最終話 『蕾 ~つぼみ~』

12月16日 16時00分

 川沿いのベンチに座りスカイツリーを眺めながら缶コーヒーを飲む。東京にもこんな場所があるのか。定期的に来てしまいそうな気持ちの良い所だったが、今はだけは気が休まらない。隣では同じく缶コーヒーを飲んでいる詐欺師の男。俺はこの男と会う時だけあの時のアロハシャツのキャラクターに成り切る事にした。

「何?いったい……」

 財前の依頼以外で初めて役を演じる事に何故か緊張していた。

「あの日から、貴方が言った通りもうきっぱりと辞めて、真面目に働いていこうと思ったんだ」

「おお、それはー、よかったじゃん?うん、良い事だよ、うん」

「実は最初はあんな仕事だとは思っていなかったんだ。知り合いに紹介されて、初めの頃は普通の営業だったんだが徐々に頼まれる内容も変わってきて」

「ふーん、でも金に目がくらんだんだろ?続けたって事は」

 ゆっくり頷く男を見て俺も段々と調子を上げていく。

「かー甘い。甘いなーー。言い訳したってなぁ、被害者は報われないぜ?」

「どの口が言ってんだ。同じ様な事しといて」

「え?」

「むしろそっちの方が酷いんじゃないか?老人を騙して」

「そ、そうか、俺もか。は、ははは……。でー、な、何?お願いって」

「上の奴が辞めさせてくれないんだ」

「うえ?」

「ああ。数人のグループでやってたんだ。まだ俺は新人だから信頼してないんだろう、誰に何言うかわからないって聞いてくれないんだ」

「うん。……で?」

「どうにか出来ないだろうか?」

 よく聞く言葉だった…。

「どうにか?どうにかって、また大雑把に…」

「上手く辞めれるようお願いしたいんだ」

「知らないよ~なんで俺なのよ~」

「貴方しかいないんだ。俺の今の状況も、その道の事も知っているし。それに怖いもの知らずな感じがある、何でも出来そうじゃないか」

 かなりのベテラン詐欺師に見えていたんだな…。少し嬉しかった。

「そ、そう?それはーまぁそうだけどー。勝手に辞めればいいじゃない」

「そんな事したら俺の家族も危ない」

「え?あんた所帯持ってるの?」

「ああ。脅しはあいつらにとっては普通の事だ。もちろん警察に言っても終わりだ」

 こんな奴にも家族が居るのか。なんだかショックだった。

「はぁ、何してんだよもぅ…。家族は?」

「妻と小学生の息子が一人。もちろんこの事は知らない」

「……」

 男は突然、土下座をしてきた。

「頼む!助けてくれ!自分勝手なのは分かってる!無茶苦茶な事言ってるのも分かってる!けど、これしか今は思いつかないんだ。ちゃんと、お金も払う。200万用意した!」

「え?」

 皿の社長が目の前に現れた。俺にしか見えていないこの人物は険悪な表情から喜色満面へと変わり、消えていった…。。

「この通り!」

「……わ、わかったよ」

「本当か!」

「……あんたの為じゃないからな、あんたの家族の為だ」

「すまない、ありがとう」

「礼は後にしてくれ、まだどうなるかわからないし、けど失敗は出来ないな」

「言われたことは何でもする!」

「はぁ…」

 これは財前とは関係のない依頼だ。ミスを犯したら自分の生活にも影響を及ぼす、尚更失敗は許されない。

「んー、そうだなぁ、要は信頼を得れば辞められるんだな?」

「ああ。なんか、案があるのか?」

「んーまだ。でもー、お芝居出来る?」

「……え?芝居、かぁ」

 男は頭を抱えていたが何でもすると言った以上引き受けない訳にはいかないと了承した。

「深田だ、宜しく」

 男は手を出してきた。

「お、おう」

 握手を交わしてから気が付いた。名前が無い。俺には今、名前が無い。

 無言の握手が続いた。

 名前なんて何でもいいのに何故出てこないんだ!

