第2話

「今日はお父さんが、おじいちゃんの側で寝てくれるみたいやし、琴はどこで寝る?」


母はリビングの机に置いてある、通夜と葬儀のスケジュール表を見ながら話した。


「あれってさ、絶対亡くなった人のそばで寝なあかんの??」


私も一緒にスケジュール表を見ながら尋ねた。



「まぁ、絶対やないけどねぇ。

昔からそういう決まりやから、一応そうするってお父さん言うてたわ。」




「へー、大変やねぇ。

なら、私はリビングで寝よかな。

布団持ってきていい??」




「ほんなら、お母さんが持ってくるし、琴は荷解きしといたら?葬儀終わってからもこっちおるんやろー??」



母はすでに廊下の方へ出ていて最後は伝わるように少し大きめの声で話した。


「うんー!」私も伝わるように大きめに答える。







一人娘の私が、この家を出て上京したのは四年前のことだ。

もっと反対されるかと思っていたが、案外父の方から関東の大学を勧めてきた。





「東京に行きたいんやろ?

行ってみたらええよ。やりたいことやり。

その代わり、ちゃんと連絡はするんやで。」



第一志望の国立に落ち、滑り止めで受けた私立の大学に行きたいと母親には相談していた。

どうしても家を出たいわけではなかった。

家から通える府内の私立に行くことも出来たが、東京への憧れの方がとんでもなく大きかった。



父には直接話をしていなかった。

思春期ということもあり、スムーズなコミニュケーションをあまりとれていなかった。

余計に父の方から、上京の話をされ驚いたのだ。


「ええの??

私立やったら家からでられへんって話やったのに。」


私は父の目を見た。


「お母さんも、そう言うてるから、ええよ。

 

大丈夫やから。」


父は私の目を見ずに答えた後、手元のロックグラスを傾けた。

中の丸氷が音を立てて揺れた。


「そっか。」

ありがとうと続けて言おうとしたがやめた。

父が奥歯を噛み締めているのが分かったからだ。


あのとき、父は何を思っていたのだろう。











「布団一回干してるんやけど、まだしまってた匂いするわ。」


母は、歩きながら持ってきた布団に鼻を近づけ少し眉を寄せ、私を見た。


「へへっ全然大丈夫よ。ありがとう。」



布団を受け取ろうと椅子から立ち上がった私に母は首を振りながら、自らが準備するからと顎をしゃくった。


布団を敷いてくれている母を見ながら

疑問に思っていたことを尋ねた。



「おじいちゃん、家から抜け出す体力あったんやね。驚いたわ。」





母の動きが一瞬止まった。





「みたいやね。まぁでも認知症やったし、時々とんでもない力でおばあちゃん突き飛ばしてたからなぁ。」


再び動き出した母は答えた。




私はずっと不思議だった。

先週まで、祖父は寝返りも打てないほどだったのに。

あの日は家を抜け出し、朝まで誰にも見つからず、早朝に散歩をしていた人が排水溝の溝にうつ伏せている祖父を見つけたようだ。


確かに、いつも気力も体力もなく

ただ、ぼぉっとテレビを見ていたのに

急に騒ぎだし、手足をばたつかせ

訳の分からないことを喚いたかと思ったら

それを止めた祖母を思い切り突き飛ばしたりする場面を何度かみていた。



確かに昔はガタイも良かった祖父であったから

家を抜け出すことができたのかもしれない。


でも、鍵がかかっていただろうし

なにより隣の部屋の祖母が祖父の異変に気づくのではないかと思ったのだ。




「誰も玄関から出る音に気づかなかったってこと?」




私は母から視線を外し、自分の膝を見つめながら聞いた。




少しの沈黙のあと。



「夜中やったしねぇ。


お母さんもお父さんも寝てて気づかんかったのよ。」




母は動きを止めることなく答えた。





「おばあちゃんも??」


私はまだ自分の膝に視線を向けているまま聞いた。




「そうやない?。おばあちゃんも、だいぶ疲れてたしねぇ。」



母は先ほどより少し大きな声で答えた。





なんだか、いたたまれなくなり

私はキッチンへ向い、冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「お母さんも飲む?」

私は麦茶を注ぎながら聞いた。



「貰おうかなぁ。」


母はまた動きを止めることなく答えた。


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血縁 @aoshibamitarashi

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