記憶の運び屋

紡月 巳希

第十八章

父と娘、そして記憶


無数の記憶の残滓が飛び交う、協会の最深部。アオイとカイトは、無表情なシャドウと対峙していた。カイトがアオイの前に立ち、彼女を守るように構える。

「なぜ、そこまでしてこの娘を守る?」

シャドウの声が、静かな空間に響く。その声には、カイトへの嘲笑と、深い嫉妬が混じっていた。

「彼女は、君が愛したスミレさんの、大切な娘だからだ」

カイトの言葉を聞き、シャドウはフッと口元を歪めた。

「…そうか、まだ気づいていなかったのか。さすがは、優秀な『記憶の運び屋』。いや、元々から人様の記憶にしか関心がなかったか」

シャドウはゆっくりとアオイに視線を向けた。アオイは、その冷たい瞳に恐怖を感じながらも、しっかりと彼を見つめ返した。

「この娘は、君とスミレの子供だよ」

その一言が、アオイとカイトの心を同時に貫いた。

アオイの頭の中が真っ白になる。今まで自分が父親と信じてきた人物が、自分の母親を不幸にし、実の父親を陥れた悪だと知ったばかりなのに、今度は実の父親が、目の前で自分を守ろうとしているカイトだというのか。

カイトもまた、信じられない、という表情でアオイを見ていた。彼の瞳に宿る、悲しみと、そして…抑えきれない喜び。

「私は、スミレの全てが欲しかった。彼女の才能も、心も、そして…子供もだ。

だから、彼女が死んだ後も、この娘を育ててやった。自分の存在を隠し、実の父以上の愛情を注いでやったんだ。全ては、君たちへの復讐だよ」

シャドウは狂気に満ちた笑みを浮かべ、アオイに手を伸ばした。

「さあ、おいで、私の娘よ。私の愛の結晶よ」

アオイは、その手が伸びてくるのを見ながら、動くことができなかった。彼女の頭の中で、幼い頃の優しい父の笑顔と、今目の前にいるシャドウの冷酷な顔が、混沌とした記憶となって混ざり合う。

その時、アオイの腕の中から、木箱が熱を帯びたように輝き出した。

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記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel

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