「自己紹介は俺だけかよ?」

「さ、佐藤だ。砂糖じゃなくて、佐藤」

「……分かってるよ」

「あ、あぁ、そうだよな」

 財前がつまらない事を言ってくる所為で変な癖がついてしまった…。

 俺は沢田からその事務所の詳細を聞き、数日掛けまた台本を作った。

その後、川辺で沢田と何度か会い、念入りに稽古も重ねた。

 そして本番日がやって来た。


       2

12月24日 13時30分

 好天。しかし俺は黒い大きめのレインポンチョを着て沢田の直ぐ後ろを歩き、沢田の職場へと向かった。稽古の時に分かったが沢田はお世辞でも演技が上手いとは言えない。ある程度は慣れてきたが、この作戦が上手くいくかどうかは沢田次第と言ってもいい。

「おい、なんか硬いよ、もっと普通に歩かないと怪しまれるぞ」

 沢田に後ろから忠告する。

「え?そ、そうか?難しいな普通に歩くって」

 暫くしてとある雑居ビルに辿り着いた。

「ここか?」

「ああ、あの茶色いカーテンがある所、4階だ」

「よし、先ずは頼むぞ」

「ああ」

 中へ入って行く沢田。

 俺は窓から良く見える場所へ移動しそのまま待った。

 沢田に取り付けた盗聴器を聴く。

〝沢田―、どうだ調子は?〟

〝……はい〟

〝まだしょげてんのかよ?〟

 ここを纏めている奴の名は田畑という60過ぎのオヤジらしい、恐らくこの声だ。

〝心配するな、ちゃんとお前という人間がわかったら辞めさせてやるから、な?だから今まで通りやってくれよ〟

〝はい〟

〝変な事考えるなよ?どちらにしたってお前の家族は悲しむぞ?〟

〝わかってます〟

〝あ、田畑さんそういえば、ビルの前で変な奴が居ましたけど、知り合いですか?〟

 よし、開演だ。俺は深呼吸し、4階の窓を睨んだ。

〝あ?お前つけられたのか?〟

〝いや、そういう類じゃないと思います、ちょっと見て下さい〟

 4階のカーテンが少し開き、見下ろす田畑と目が合った。俺は被っていたフードを取った。まるでピエロに見える程ファンデーションを塗りたくった顔、そして頭にはピンク色の長い髪のウィッグ靡かる。このぶっ飛んだ容姿で俺は田畑を睨んだ。

 カーテンが閉じる。

〝なんだよ、あいつ、気味悪ぃな……。お前なんか話したのか?〟

〝いえ、ただー、ぼそぼそ独り言を言ってました。……殺してやる、っとかなんか〟

〝あぁ?なんだよそれ〟

 カーテンがまた少し動いた。

 微かに田畑と思われる顔が見える。

〝おいおいおい、思いっきりこっち見てんじゃねぇかよ!〟

〝気味悪いですよね、追い返します?〟

〝いいよ、ほっとけよ〟

 いい感じにビビッている。

 本当は追い返しに下へ来た沢田と揉み合いになり、鍵を奪った俺が4階に侵入するつまりだったが…。舞台は生物、何が起きるかわからないのは承知の上だ。パターンは色々と頭に入っている。

