいるの?」
「あんな大雨で、グラウンド走れないよ」
二人は横並びで、公園の入口まで歩いていく。
「え、でも、傘は」
「自慢の足で家まで走って帰りました」
「選考に落ちた自慢の足で?」
そう言った少女は、肩を叩かれ曇りのない笑顔を見せる。
黒い雲が流れていく。
動けない私は、横並びの二本の傘を見送った。
大雨に、ぽつり 獅子倉八鹿 @yashika-shishikura
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