腕の傷

五來 小真

腕の傷

「う……」

 腕に赤い筋が入り、やや遅れて熱さと共に血が溢れてきた。

 薄れていた生きているという実感が戻って来る。


 またやってしまったか……。


 既についてる多数の傷に、新しい仲間。

 親戚の集まりは、明日だと言うのに。

 ——いや、その集まりこそがストレスで、それこそが原因なのだ。

 叔父や叔母は、私に好き勝手なことを言う。

 いや、顔がしかめっ面な時点で、私もその内容はまともに聞いていない。

 昔ときっと内容は変わってないのだ。

 ただただ憂鬱なだけ……。

 

 バタバタという足音が近づいてきたと思ったら、いきなり脱衣所のカーテンが開いた。

「うわ」

 親戚の子が声をあげた。

 うかつだった。

 食事も終わり、ホッとしてお風呂に入ろうとしていた時のことだ。

 包帯をほどいたところで、来られたのだ。

 叔母に、一緒に入って来なさいと言われたらしい。

「その傷、誰のやつ?」

 『わたしの』と言いかけて言い淀む。

 それは見たらわかるだろう。

「——僕より高いかな?」

 親戚の子は、しきりに傷と自分の身長を比べた。「ひょっとして、お姉ちゃんの?」

「……それだと腕より低いことになっちゃうだろ」

 私は一つため息をつくと、そう言った。

「そっかぁ。でもそんなところに付けるぐらいだから、きっと大事な人のものなんだね」

「―そっかもね……」

「これ、いつのやつ?」

 親戚の子は、二番目に高いところにある傷を指さして聞く。

 私はそれに答えられなかった。


「あれ? これ、三日前のやつ? なんだよ、いつもより早い……。―ああ、これあいつに怒られた日か」

 親戚の子に言われてからというもの、思うところもあって腕に傷を付ける度にノートに記帳するようになっていた。

 なんとなしに、パラパラとノートをめくる。

「これだけ、しょうもない理由で付けちゃってるなあ……」

 日付を付け出すとなぜこの日に付けたのか気になって、それも書き出すようにしている。

 そうすると不思議なもので、知らない自分が顔を出す。

 もう一人の誰かを知るような感覚。


『きっと大事な人のものなんだね』


 親戚の子の言葉が、不意によみがえった。

 

 <了>

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腕の傷 五來 小真 @doug-bobson

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