 今度は沢田がカーテンから顔を出す。

〝田畑さん!こっちにやって来ますよ?〟

 その言葉をきっかけに歩き出す。

〝はぁ?誰だよアイツ!おい松田!鍵閉まってるか?〟

〝大丈夫ですかね?田畑さんと松田さん、そして小杉君と僕との4人で!〟

人数だけ教えてくれればいいのに、いちいち全員の名前まで言うのが沢田の危ない所だ。

怪しまれるのも時間の問題、俺は先を急いだ。

〝ドンドンドンッ〟と扉を強く叩く。

 中からは応答がない。

「おい、開けるなよ」と会話は筒抜けだ。

 俺は名指しで攻めてやった。

〝ドンドンドンドンッ〟

「たーばったさん~たーばったさん~。居っるっよっねったーばったさん~」

 その時チェーンのかかった扉が開いた、

 20代前半くらいの男が見える。

「おいうるせぇーぞ?なんだよ?」

「田畑翔吾さん、いらっしゃいます?」

「誰だよそれ、いねーよ!」

 さっき言っていた松田だろうか。扉を閉められたが俺は再び扉を叩き続けて開けさせた。

「おい!止めろ!」

「居ますよね?」

「居ねーよ!」

「居るって」

「居ねぇーつってんだろ!」  

「匂いがするんです、田畑翔吾さんの、クンクンクン、あほら」

「気持ちわりー事言ってんじゃねーよ、帰れ!」

 俺は背中に隠してあった業務用の大型のペンチを取り出し、扉に挟んだ。

「へ?」

 キョトンとする松田?の顔の前でチェーンを切断してやった。

〝バチンッ〟

「うわあぁぁ田畑さんこいつヤバイっすよ!」

 扉を蹴とばし中へと入る。

「やっぱり居たじゃない~」

 田畑は思っていたより小柄な野郎だった。

 そしてレインポンチョを脱いだ俺は背中から刀を出した。偽物に決まっているが、ここまで演出すると人はパニックになって冷静な判断が出来なくなる。

「おお、おいおいおい、だ、誰だよお前!」

 そして、ここからがまた沢田のターンだ、

頼むぞ…。

「た、田畑さん!こいつもしかして!あれじゃないですか!一年前、田畑さんがリフォーム詐欺で騙したオカマバー『すね毛くのいち』の従業員じゃないですか!?あぁそうだ、そうに違いない!この厚化粧そうですよ!」

