105 窯の命

「宮澤さん」

 目を開くと男がいた。

「えっ!」

 いや、この顔は管理人だ。

「ふぅ……」

 周りを見渡す。本棚、釜、あたたかなカーテン。管理人室だ。どうやら自分は簡易ベッドの上で寝ていたらしい。


「もう何時間も眠られておりましたので心配でございました。意識を取り戻されたようでなによりです」

 「そ、そうですか」

 頭の中に数時間前の出来事が思い浮かぶ。胃から何か飛び出してくる気がして口を抑えた。

「大丈夫ですか?」

「ええ」

 老人は新聞紙を持ってきてくれた。僕は管理人に吐しゃ物を見せるわけにもいかず、深呼吸して耐えた。

 「あの人は」

 やはり気になってしまった。

 「どうなったんですか」

 「退去していただきました」

「退去……?」

「ええ、あなたが貼った最後のステッカー。あれが最終通告だったのです。私もね、さすがに自分で貼るのは気がひけますけどもね、まさかあなたが本当に貼るとは思わなかったものですからね」

 老人はにこやかなままこう言った。

 

「アレは死にました。あなたの行為は2条「必要以上に干渉しない」に該当しますので、あなたはここから出られなくなりました」

「死んだ……?」

 出られなくなった?

「そりゃそうでしょう。『呼吸不要』のステッカーを貼ったのですから。中にいる人間は呼吸がいらないと宣言したことになる。ただ、アレはそんな意思表示はしていない。つまりあなたが勝手に彼の命に干渉したのです」

「ステッカーを渡したのはあなたじゃないですか?」

「使えなんて言ったつもりはありません。渡したのみです」

「そんな」

 「大丈夫。あなたを通報したりはしません。実際アレもあなたに必要以上に干渉していたのですから。これは正当防衛でもあるのです。いずれ捜査の手がここに及ぶでしょう。でもその前にあの部屋はクリーニングされます。このことを知っているのはあなたと私だけ。ここにいればあなたもプラスのはずです。私も正義感の強いあなたに協力してほしいことがある」


 大きな窯の炎の前で、老人は言う。

「ここに住む皆様が安心して過ごせるよう、迷惑な人間を一緒に管理してもらいたいのです」

「管理……」

 頭が痛くなってきた。隣人は死んだ、僕のステッカーで。そして規約違反で僕はここから出られなくなった。迷惑な人間から離れたかったのに、関わらないといけないのか?

 

 

「宮澤さん」

 管理人は笑っていた。

 「ピザでも食べますか?」

 窯の中、炎の中で大きな物体が横たわっている。




 了

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サイレントパレス〜集合住宅は静粛に〜 ケーエス @ks_bazz

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