【短編】恋ってむずかしい【約2000字です】

音雪香林

第1話 恋ってむずかしい。

 うちの高校の学食は安いし美味い。

 ゆえに弁当持参の生徒もいるけれど、多くは学食を利用している。


 俺もその一人だ。

 昼休みになり、日替わりランチを楽しみにしながら足を運ぶ。


 すると券売機の前で悩んでいる少々ぽっちゃりな女子生徒がいた。


「むむむっ、デザートにプリンがついている日替わりランチにするか、アジフライ定食にするか……」


 苦悩がうかがい知れる声が聞こえてくる。

 しまいには「うぬぅ」と唸っていた。

 ちょっと面白い。


 そんな彼女の横にいる女子生徒……ぽっちゃりちゃんの親友の玲子れいこちゃんだ……が「プリン一個で太ったりしないって。気になるなら放課後筋トレすればいいよ。あたしも付き合うからさ」と爽やかな笑みで告げる。


 くだらない悩みと一蹴することも、早くしないと迷惑でしょと𠮟りつけることもしないでぽっちゃりちゃんに寄り添う様子がこのましい。


 そう、なにを隠そうぽっちゃりちゃんの親友の玲子ちゃんは俺が片思いしている相手でもあるんだ。


 今目撃した場面だけでなく、体型を馬鹿にされて落ち込んでいるぽっちゃりちゃんを慰めたり、舐められて雑用を押し付けられそうになっていたぽっちゃりちゃんのために戦ったり、友情に厚い玲子ちゃんの魂に惹かれた……というとカッコつけすぎかな。


 だからか「好きだなぁ」と無意識のうちに小さな声が出てしまった。

 ヤバッ、誰かに聞かれたかな。


 周囲を見渡すが特に注目されたりはしていない。

 よかった……と安堵したところにポンッと後ろから肩をたたかれる。


「ひょえっ!」

「お前さー、口から恥ずかしい台詞がまろびでるくらい好きならとっとと告白すれば?」


 あきれた声をかけてきたのは俺の親友の恭介きょうすけだった。


「でも……」

「でも、なにかな?」


 俺は「うっ」と言葉に詰まる。

 恭介は、そんな俺の手をおもむろに掴みぽっちゃりちゃんと玲子さんの方へ歩みだした。


 彼女たちが俺たちの接近に気付いて顔をこちらに向ける。

 恭介が「こいつが玲子ちゃんに言うことあるんだって!」と、とんでも発言をした。


 玲子ちゃんが怪訝そうに俺を見上げる。

 相変わらず、可愛いというよりは凛々しい顔立ちだ。


 そんなとこも好きだ。


 ぽっちゃりちゃんに向ける優しく甘い眼差しとは違う温度の低い瞳を覗き込み、俺は腹を括った。


 がばっと腰から九十度にお辞儀する。


「玲子さん、俺はあなたのことが好きです。つきあってください!」


 無意味に大きな声を出してしまった。

 心臓がバックンバックンととんでもない音を立てる。


 色よい返事がもらえますように!

 外野のはやし立てる声も無視して祈っていると、ぎりっと歯ぎしりが聞こえ。


「大っ嫌い!」


 常の冷静さを吹き飛ばすような、怒りに満ち溢れた叫びがあたりに響いた。

 直後に大股で俺の横を通り過ぎていく細い脚。

 あまりの迫力に周囲の人間がシーンと一斉に黙った。


 直角のお辞儀をしたまま固まった俺の背中に肘をつき「ふられましたなぁ」と軽い口調で事実を述べるのは恭介だ。


 お前な、慰めろよ。

 好かれている自信はなかったけれども嫌われているとも思ってなかったから心の傷は結構深いんだぞ。


 そこに「ごめんなさい……」と弱弱しい声がかけられた。

 ぽっちゃりちゃんだ。


「なんで君があやまるの?」


 恭介が肘をどかしたので上半身を起こしながら問うと。


「玲子ちゃんは……私の恋をずっと応援してくれていたから……」


 意味不明な台詞に疑問でいっぱいの俺だったが、恭介が。


「なーる。あんたがこいつのこと好きだから、友情にひびが入ったらどうしてくれるって怒り心頭だったわけか」


 とカラカラ笑う。

 察しの良い男だなと思った次の瞬間、ぽっちゃりちゃんの言葉が脳に浸透してくる。


「え、好き? 俺のことが?」


 ぽっちゃりちゃんが「はい」と頷く。

 待ってくれ、情報処理が追い付かない。


 俺はずっと玲子ちゃんを観察してきた。

 だから、玲子ちゃんがどんだけぽっちゃりちゃんを大事にしているか知っている。


 先ほどの俺の告白で、ぽっちゃりちゃんは心に大きな傷を負っただろう。

 俺でも想像できるのだから、玲子ちゃんはもっとだ。


「なるほど、それで『大っ嫌い』か……」


 ハハッ、俺の恋終わった……。


「私のせいですみません!」

「君のせいじゃないよ」


 ていうか、俺だけでなくぽっちゃりちゃんも失恋した感じになってるよな。

 つか、この子は俺のことが好きなのか。なんか緊張してきたな。


 すると恭介が「さっさとしないと昼休み終わっちゃうぞ。これも縁だし三人でランチしようぜ」と勝手に券売機で日替わりランチ三枚買って俺とぽっちゃりちゃんの手に一枚ずつ握らせる。


「食えばなんかいい案出るっしょ」


 軽い口調でニッと笑む恭介だけど、それは適当だとかじゃなくて俺とかぽっちゃりちゃんの心を慮って負担を減らそうとしてくれているんだ。


 良い友達持ったなぁ。


 そうして三人でランチして、ぽっちゃりちゃんも玲子ちゃんが大切にしているだけある良い子だと改めて感じた。


 玲子ちゃんからぽっちゃりちゃんに乗り換えるとかそんなことはないけれど、新たな関係を築いていけたらいいなと思うのだった。




 おわり

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【短編】恋ってむずかしい【約2000字です】 音雪香林 @yukinokaori

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