 何だその言い方は!台詞を勝手に色々変えやがって!俺は声が出そうになったがなんとか口噤んだ。

「え?あれか?ど、どうやって此処がわかった!?なんで俺の名前を知ってる!?」

 意外と臆病な奴だなぁと、何故か腹が立ってきた。

「そんなの探偵に頼めばすぐに分かるわよ!」

 刀を抜いて更に威嚇する。松田と小杉には早くここから出て行ってほしい。

「お命頂戴!!」と、2人に向け刀を振り回し、上手く扉の方へ誘導する。

「ひぃぃ」

「やべぇやべぇやべぇ!」

 逃げていく松田と小杉。そして部屋の隅には沢田と田畑。

「私のリフォーム代、返しなさいよ!!」

 ここからがクライマックスになるが、台本通りに行く自信はない。

 田畑にゆっくりと近づいていく。

「こ、工事には入っただろう、な?」

「何が工事よ?あんな杜撰なリフォーム、ヒアルロン酸一本打った方よっぽどマシなリフォームよ!」

 刀をワザと外す様に振り回す。

「うわあ!」

「田畑さん、ここは俺に任せて下さい」

 沢田が田畑の前へ出る。

「おい!貴様!いい加減にしろ!」

 俺に指を差し、やり過ぎる沢田を本当に切りたい。

「何が目的なんだ!」

「……。私達から取った1千万、いやそれだけじゃ足りないわね、500程プラスして返してもらおうかしら?出来ないならその男を切るわ」

「田畑さん、俺の後ろに居て下さい」

 田畑を命がけで防衛する沢田。それで田畑から信頼を得る作戦だ。

「わ、わかった!金払えばいいんだな!?」

「……え?」

 目的はお金ではない。今ここであっさりと終わってしまったら失敗に終わる。

「い、いいから田畑さん!俺の後ろに居て下さい!」

 もう先へ行くしかなかった。

「殺してやるー!」と俺も焦り、田畑を切りに掛かる。

「田畑さん危ない!」

 とことん田畑に恐怖心を与えなければならない。俺は刀を振り回した。

「死ね死ね死ね死ね死ねー!」

 沢田と揉み合っている間、芝居の調整に入った。

「(小声)おいっ芝居がオーバー過ぎるぞっ」

「(小声)大丈夫だ!奴は完全に信じてるっ」

「(小声)いいからもっとリアルにやれっ」

「(小声)やってるって!」

「(小声)どこがだよ!ヒーローショーじゃねぇか!」

 俺は〝台本通り〟沢田を突き飛ばし、再び狙いを田畑に向ける。

「おい!話を聞いてくれ、払えば良いんだろ?な?」とお金を払いたがる田畑を無視して俺と沢田は劇を続ける。

 後ろから体当たりをしてくる沢田が俺から刀を奪う。

「油断したな!はっはっはっ!」

「そんなはっはっはっ!って、今時笑う人居るのね?ドラマの見過ぎじゃないの!?」と俺も台詞を変更し今度は拳銃を取り出す。

「銃だと!?」

「殺す事なんて最初から簡単よ。ただジワジワとやりたかっただけ。もういいわ」

 拳銃を田畑に向ける。田畑は恐怖と共に怒気も高まっていた。

「聞こえないのか!?金なら用意するって!なぁ!?」

 もう長くは出来ない。

 頭の中で最後のページを開いた。

「ただ貰うだけでも収まらなくなっちゃった。あそうだ、あんたが田畑省吾を切りなさいよ」

「何?」

「その持っている刀で、そしたらあんたは逃がしてあげるわ」

「……」

 ゆっくりと田畑を見る沢田。

「さ、沢田?沢田よ、沢田ちゃん?」

「本当だろうな?」

「ええ。さ、早くしないさい」

 刀を構える沢田。

「沢田、待ってくれ!なぁ!」

 刀を振りかぶる沢田。

「あ、ああぁ」

 田畑が怯えてるのを確認し、ゆっくりとこっち側に態勢を変える沢田。

「さ、沢田…」

「へー反抗するの?あそう」

 俺は〝パンッ〟と沢田を打った。

「うわああ」

 血糊袋を破った沢田が熱を込め、倒れる。

「あんたさ、なんでそこまでするの?本当に」

「お、俺は、ぐ、お、俺に今必要なのはこの人から信頼される事なんだ……」

「さ、沢田、お前」

 後ろにある金庫から札束を持ってくる田畑。

「さ、さあ持ってけ、これでいいだろう?な!?もう勘弁してくれ」

 俺はポケットからビニール袋を取り出し、札束を入れていった。沢田の握っていた刀、大型ペンチも回収する。

「今回の事はこれで終わりにしてあげる。警察にも言わないから。私の事も忘れて」

「わ、わかった」

「〝撃たれた〟あんた、早く病院行きな」

 そう言って俺は部屋を後にした。

 階段を降りながらウィッグを取り化粧も落としていく。

 イヤホンからエンディングが聞こえてくる。

〝お、おい、大丈夫か?〟

〝田畑さん、俺の事、信じてもらえます?〟

〝あ、ああ〟

〝ゴホッ!も、もう、普通の生活に、戻っていいっすか?ゴホッ!〟

〝わ、わかったから、早く病院に…〟

〝大丈夫ですよ、このくらい家で手当て出来ますよ〟

〝撃たれたんだぞ?〟

〝ゴホッ!かすり傷ですよ、へへ〟

「あいつ気持ち良くなりやがって!」

 俺はそう叫んで雑居ビルを出た。   

 俺はその足で事前に聞いていた『すね毛くのいち』へ向かった。

 駅のコインロッカーに入れていた鞄に1千万を入れ、置手紙と共にバーの前へ置く。

 店の人が無事受け取ったのを陰から確認し、今回の案件を終了させた。


       3

12月25日 17時00分

 いつもの川沿いで沢田と落ち合った。

「しかしナイス演技、ナイス連携だったな」

 誇らしげにそんな事を言う沢田を見て恐ろしく思う。あんな茶番劇のどこがナイスなんだ。言いたい事は腐るほどあったが無事に終わったので何も言わなかった…。

