SCENE#96 ふたりでお茶を...

魚住 陸

ふたりでお茶を...

プロローグ




古都・京都の片隅に佇む、ひっそりとした喫茶店「銀月堂」。そこは、店主の気まぐれでメニューが変わり、常連客も一癖も二癖もある人ばかり。そんな銀月堂で、今日もまた不思議な出会いが訪れようとしていた。





第一章 運命のティーカップ





主人公は、東京から京都に移り住んできたばかりの若手陶芸家、桜庭 悠(さくらば ゆう)。新しいインスピレーションを求めて銀月堂に足を踏み入れた彼は、そこで忘れられない光景を目にした。アンティークのティーカップを片手に、窓から差し込む光を浴びながら読書にふける女性。彼女の横顔に見惚れた悠は、思わず声をかけてしまった。




「あの、すみません。そのカップ、すごく素敵ですね。もしよかったら、僕が同じようなものを作らせていただくことはできませんか?」




彼女の名は、白石 葵(しらいし あおい)。京都の老舗和菓子店の若き女将で、仕事の合間に銀月堂で読書をするのが日課だった。突然の申し出に戸惑いつつも、悠の真剣な眼差しに心を動かされた。




「えっ…私が持っているカップを? 陶芸家さん、ですか? 急で驚きましたが…もし本当に作っていただけるなら、光栄です。ただ、私は和菓子を扱う者ですので、繊細で、どこか京都らしい趣のあるものがいいのですが…」





「もちろんです! 葵さんのイメージにぴったりのものを作ります。僕、桜庭悠と言います。陶芸家です!」




「白石葵と申します。どうぞよろしくお願いします…」




それが、二人の奇妙な関係の始まりだった。






第二章 陶芸と和菓子のミスマッチ




悠は葵のために、試行錯誤を繰り返しながらティーカップの制作に取り組んだ。しかし、彼の作風は奔放で独創的。一方、葵が求めるのは、和菓子の繊細な美しさを引き立てるような、落ち着いた趣のあるカップだった。





銀月堂での打ち合わせ。悠が自信満々に新しい釉薬のサンプルを見せた。





「どうですか、葵さん! この深みのある青、まるで夜空みたいでしょ? これを使えば、他にはない唯一無二のカップができますよ!」





葵はサンプルを手に取り、少し首を傾げる。




「うーん…とても綺麗ですが、この色だと、お茶の色が少し沈んで見えてしまうかもしれませんね。和菓子と合わせるなら、もう少し温かみのある、抹茶の色が映えるようなものが…」




悠は思わず、ずっこけた。




「抹茶の色! なるほど…なるほど!僕、つい自分の表現ばかりに夢中になってしまって。葵さんの和菓子へのこだわり、本当に尊敬します!」





「桜庭さんもですよ。そんなに熱心に一つのものに向き合えるなんて、素晴らしいです。私も、桜庭さんの自由な発想、素敵だと思います!」





お互いの仕事に対する真摯な姿勢に触れるうち、二人は少しずつ歩み寄り、互いの世界に興味を持ち始めた。銀月堂での打ち合わせは、いつしか二人の「お茶の時間」となり、そこに店主や常連客の愉快な口出しが加わり、いつも賑やかだった。






第三章 祇園祭のハプニング




ある日、葵から祇園祭の宵山に誘われた悠。




「桜庭さん、もしよかったら今度の祇園祭、宵山にいらっしゃいませんか? 京都の夏の風物詩ですから、きっと良い刺激になりますよ!」




「本当ですか! ぜひ行きたいなぁ! 葵さんと一緒に行けるなんて光栄です!」




祇園祭に、和装で現れた葵の美しさに、悠は改めて彼女に惹かれていることを自覚した。人混みで手を繋いで歩いているうちに、二人ははぐれてしまうハプニングが発生?!




「葵さん! 葵さん!」




悠は必死に葵を探し回る。その過程で、彼は葵が大切にしている古い根付を拾った。




「これ、葵さんのだ! 大切なものだって言ってたな…どこにいるんだ、葵さん…!」




葵への想いを募らせながら、根付を握りしめる悠。一方の葵も、悠と離れて初めて彼の存在の大きさに気づかされた。




「桜庭さん…どこへ行っちゃったんだろう。こんなに人がいるのに…やっぱり、一緒にいてくれないと、心細い…」




ようやく再会できた二人は、安堵から思わず抱きしめ合った。




「葵さん! 無事でよかった…本当に心配したんですよ!」




「桜庭さん…! 私も、本当に会いたかったです…」




その瞬間、夜空に色とりどりの花火が打ち上がり、二人の心に秘めた恋心が静かに燃え上がっていった。






第四章 告白と創作の完成




祇園祭の一件以来、二人の距離は急速に縮まっていった。悠は、葵のために心を込めて作ったティーカップをついに完成させた。それは、彼の陶芸家としての新たな境地を開く、自信作でもあった。





