勇者の首の後始末

七枕なな

勇者の首の後始末

 魔王が最後の足掻き、とその場にいるもの全てを道連れに自爆し、果てようとした時、勇者がその体を盾に仲間を爆発から守った。

 魔王は滅び、勇者も相討ちとなって死んだ。

 勇者はその身と引き換えに仲間を、世界を守ったのだ。

 めでたしめでたし。


 大陸に暮らす誰もが一度は聞いたことがある昔話である。

 ところが、この話にはまだ続きがあった。


 勇者は魔王と相討ちになり、首から下、身体の八割を失った。

 しかし魔王の最期の血を浴びたことで、魔王の力を受け継ぎ、首のみの姿となって生き残る。


 勇者の首を喰らえば次代の魔王になれる。


 魔王の力を受け継いだ勇者の首には、それだけの力が宿っていた。


 魔王軍の残党に勇者の首を狙われながらも、仲間たちは勇者の首を守り、廃墟となった魔王城を脱出した。


***


「どうする?」


 勇者と同じ村で生まれ、共に育った斧使いのセオが沈黙を破り、皆に問う。


「どうするって、どうしようもないじゃない!」


 長い髪を振り乱しながら叫ぶのは、弓使いのジュラだ。旅の始めには艶めき、光り輝いていたその髪は、長い旅の中でくすみ、今はところどころ焦げたように縮れている。


「落ち着けジュラ、大声を出すと魔物に気付かれる。今日はもう、これ以上剣を握りたくない」


 疲れきった顔でジュラを諌めるのは、双剣使いのライアンだ。足元には二本の双剣が魔物の血をこびり付かせたまま投げ出されている。


「何か方法を考えましょう・・・・・・きっと、何かいい方法があるはずです」


 目元を真っ赤に腫らし、法力の枯渇により痺れ震える腕で、必死に膝上の包みを抱えるのは僧侶のモモ。


 最後の戦いを終え、魔王城から離れた森の中、焚き火を囲う仲間たちの顔は一様に暗い。

 魔王を倒し、世界の平和を守ったその代償があまりに重すぎたからである。


 仲間たちの目が、自然に一箇所に集まる。僧侶モモの膝の上だ。

 

「ちょっとちょっと、みんな暗いよ!魔王を倒して、世界は平和になったんだよ!焚き火があるのにマシュマロの一つも焼かないってどゆこと?僕は、戦勝パーティーを所望します!」


 勇者ライトの首だ。


 その、いつもと何一つ変わらない能天気な声に、はあああああ、と肺の全てを吐き出すような長いため息が皆の口から漏れた。


 勇者と一番付き合いの長い斧使いセオが、勇者の荷物をゴソゴソと漁り、封の開いたマシュマロの袋を取り出す。

 最後に寄った町で勇者ライトが購入したそれは、随分と数を減らしていた。


 セオは適当に折ったその辺の小枝にマシュマロを突き刺し、仲間たちに配っていく。

 皆、受け取ったそれを無言で火にかざす。勇者ライトの分はセオが二本分焼いた。


 気まずい雰囲気の中、口を開いたのはやっぱり勇者ライトだった。


「どうする、って言ってもさあ、僕がこのまま生きてたらまずいと思うんだよね。まさかどっかの城の宝物庫で子孫代々守ってもらうわけにもいかないじゃん。・・・・・・だから、ちゃんと死のうと思う!」


 僧侶モモにマシュマロをあーんと口に運ばれながら、勇者ライトは言う。


 みんな、心の内では気づいていたことだった。気づいていながら、目を逸らし続けていたことだった。

 魔王の力を完全に消滅させるには、勇者の首ごと葬り去るしかないと。


 でも、本人の口からこうもあっけらかんと言われてしまっては、皆、何だか悩んでいるのも馬鹿らしくなってきてしまった。


「死ぬって・・・・・・お前の首、さっき魔物の攻撃に思いっきり直撃したけど、無傷だっただろ」

「なんか今、僕、無敵モードっぽいね」

「魔王の身体は勇者の聖剣でしか傷つかない。あなたの首も、今そうなっているんじゃないかしら」

「聖剣は魔王の自爆で粉々になったな」

「あれ王様が国宝として買い取りたいって言ってませんでした?」


 双剣使いライアンが干し肉を炙りながらぼやき、弓使いジュラも「もう飲んじゃえ」と戦いの前に森に隠しておいた酒瓶を取り出す。

 斧使いセオがその辺の木から食べられる果物を取ってくれば、僧侶モモはビスケットの缶を開け、マシュマロを挟んで頬張る。


 ささやかだが、それは勇者ライトが望んだ戦勝パーティーだった。


「やっぱりさ、あの火山ならイケると思うんだ」

「火山?」

「聖剣が生まれた火山か?」

「そうそう。僕が勇者しか抜けない聖剣を華麗に岩から引き抜いて一躍ヒーローになった、あの火山」

「俺あの時、お前の三人前でチャレンジしてさ、やっぱダメかって思って帰ろうとしたら後ろから大歓声。聖剣片手にピースしてるお前見て、すっげえ馬鹿っぽい奴に俺は負けたんだなって思ったよ」