「ああ、そうだな」

「それにー、なんだか楽しかったよ。子供の頃を思い出した」

「……ふ、確かにそうだね。じゃあ残りの5百万は責任もって今まで騙してきた人達に返してあげてくれよ」

「ああ約束する、でもちょっと多いくらいだよ」

「なら誰かの為に使ってあげてくれ」

「本当に、ありがとう」

 内ポケットに手を入れる沢田。何を出すのかは分かった。

「あー、それもいいや、いらない」

「え?」

「なんかー受け取れないや」

「なんで?」

「別に仕事って訳でもないし、助けただけだから。やっぱいいよ」

「いいから受け取ってくれ」

「いらないって言ってるだろう。本当に困っている人に使ってくれよ」

「そうか……わかったよ」

「じゃー、仕事探し頑張って。えーとー、沢田なんちゃらさん」

「ふふ、さとしだよ、沢田聡」

「そうか、じゃあ元気でな。もう会う事は無いだろうけど」

「ああ」

「サトシ?」

「ん?」

「あいや、何でもない」

 サワダサトシ…。サワダ?サトシの名字は…何だったけな…。そうだ、サワダだ……。

そんなまさかな、同姓同名もあり得る。

「なぁ、今いくつだ?」

 なんとなく聞いてみた。

「はい?」

「年齢だよ」

「なんだよ急に」

「いいからっ」

「今年で30だよ」

「……」

 太ってないし、違うだろう、顔だって…。そういえば何処となく似ているな…この顔を太らせたらー……。

「おい何だよ」

「いや、聞きたかっただけ。さ、今日はクリスマス!家族も待ってるだろ?じゃさいなら~」

 俺は沢田の顔を見れなくなり直ぐに背を向け歩き始めた。

 そんな偶然あるだろうか。しかし思えば思う程あのサトシと一致してくる。


〝なんだか楽しかったよ。子供の頃を思い出した〟


「……」

 振り返ると沢田も反対方向へ歩き出していた。俺は堪らず叫んだ。

「サトシ――!!」

 立ち止まり振り向く沢田。

「役者はやめとけよーー!」

 笑う沢田、手を振り去っていく。

 俺も笑顔で手を振った。


       4

12月25日 19時45分

〝キュッキュッキュッ〟

「おい」

「あ、社長、すいません今日は夜になってしまって」

「お前、払う気ないよね?」

「あります!」

「嘘つけっ」

「へへへ」

「いいよもう」

「……へ?」

「負けたよ。忘れてやるから、皿の件は」

「ほ、ほ、本当ですか…?」

「ああ、そしてこれからは時給をやるよ」

 立ち去っていく社長。

「ありがとうございます!!」

 俺は10秒ほど頭を下げ続けた。

「よかった、よかった、…本当によかった」

 頭を上げたら社長が戻って来ていた。

「うわっ、え、はい?」

「お前、今日独りか?」

「はい」

「クリスマスなのに?」

「はい、いつもです」

「そう。…飯食ったか?」

「い、いえ」

「何食べたい?」


       5 

 吉矢さんと朱美さんが他の客を接客しながら好奇の目で俺達を見ているのが分かる。無理もない。客としてこの店に来るのも珍しいが、人を連れて来て食事している。それも肌が黒く焼けた40代、ギラギラ時計をした男だ。ここに来る前に朱美さんに電話で〝他人の体で接してほしい〟とお願いした。理由は後で何とかするがその所為で尚更2人を気にさせてしまっている。

 社長が特製ラーメンを啜りながら喋る。

「美味いなーここ」

「やっぱ美味いですよね!?チャーハンも美味しいですよ!」

 勿論クリスマスは恋人と一緒に、というのが理想だが、常に一人で過ごして来た俺には誰かとご飯を食べているだけでも寂しさは紛らわされた。

「うん確かにな。出前とかやってんのかな」

「え!やります!俺がやります!やりますんでバイク買って下さい!」

「は?ハハハ面白いな米山~」

 ん?なんだか今日は機嫌が良い。これもクリスマスというマジックなのか?俺はさらに攻めてみた。

「いやマジですよ?トイレ掃除昼時にずらしますんで」

「だったら皆の分もやってよ、うちの会社の車使っていいから」

「……え?」

「なんだよ、え?って。お前が言ったんだろ?」

 社長が発したその言葉が頭の中で何回もリピートされる。自分の体に着けられていた鎖のようなモノが壊れていく音が聞こえた。

「何止まってんだよ、麺伸びるぞ?」

「あ、ありがとうございます、社長…」

「ん?何が?…大丈夫かお前」

 この人は俺のサンタクロースだった。


       6

4月1日 8時40分

 季節が変わった。

 あれからあっという間に冬は過ぎ去っていった。

「もう遥かよ、早いなぁ」

 駅に向かうとパリッと真新しい制服を着た学生達がモタつきながら人の間を進んでいくのが目に入る。今日はオーディション日だが、その前にある所へ寄る事にした。

 電車を降りて、俺はかわばた亭の前に着いた。

 暖簾は掛けられていない。

 隣家との狭間のゴミ袋に、かわばた亭の暖簾が見えた。

「はぁ…」 

 電気の点いていない中に人影が見えた。

 出て来たのは吉矢さんだった。

「あれ?浩二?」

「おはようございます」

「どうした?」

「新しいやつ、見たくて」

「ああそうか、ちょっと待ってろ」

 吉矢さんが中からパリッと真新しい、綺麗な暖簾を持ってくる。

「おおお~~」

「良いだろ?よし、掛けるか」

 あれからジワジワと朱美さんの手書きクーポンや俺が作ったチラシ効果が広がり、そして社長の恩顧もあり、かわばた亭は継続する事になった。吉矢さんにも笑顔が増え、声量も出てきた。

