月光の泉

朔名美優

月光の泉

 森の奥深く、誰も近づかぬ泉があった。月のない夜にもその水面は光を宿し、古の詩人たちは「月光の泉」と呼んだ。


 若き騎士アルヴァンは、己の名誉を求めて旅の途上、この泉へと辿り着いた。鎧の影を映す水は、あたかも彼の心の奥底を覗き込むかのように揺らめいている。


 泉のそばに一人の女が立っていた。白い衣を纏い、面差しは仄かな光に包まれている。

「騎士よ。そなたは何を求める?」

 声は風のように優しかった。


 アルヴァンは即座に答えた。

「私は栄誉を求め、戦場に名を刻まんとする者です」


 女は微笑み、泉に一片の花弁を落とした。すると水面に、未来の幻が映る。

 そこには血に塗れた自分、砕けた旗印、名誉の影に取り残された孤独な姿が見えた。


 アルヴァンは言葉を失い、剣を握る手が震えた。


 女は再び問いかける。

「それでもそなたは、名誉を選ぶか?」


 沈黙ののち、彼は剣を泉に沈めた。鋼は瞬く間に溶け、光の泡とともに消えた。


 その夜、泉の水面はふたたび静かに月光を湛えた。

 そして誰も知らぬまま、ひとりの騎士が戦場から姿を消し、森の守り手となった。


         【了】

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月光の泉 朔名美優 @sanayumi_k

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