「その時の写真、私持ってます!新聞の一面になったやつですよね、ほら」


 そう言って、僧侶モモが使い込んでボロボロになった聖典に挟まれた、古い写真を見せる。

 写真は二枚あった。


一つは双剣使いライアンが言う通り、馬鹿っぽい顔でカメラに向かってピースをしてみせる勇者ライトと、その後ろで顰めっ面で立っている斧使いセオ、端で見切れている双剣使いライアンが映っている。

 もう一つは今から六年前、出発前に仲間みんなで撮ったものだ。


「若いわね」

「若いって、今が老けたみたいな言い方すんなよ。俺たちみんな、まだ二十代だぜ」

「やっぱりこの時もピースだな」

「カメラ向けられたら自然とこうなるんだって。今は手ぇ無いし、どうしよっかな、ウインクでもしとくか」

「できてませんよ、ライトさん」


 飲んで、食べて、笑い合って、泣いて、泣き疲れて眠って、そうして勇者と仲間たちは、かつて勇者の聖剣を生んだ聖なる火山で、勇者ライトの首を灰にすることを決めた。


「これが僕たちの最後の旅だ」


 それが首だけとなった勇者ライトの望みだった。


***


「いっけー!そこだー!今だやれー!」

「ライトさん、気が散るからちょっと黙っててください」

「だってやることなくて暇なんだもん。あ、もうちょい上で抱えてもらっていい?あ、そこそこ。いやあ、いいクッションだわー」

「もう!胸の上で跳ねないでください!」

「ぱっふぱふっすわ」

「お前ら遊んでんなら中入ってろ!」


 勇者一行は、追っ手を相手にしながら、順調に火山までの旅路を進んでいた。

 途中、荷馬車を借りたこともあって、魔王城から火山までは一ヶ月ほどの日程になった。


 勇者の首に宿る魔王の力はどうやら周辺の魔物を引き寄せるらしく、戦闘が絶えない道のりだったが、これでも魔王軍を殲滅した大陸一の猛者共だ。

 危なげなく勝利を重ね、目的地へとその足を進めて行く。


 今日は火山に向かう前の最後の町だ。

 この辺りまで来ると、聖なる火山の力により、襲ってくる魔物の数はぐっと少なくなる。

 町の中に魔物が入ってくることはないだろうと、今日ばかりは町の宿をとることにした。


 小さな宿で、男と女に別れて二部屋をとる。

 五人分の料金を払った斧使いセオに、宿屋の女主人は不思議そうな顔をしていた。


 風呂に入り、ベッドの上であぐらをかいて座る双剣使いライアンが、真剣な顔で向いのベッドに腰掛けた斧使いセオに相対する。

 勇者ライトは幼馴染のゴツい膝の上で不満げに文句を言っている。


「俺、ジュラにプロポーズしようと思う」

「まだ言ってなかったんかい!」

「最後の戦いの前に、もう済ませたと思っていた」

「僕たち気ぃつかってわざわざ君たち二人きりの時間を作ったんだぞ」


 宿に泊まり、女のいない空間、男三人顔を合わせてすることといえば、そう恋バナである。


「いやあ、だってさ、あのタイミングで告白するのは怖いじゃん。帰って来れないやつじゃん」

「確かにな」

「いやあ、言える時に言っといた方がいいって。死んでからじゃ遅いんだから」

「お前が言うと説得力あるな、ライト」


 指輪はもう買ってあるんだ、と照れくさそうに頬をかく双剣使いライアンに、膝から転げ落ちた勇者ライトが「甘酸っぺぇぇぇ」とベッドを転がる。


「実は俺も、報告がある」


 今度は斧使いライアンが姿勢を正し、ベッドの上で正座をする。


「半年からモモと交際をしている」

「全然気付かなかった。待てよ、半年前ってことは魔王軍の幹部相手にお前がモモを庇って大怪我負った時か!」

「そうだ。あの時、一週間ほど付きっきりで看病してもらった。その時だ」


 ゴロゴロと転がっていた勇者ライトが、ピタリと止まった。首だけの姿で斧使いライアンを見上げ、口端を上げる。


「ふっ、僕は知ってたさ。何年お前と一緒にいたと思ってる」

「仲間内で二組も交際を始めたら、お前が気まずいのではないかと思って、モモと二人で内緒にしていたんだが・・・・・・」

「正直気付いた時はめちゃくちゃ気まずかったさ。でも、幼馴染としてお前に恋人ができたことは本当に嬉しかったし、二人が結婚届の証人欄にサインして欲しいと僕のところに持ってくる日をずっと待ってたよ」