 俺と吉矢さんは新しい暖簾を掛け〝パンッパンッ〟と手を合わせた。


       7

4月10日 14時30分

 この日、喫茶店で俺はいつも通り依頼を行っていた。

「重田さんー、だから何回も言っているでしょうー」

「なんでだよ、お前は関係ないだろう」

 この重田という巨漢で同い年くらいのオタク系男子は若い女の子にしつこく迫っているヤバイ奴らしい。

「いや、そもそもね、ずっと嫌がってるんだって」

「これは麻衣子ちゃんと俺の事だから」

「俺の可愛い妹が泣いていたんだぞ?ほっとけないよ~それは。第一、君いくつよ?俺と同じくらいでしょ?そんな男が俺の可愛い妹の…」

「可愛い可愛いうるさーい!!!」

 人目もはばからず急に声を張り上げる重田。

 久々に心臓が縮んだ。

 一瞬にして喫茶店内の客が全員、自分達に視線を向ける。

「(小声)おい、大きな声出すなよ」

「なんだよお前!シスコンか!?仲良くしてんのか!?」

「(小声)ちょっと、静かにしろって!」

「聞いたこと無いぞ兄貴が居るなんて!あ!お前さては新しい男か!?」

「うるせえって!新しいも何もお前付き合ってないだろう!」

 近くの席の人達が離れていくのがわかった。

「じゃあ何か!お前が実の妹と付き合ってんのか!?」

「お客様、他のお客様のご迷惑に…」と店員が注意しにやって来たが構わず重田は立ち上がり、激高した。

「皆さーん!聞いてくださーい!この人実の妹とやってますよー!」

 俺も思わず立ち上がる。

「……てめぇ」

「大変ですよみなさん!ここにとんでもない変態がいますよ~!」

 俺は我慢出来ずに重田の胸倉を掴んだ。

「あ、暴力?」

 その言葉を聞いて我に返った。周りを見ると多く客が携帯で動画を撮っている。

「……」

 怯えている人が何人も居て、電話をかけている店員も見える。

「……」

 重田から手を放し、自分の鞄を持つ。

「なーんだ、殴らねぇのかよ」

 俺はついにミスを犯した。

「もう……、おしまいだ」

 そのまま静かに喫茶店を出た。

「あ、君―」

 警察官が2人こちらに向かって来ていた。

「ちょっと待ってくれる?」

「……」


同日 16時50分

 財前の机の上には分厚い茶封筒が置いてある。

「ふーん、で?どこまで話したの?」

「ただ、その子の為に動いた友達だと。此処の事も話してないです」

 あれから、重田と共に交番へ連れていかれたが無事話し合いで済んだ。しかし自分の身元は重田と警察の前で話した。

「そう……。サーターアンダギー君は此処に来てどのくらいだ?」

「…8?ヶ月ですかね」

「そうか」

「結局最後まで名前で呼んでくれませんでしたね」

「甘いんだよ、まだまだ」

「……ふふ、そうですね」

 横で見ていた村上さんが一歩近づいて来た。

「大丈夫ですよ、浩二さん」

「村上さん……」

「自分でも分かっているんじゃないですか?そろそろ此処から出る時期だと」

「……」

「外で闘う準備は整っているはずです」

 その時、財前がゆっくりと立ち上がった。

「裏舞台にも向いているがー、やはりお前は表に出た方がいい」

「うら、ぶたい?」

「今のお前なら表舞台の役者事務所に受かるんじゃないか?」

「表舞台?ちょっと待ってください、ここって……」

「ここ財前事務所は、裏舞台専門の役者事務所です」と村上さんがいつもの様に笑顔でそう答えた。

「!?」

「演じる事がテレビや舞台にしか繋がらないと思っていたか?甘いんだよ」と言い、コーヒーを飲む財前。

「役者、事務所…」

「綺麗な花は陰でも咲く事が出来る」

「財前さんはここの社長で御座います、因みに私はシニア部兼、経理等、社長のお手伝いをさせて頂いています」

「……ふ、ふふふ」

 困惑と至福が混じり合う。

「……何笑ってんだ?」

「いや、なんていうか、役者してたんだなぁって、俺」

「活きてこい。今度は陽の当たる世界で活きて来い」

「はい……。ありがとうございました」

 俺は財前に頭を下げた。

 財前が近づいて来る。頭を上げると置いてあった茶封筒を持っていた。

「今までの分だ。こちらとしても何も与えないのもまずいからな、嫌なら後で何処かに寄付するなり何なりしてくれ」

「……はい」

 封筒を手に取る。

「それと、誰かスカウトしたい奴が居たらこれも頼む」と言って財前が懐から出した物に見覚えがあった。

「あ、これ」

 ハンカチだ。

「拾って来るような奴を頼むぞ」

 中にはあの時と同じ紙が挟まっていた。

「そろそろ違うやり方も考えないとなぁ村上ちゃん」

「そうですね~」

「ちょっと待って下さい、え、てことは僕に落とした人は僕の事を良く知っている人物ですか?」

「だろうな」

 俺の事を知っている人物なんて片手で数えられるくらいだ。それに性格なんかまで知っているとなると…ん?

