私の価値

蓮村 遼

私には価値がある。

 キモい。デブ。ブス。臭い…。


 今まで、たくさんの刃物を投げつけられてきた。

 直接言われたもの。陰で言われていたもの。からかい。目線。

 どれも同じ刃渡りで、思春期の柔らかな心の広範囲を何度も何度も切りつけた。



 確かに私は太っている。ご飯を食べることも好きだ。甘い物も好き。

 そのことと、心ない言葉を投げつけられることは決してイコールではないはずだ。

 私は誰にも迷惑をかけず、1人で太っている。

 不快な言葉を空気中に発してる彼女ら、彼らこそこそ、無差別に人の心を悪意で蝕み、よほど忌まわしい存在ではないか。



 ぐるぐると、そんなことを考えながら、今日もお祈りメールを開く。

 社会も、私を爪弾きにするのか。もう何百件だ。

 落胆するのも疲れた、そんな時。



“清藤様を内定とさせていただくことが決定いたしましたので、ご連絡いたします。内定通知や…”



 目を疑った。宛先が間違っているのではないか、何かの間違いではないか。そもそも詐欺メールではないかと散々可能性を挙げたが、全て真実が記してあった。

 私を採用する企業があったのだ。嬉しさのあまり、歩道の真ん中で号泣した。



「うわ。デブが泣いてるんだけど。ただでさえ道占拠してんだから早く歩けよ」



 前から歩いてきたカップルの男が吐き捨てたが、今だけは無敵だった。


    ◇◇◇◇



「…では、これで入社式を終わります」



 いよいよ社会人としてやっていける日が来た。今日を心待ちにしていた。

 周囲を見渡す。美男美女から、私に似た人まで多様な新人。

 私が必要とされた。そう感じることができて心は晴れやかだった。



「〇〇さん、▽▽さんは営業部の配属です。こちらに来てください。◆◆さんは…」



 人事部の人だろうか、次々名前を読み上げ同期たちを連れていく。

 入社式を行った会議室には、3人が残された。私の他に、男性が2人。

 2人とも、私と同じで太っていた。



「さて、残った君たち。君たちには、わが社にとって非常に大事な部署に行ってもらいます。これは君たちにしかできないと言っても過言ではない。君たちには、それだけの価値があります」



 ぴしっとしたスーツに身を包み、いかにもできると思われそうな男女の先輩が私たちの前で堂々と弁じる。



 私には、価値がある。



 二十数年生きてきた私に、初めて投げかけられた、今まで喉から手が出るほど欲しかったのに、いくら手を伸ばしたところで得られなかった言葉。



 泣きそうだった。この会社に尽くそうと思った。心なしか、他の2人も目が潤んでいるように見えた。この2人とは仲良くなれそうな気がする。



 私たちはある一室に連れていかれた。そこには、揚げ物、丼もの、甘い物、炭酸ジュース…。魅惑的な食べ物がたくさん置いてあった。



「あ、あの。これは一体…」



 同期Aが不安そうに先輩に尋ねた。美人な先輩はふわっと笑い穏やかな口調で説明した。



「これは歓迎会。この部署に適性のある人たちは少ないから、特別に開いてるの。他の人には内緒ね?」



 いよいよ人生に春が来た、そう確信した。

 先輩たちに促され、新人3人は席に着き、心の赴くままにありがたく料理をむさぼった。どの料理もおいしくて、これからの社食が楽しみになった。

 あれだけ緊張していたのに、もう忘れていた。

 緊張が解け、胃袋も満たされた。次には何が来るか。

 眠気が襲ってきた。そして、私はあろうことか、出社してその日に眠気に負けた。






 目を覚ますと、そこは六畳程度の部屋のようだった。証明は薄暗く、どんな場所か、詳細がわからない。

 良い匂いがした。目の前には先ほどまで食べていた料理がこれでもかと置かれてていた。

 さっき満腹まで食べたのに、腹の虫が騒いだ。口腔内がよだれで溢れてくる。

 私は我慢できず、唐揚げを鷲掴み口に詰め込んだ。食べれば食べるほどお腹がすいてくる気がした。





「…どうですか様子は?」

「しっかり働いてくれてますよ、さすが逸材です」




 ふと、目の前に2人、白衣の人が現れたのが見えた。何か話している。

 たらこスパゲッティを胃に流し込んでいると、腹部に違和感を感じた。

 自分の腹を見下ろすと、ぷよぷよと揺れる三段腹の稜線に、太いチューブと

 、それに付属する機械が忙しく働いているのが見えた。





「しかし、倫理的にどうなんですかね~。太ってる人の脂肪を使った発電の研究なんて。法律に引っ掛かりません?」

「本人の同意のもとやっていますから。社会の役に立てるなら、どんなことでもやると言ったのは彼女たちですし」

「…せめて、直接つなぐのやめません?ほかにやり様あるでしょ。あまりいい気はしないっていうか…」

「脂肪吸引したものを使う手もありますが、生きている人間なら、生きている限り脂肪は生まれますしね。それに本人たちもたくさん食べて痩せて発電して社会の役に立てるなんて。いい仕事ではないですか?」




 あれ?私、そんな、同意なんてしたっけ。これじゃ、実験動物…?ここのとんかつおいしいな。こんなの社会の役に立ってるっていうかな。あ、シュークリームだ!




「こんな仕事、普通の人にはできません。彼女たちには価値があります。大いに社会の役に立ってもらいましょう」




 そう、私には価値がある。おいしいものがたべられる。社会の役に立てる。いい仕事。




 白衣の人たちはいつの間にかいなくなっていた。

 空になった皿は下げられ、次々と料理が運ばれてくる。



 私には価値がある。だから、仕事をする。



 アツアツのカレーを飲みながら、私は思考を手放した。

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私の価値 蓮村 遼 @hasutera

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