死神の温度
霧朽
さむいのさむいの、とんでいけ
しんしんと雪が降り積もる縁側に、一人の老爺が力なく座わり込んでいた。もう自力で姿勢を保つことも叶わないのか、体は柱に預けられている。
「そんな薄着で寒くないのですか」と彼の隣に腰掛ける。
「おや、君は……」
閉じらていた目が薄く開き、優しげな眼差しが私を見つめた。
すぅと一度深い呼吸をしてから、何度も鏡の前で繰り返した笑みを浮かべて私は言う。
「こんにちは、死神さんです」
「……嘘では、ないんだろうね」
「残念ながら」
「あと、どれくらいなんだい?」
「お茶が一杯淹れられないくらいの時間です」
それではお菓子も出せないねえと老爺は目を細めた。
「良ければ、あとで茶の間のお菓子を食べていっておくれ。私はもう食べられないだろうから」
「ありがとうございます」
「寒さだけれどね。もう、慣れてしまったんだ。ミーコが亡くなったときから私はずっと……」
にゃーお、と私にしか聞こえない声が鼓膜を揺らし、言葉を遮る。鼻の横に愛らしいホクロのある三毛猫が彼の膝に顔を擦り付けていた。一つの確信とともに、私は微笑みを漏らした。
「ミーコさんは三毛猫でしたか」
「そうだけれど……」
「鼻の横にホクロのある?」
彼の瞳が驚きに見開かれる。そうしてすぐ、何かに気付いたように大粒の涙を零した。
死んでしまったあとにはいくつかの道がある。例えばそれは輪廻転生だったり、地獄へ堕ちることだったり――人に見えず、触れられない姿で現世に留まることだったりする。
「もしかして、いるのかい。ミーコ。お前、そこにいるのかい」
見えていないはずなのに、彼の手はとても正確にミーコさんの顔を撫でた。きっと、そこが彼女の定位置だったのだろう。
「ちょっとだけ、私も失礼しますね」
そう言って、私は彼を抱きしめる。
「私はあなたを死から救うことはできません。だからせめて、あなたが寒くないように」
「……ありがとう。優しい死神さん」
彼は枯れ木のような腕で私を抱きしめ返して言った。
「本当はもっと……お礼を、言いたいのだけれど。なんだか、眠いんだ……」
段々と彼のまぶたが閉じ切られていく。もう、時間だった。
「ええ、大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください」
「それは、よかっ、た。ああ……なんて……あたた、かい……」
やがて彼の体から魂が抜け落ちた。白色に輝く彼の魂は、ミーコさんの魂と寄り添うようにして空高くへと昇っていく。いつの間にか雪は晴れて、空は透き通った青色をたたえていた。
私はそれを見届けると、彼との約束に従って茶の間へ向かった。木製のお椀にはいくつかの煎餅が入っていた。
いただきますと呟いて、一枚手に取る。
久しぶりに口にした煎餅は随分としょっぱくて、少しシケっている気がした。
死神の温度 霧朽 @mukuti_
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