悠は完成したティーカップを手に、銀月堂で葵を待った。少し緊張しながらも、これまでの感謝と、そして募る想いを伝えようと決意していた。





葵もまた、悠が作ってくれたカップを見るのが楽しみで、そして彼に伝えたいことがあると、胸を高鳴らせていた。




葵が銀月堂の扉を開ける。悠は立ち上がり、彼女の方へ歩み寄った。




「葵さん、できました。あなたのための、世界に一つだけのティーカップです!」




悠は、丁寧に包まれたカップを葵に手渡した。葵は息をのんで、その包みを開けた。そこには、彼女のイメージする繊細さと、悠の力強い個性が融合した、見事なティーカップがあった。




「…綺麗。本当に…ありがとうございます、桜庭さん!」




葵の瞳が潤むのを見て、悠は意を決した。




「葵さん、僕の作ったこのカップで、これからもずっと、ふたりで一緒にお茶を飲みませんか? 陶芸家として、あなたのために作品を作り続けたい。そして…一人の男として、あなたの隣にいたい…」






第五章 ふたりでお茶を。そして…





悠の真っ直ぐな告白に、葵は静かに頷いた。




「はい…喜んで。私も、桜庭さんとこうして一緒にいる時間が、とても大切なんです。これからも、どうぞよろしくお願いします…」





完成したティーカップは、悠の情熱と葵の繊細さが溶け合った、まさに二人の愛の結晶だった。銀月堂の常連客たちも、二人の新しい門出を温かく見守る。




数ヶ月後、悠の個展が京都で開催された。会場には、葵が手掛けた和菓子が美しく並べられ、悠の作品と見事に調和していた。そして、その中心には、悠が葵のために作ったティーカップが飾られていた。




「桜庭さんの作品と、私の和菓子がこうして並ぶなんて…夢みたいです!」




「葵さんの和菓子があるからこそ、僕の作品も輝いているんですよ!」




夜になり、個展が終わり、誰もいなくなった会場で、悠と葵は寄り添いながら、ゆっくりとお茶を淹れた。




「ねえ、桜庭さん。このお茶、すごく美味しいわ…」




「でしょ? 葵さんが淹れてくれたからですよ!」




それぞれの作品に囲まれ、温かいお茶を飲みながら語り合う二人の姿は、まさに「ふたりでお茶を…」というタイトルが示す、幸せな光景だった。彼らの恋は、京都の街のように、これからもゆっくりと、しかし確実に、深まっていくのだろう…




…と、誰もがそう思った瞬間?!




銀月堂の店主が、いつの間にか二人の背後に立っていた。そして、満面の笑みでこう言い放ったのだ。




「いや〜、めでたいめでたい! めでたいたい!実はわし、お二人が初めて会った時から、こうなることを確信しておったんじゃ!」




悠と葵が顔を見合わせると、店主はさらに続ける。




「なんせ、悠くんがあの時『そのカップ、僕が作ります』って言った、葵ちゃんの持ってたティーカップ…あれ、わしのコレクションの中で一番高いやつじゃからなぁ!」




悠は、思わず持っていた湯呑みを落としそうになり、葵は思わず吹き出した。




「ええええええええええ!」




店主はさらに畳み掛けるように、衝撃の事実を告げる。




「しかもな、悠くん。あんた、あのティーカップにあまりに熱心なもんだから、わしがこっそり、葵ちゃんの住所と連絡先、教えてあげたんじゃよ。『これ、運命の出会いじゃ!』って、直感したからな!」




悠は絶句し、葵は顔を真っ赤にして、店主を睨みつけた。




「ちょっと、店主さん! それは、言わない約束じゃ…!」




まさかのオチに言葉を失う二人を前に、店主はニヤリと笑うのだった。




「まあ、結果オーライということで! さ、もう一杯お茶でも飲んで、落ち着きなはれや!」




二人のロマンチックコメディは、最後に思いもよらない茶番劇(?)を迎え、幕を閉じた。しかし、このちょっとした騒動も、彼らの未来にとっては、また一つのかけがえのない思い出となるはずだ。そして、銀月堂では今日も、店主の気の抜けたような笑い声が響いている…

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