 ある記憶が蘇る。 


〝本当に閉めちゃうんですか?〟

〝……そうねぇ、あの人がそう言ってるからねぇ。私の力だけじゃあの人もこの店の状況も変えるのは無理そうだわ〟


 朱美さんだ。

 落としたのも女性だったし、落とした場所も考えると朱美さんしかいない。

 朱美さんは俺に賭けたんだ。いや、今考えたら俺の事を見るに見兼ねたんだろうな。どちらにせよ朱美さんに感謝しなきゃならない。


「浩二」


 突然の呼びかけに驚いた。財前が俺の名前を呼んだんだ。

「!?」

「本当に助けが必要になった時は、イチ友人として話は聞いてやるぞ?」

 財前らしくない言葉に俺は暫く返事が出来なかった。隣では村上さんがいつも以上に微笑んでいた。

「あ、ありがとうございます。財前さん」

 視線を逸らしている財前は心なしか照れているように見えた。

「じゃ、そういう事で。もう行っていいぞ」

「はい、村上さんもありがとうございました」

「いえいえ」

 ハンカチと封筒を握り、部屋を出ようとした時だった。

 ある考えが浮かんだ。

 扉の前で立ち止まる俺を不思議そうな目で見る2人。

「ん?どうした?」

 財前の前に戻っていく。

「あの、もう俺は此処の人間じゃないんですよね?」

「ああ」

「って事はここに依頼できますよね?」

「何を?」

「そのー代行、を?」

「……まぁ、な。高いぞ?」

 手に持っていた茶封筒を財前の机の上に置く。

「これでお願いします」

 財前と村上さんは唖然としていた。

「何人かお願いしたいんですが。どうですか?」

「…何を頼むんだ?」

 まだ多くは語らない。俺はこの時間を楽しみたかった。

「財前さんにもお願いしたいなぁ」

「急に馴れ馴れしくなりやがったな」

「5時以降は空いてるでしょ?」

「ふん、俺は……やらない」

「え、やらない?えーっ!?散々色んな事俺に言っておいて、ややややらないんですか!?」

「……」

「マカロンもびっくりですよ」

「ぷっ…、あ、すいません」

 思わず噴き出した村上さんだったがその後も堪え切れず、肩を揺らしていた。


       8

4月22日 18時50分

 住宅街を歩く。

 此処は来た事のない土地。

 不安と興奮の中、ある一軒家の前で立ち止まる。

「……」

 時計を見ると針は19時を指していた。

「あらー?浩二?こっち帰って来てたの?」

 声が聞こえてきた方を見ると、ベランダで洗濯物を取り込もうとしている母の姿が見えた。

「丁度ご飯の支度をしているから食べていきなさいよー」

「……うん、そうしようかな!」

 家の中へ入る。

 2階から降りてくる母。

「たまには帰ってきなさいよー。電話もよこさないじゃない」

「え、あぁごめんごめん」

「何してんの、早く上がりなさい」

「うん」

 俺は靴を脱ぎリビングへと向かう。

「そっちトイレよ?」

「え?あ、そうか、間違えた。いや、漏れそうなの、トイレ行ってくる」

「相変わらずね、浩二は」

「相変わらずって…」

「あなたー、浩二帰って来たわよー」

 俺は無理やり用を足し、今度こそリビングへ向かった。

 そこにはダイニングテーブルで晩御飯を食べようとしている部屋着姿の財前が座っていた。

 笑いを堪えるのに必死になった。

「何だ、どうしたんだ急に帰って来て」と、新聞を読みながら言う財前。

「何言ってんの~顔見れて嬉しいじゃない」

「いやぁ、近くまで来たからさ。ついでに顔出そうと思って」

 財前は不貞腐れたようにご飯を食べる。

「さぁ座って浩二、いっぱい食べていきなさい」

「ありがとうお母さん」

 椅子に座ると財前がお得意の嫌味を言いだした。

「ついに飯も食えなくなったか?」

「は?」

「そんな事ないわよ~ねぇ?」

 財前の隣に座った母はこっちの味方みたいだ。

「食べてるよちゃんと」

「浩二だって浩二なりに頑張ってるんだから。さ、食べましょ」

「お前がそうやって甘やかすからいつまで経っても芽が出ないんだぞ?」

「またそうやって私の所為にする」

「ちょっと喧嘩はやめてよ、せっかく帰って来たのに!」と言ってはみたものの、とても新鮮な光景で嬉しくてしょうがなかった。