「・・・・・・ライト、今結婚届けを持っているんだが」

「キスマークでいい?」


 後に提出時に役所で揉めることになったが、世界を救った英雄である二人が揃って、「これは勇者ライトの署名です」と言うので、職員に困惑されながらも、それは受理された。


***


「はあ、僕だけ女の子とキスもしたことないまま死ぬのか」

「ほっぺくらいなら、私、いいですよ」

「親友の彼女はちょっと」

「俺がするか?」

「お前オスじゃん」


 火山の火口に向かって、勇者一行は山道を登る。今日が旅の終わりだった。

 交際していることを仲間たちに報告した斧使いセオと僧侶モモは、今日は堂々と腕を絡ませている。

 勇者ライトを間に挟んで。


「そういえば、王様が凱旋パレードをやってくれるそうですよ」

「僕だけハブか」

「有名絵師に等身大パネルを描いてもらうわ」

「身長は五十センチほど盛っといて」

「それは詐欺だろ」

「どうせならカッコいい姿で覚えていて欲しいね、僕は」


 このくだらないとやり取りも、今日で終わりかと思うとなんだか名残惜しい。

 いっそもう一晩野営でもして別れを引き延ばすか、と仲間たちは提案したが、勇者ライトがそれを止めた。


 ずるずると引き延ばせば、別れはより辛くなる。さっさと故郷に帰り、結婚式でも挙げてこい、と。


 やがて勇者一行は火口に辿り着いた。


 頂に開いた火口を縁から見下ろせば、ずっと下の方にグツグツと煮え沸るマグマが見える。

 火口の横にある大きな岩は、かつて勇者ライトが聖剣を引き抜いた岩だ。

 

 全てはここから始まった。


 火口の縁に四人で立ち、勇者ライトの首を掲げ持つ。


「やり残したことや、言い残したことは無いか?」

「ないよ。やりたい事は全部やった。言いたい事も全部言った。別れも済ませた。いつでもいいよ」

「モモとの結婚式はよく晴れた日に、外で挙げる。お前からよく見えるように」


 斧使いセオが別れを告げる。


「あなたの冒険を物語に残すわ。とびっきりの色男に書いてもらいましょうね」

「じゃあ、僕は魔王とめちゃくちゃカッコよく相討ちしたことにしといてよ。最後が首だけじゃカッコつかないからね」


 弓使いジュラが別れを告げる。


「結婚祝いにお前の褒賞金貰っちゃってよかったのか?」

「いいんだよ。残す家族もいないしね。四人で分けちゃって」

「生まれる子どもが男なら、お前の名前を付けるよ」


 双剣使いライアンが別れを告げる。


「実はライトさんのこと、ちょっと好きだった時期があるんです」

「マジで」

「今は二番目に好きです。でも一番カッコいい人はずっとライトさんでしたよ」


 ちゅっと頬に小さなリップ音を残し、僧侶モモが別れを告げる。


 四人がそっと顔を見合わせ、同時に手を離す。

 勇者ライトの首は火口の中へ吸い込まれ、マグマに触れた瞬間、ジュッと音を立て灰になって消えた。


 魔王の力は勇者一行の手によって、跡も残さず消滅した。


 しばらくその場で立ちすくんでいた四人だったが、誰からともなく声が上がる。


「帰るか」

「そうね」

「ああ」

「帰りましょう」


 四人になった勇者一行はゆっくりと、来た道を下っていく。


「お前ら、この後はどうするんだ?」


 斧使いセオはふと気になったことを仲間に問いかけた。

 戦勝パレードまではまだ日にちがある。各々やる事もあるだろうと、この後は解散し、それぞれ現地集合の予定だった。


「ライトの野郎が前に酔っぱらって壊した村長の家の壁、修理代ツケにしてたんだと。代わりに払っておいてくれって頼まれた」

「ライト君、宿屋で帽子を借りて、そのまま借りっぱなしだったらしいの。返しておいてって頼まれちゃった」

「ライトさん、前にお世話になった教会で、産まれた犬の名付け親をする約束をしていたらしくて、私に代わりに命名よろしくって」

「・・・・・・なんというか、あいつは本当にもう」


 斧使いセオは思わず片手で顔を覆い、天を仰ぐ。


「セオさんは?」

「あいつの親の墓掃除を頼まれた。ついでに自分の名前も刻んでおいてくれ、と」

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勇者の首の後始末 七枕なな @aaaankoromochi

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