「そうね、ごめんなさい」

 椅子はもう一つ置いてあった。

「あ、帆香~ご飯よ~降りて来なさい~!」

「いらないー!」

 2階から声がした。

「お兄ちゃんもせっかく来てるんだから降りてきなさいよー!」

「っはあぁーー!?」

 そう言って階段から降りてきた妹は俺を見るなり、「うわ、最悪じゃん」と言い放った。

 財前を見るとニヤニヤと笑みをこぼしていた。

 この野郎、変な設定を付け加えやがったな…。

「早くしなさい?」

 生意気な妹が嫌々リビングへ入ってくる。

「ん?この子……」

 見覚えのある顔だった。

〝村上、さんですか?〟

 思い出した。

 初めて財前の所へ行った時に会った子だ。あの後、また来たんだな。

「ねぇ、何見てんの?」

「え?いや別に……」

「キモッ」

「く、口悪…。俺が何かしたかよ?」

「おい浩二、いい歳こいて妹と喧嘩すんな」

 腹立たしい〝親父〟の澄ました顔を出来るだけ見ないようにする。。

「くっ…、いただきまーす!」

 惣菜と白米を掻き込む。

「ああまったく。ゆっくり食べなさい」

「美味しい!お母さん料理上手いなぁ」

「何よ今さら~」

「どうだ?三日ぶりの飯は」

 いちいち突っかかってくる親父…、嫌いじゃないかもしれない。

「だから食べてるって言ってるだろ?」

「おい、さつま芋の煮ものだ、好きだろ?〝甘いモノ〟、食え」

「ああ好きだよ!なんでかなー親父も甘いモノばっか食ってるから完全に遺伝だなこりゃ」

「なんだと?」

 その時、自分の携帯が鳴った。

「お?お前の携帯もたまには鳴るんだな」

 久々に聞いた着信音に俺は何かを感じ、通話ボタンをした。

「…はいもしもし、…はい、……はい、……え!?はい!はい、ありがとうございます!」

 先日受けた映画オーディションの合格の連絡だった。

「う、受かった…受かった!」

 喜ぶ俺に反応したのは母だけだった。

「なになになに?」

「映画に出るよ!俺!」

 興奮した俺を見て帆香はイラつき始めていた。

「ねぇうるさいしっ!米飛んでるしっ!」

 そんな設定も今じゃ可愛く見える。

「やったじゃない~嬉しいわねぇお父さん!」

「どうせ2秒くらいだろ映るの。はしゃぎすぎだ」

「そんな事言ってるけど本当は喜んでるんだろ?分かるよ、俺には。ふふ」

「俺の何が分かるっていうんだ?」

「分かるよ。俺は身内だぜ?」

「父親になんだその態度は!」

「ちょっとやめなさいよ~あなた達~」

「お兄ちゃん映画出るの?」

「おう!」

「あそう」

「なんだよあそうて!なあ親父!しっかり設定通りにしてくれよ!」

「なんだ設定って?訳の分からない事を言うなサーターアンダギー」

 その後も喧嘩じみた会話は続いたが〝家族〟で食卓を囲んだ一夜限りの時間はとても良い思い出になった。


       9

 -天に向かって震えている手、そして刀。

「……」

 刀を振り翳しているサトシ。

 奴らは銃をサトシに向け笑っている。

「うおおおお!」というサトシの声で俺は目を瞑り、力んだ。

 暫く何も起こらなかった。

「あ?おい、こっちは銃だぞ?」

 その声でゆっくりと目を開けると、サトシは俺の前へ立ち、今度は刀を奴らに向けていた。

「サトシ…?」

「うああああ!」とサトシは刀を振り回し奴らに向かっていった。

 すかさずBB団を撃ち始めるが興奮し、暴走状態と化したサトシにはまったく効かなかった。

「うわぁやべぇぞ!」

 刀で叩かれ、今度は奴らが逃げていく。

「おい!待てぇ!逃げるなー!うおおおお!」

 追いかけていくサトシの後ろ姿を見て、自分も「うおおおおお!」気持ちが昂っていく。

そして心嬉しくなってサトシを追いかけた。


「サトシーーッ!」-




                               終わり。

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陰花(いんか) かましょー @S-KAMA

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