花は月と太陽を結ぶ
くもり そら
輝き出したのは、あの時からだ。
「明日、新しいバイト来るから、お前、指導やれよ」
シフトを終え帰ろうとすると、店長からの無茶振り。
よくあることだが、あまり人と関わりたくない僕にとっては面倒でしかない。
「……わかりました」
だが、逆らう方が面倒なことになるので仕方なく受ける。
うちの店はブラックで、近所の大学の学生の間でもかなり有名だ。
給料が安い、店長がパワハラ気質、休みの希望が通らない、勤務時間延長当たり前、など。
ただ、内装がおしゃれ、料理が美味しい、流行りの料理をすぐメニューに追加する、など若者ウケがいい。
そのため、毎年目を輝かせたバイトが入ってきて、1、2ヶ月ほどで輝きを失って去っていく。うちの店の春の恒例行事だ。
今回のバイトもどうせすぐ辞めるだろう。
1、2ヶ月でいなくなるのだから、僕の仕事が増えるだけだ。それでバイトが辞めたら、僕の指導が悪いせいだと怒鳴られる。
「……はぁ、面倒だ」
僕の独り言は梅雨の気配を感じる空に消えていった。
曇天の重苦しい空気の中バイトに向かう。
店に入ると店長は「遅い!」と店の掃除をやるよう怒鳴った。
新しいバイトのために、いつも以上に早く来ているのだが。
素早く制服に着替え、店内を隅々まで掃除する。店長は無駄に目が良いため塵一つ見逃さない。
いつも通り小言を言われながら掃除を終え、道具を片付けていると店長と女性の話し声が聞こえた。
例の新しいバイトだろう。
挨拶しようとホールに向かった。
そして彼女の姿を視界にとらえた瞬間、僕は息を呑んだ。
「初めまして、
明るいけど甘すぎない、耳に心地よく入ってくる声。
ツヤツヤした黒い髪。
ぱっちりした二重に小さな口。
まるで白雪姫のような彼女に目を奪われた。
僕が輝き出した瞬間だった。
あれから挨拶や指導をしたものの、どうやったか思い出せない。
なんとかバイトはこなせたが、上の空になってしまい、さっき皿を落としかけた。
今日は営業時間が終わったらすぐに帰れる。最初だけ良くしておいて後から待遇を悪くする、店長のいつもの手法だ。
いつもならうんざりするが、今日は立花さんと早く離れられることにホッとした。
彼女が来てから自分の様子が違うのはとっくに自覚している。
動悸が止まらないし、目も合わせられない。
この気持ちが何なのか理解できるが認めたくないのだ。
「あの、
「あぁ……はい、そうです」
「もしよかったら、一緒に駅まで行ってくれませんか?」
……何だって?
戸惑っているうちに立花さんは、すたすたと店を出ていった。
……しまった、断りそびれた。
一緒にいたくはないが、無視して別の道から行くわけにもいかない。
仕方なく追いかけ、でも少し後ろを歩いた。
「……美陰さんって恋人いますか?」
「っ!?……いません」
唐突な話題に狼狽えながらも、何とか答える。
「そうなんですね。……よかった」
それは小声だったが僕にはしっかり聞き取れた。
よかったなんて、まるで狙っているみたいじゃないか。
「……そうですよ」
「えっ」
「そういうことなんで私、……これからめっちゃアタックしますから!」
そう高らかに宣言すると、立花さんは一人で走っていった。
……アタックするって本気か?
というかなんで僕に?
驚きと戸惑いで僕はしばらくその場から動けなかった。
雲間から差し込む光に照らされながら、遠ざかっていく立花さんの後ろ姿をボーッと見つめていた。
次の日から立花さんはあの言葉通り、猛アタックしてきた。
「美陰さんの好きなタイプってなんですか?」
「よければ一緒に帰りませんか?」
「お菓子作ってきたんでよければ食べてください」
バイト前や後にしょっちゅう話しかけてきた。
周りから見ればしつこく、うんざりするほどだったが、僕は満更でもなかった。
1ヶ月もすればしょっちゅう一緒に遊びに行っていた。
内容は決まって買い物やスイーツ巡りだった。
特にクレープが好きみたいで、いつも決まった店のチョコバナナを持って待ち合わせ場所に来ていた。
「バラって本数ごとに意味が違うんですよ」
立花さんは花が好きで、よく花柄や花のモチーフのアイテムを買っていた。ガーデニングが趣味らしく、花の苗も買うこともあった。
花言葉にも詳しく、たくさんの花言葉を教えてもらった。
バイトの時のしっかりした雰囲気と違って、リラックスした柔らかな笑みを浮かべる立花さんにドキドキしっぱなしだった。
時々ボーッとして「聞いてますか?」と不機嫌そうにする表情にもときめいた。
この1ヶ月で思いはどんどん溢れ、自覚するまでもなく、認めざるをえなかった。
ある日、勇気を出して自分から誘った。
実家が海なし県だったため、生で海を見てみたいと言った立花さんのために、海までドライブした。
ちょうど日が沈む時間で、はしゃぎながら砂浜の駆け回り、輝く姿を目に焼き付けていた。
「美陰さん、連れてきてくれて、ありがとうございます」
振り返り微笑む姿に心を奪われ、僕の背中を後押しした。
「……立花さん」
用意していた12本のバラを差し出した。
臆病すぎて言葉に出せないが、立花さんならわかってくれると思った。
立花さんは驚きの表情を浮かべながらも、バラを受け取ってくれた。
「……よろしくお願いします!」
立花さんはうっすら涙を浮かべ、嬉しそうに僕に抱きついた。
僕は力いっぱい抱きしめ返し、想いが通じ合ったことを確かめた。
「私が
彼女のその一言で服屋に来た。
今日は一人暮らしの僕の家でゆっくり過ごす予定だったけど、振り回されるのも悪くない。
「こんなの似合うんじゃない?」
陽奈が選んできたのは、淡い黄色のシャツ。
今まで着たことのない色に不安を感じたが、陽奈は熱心に選んでくれた。
出来上がったのは黄色いシャツを主軸にした、派手すぎない清楚なコーデ。
意外にも僕に似合っていて、陽奈のセンスに感心した。
それから一度大学にこの服を着ていくと、意外、似合っている、見直した、としょっちゅう話しかけられ、再度感心した。
この服はデートの時にだけ着ていくことにした。
「流星群見に行かない?」
もうすぐで日が変わる頃、突然の電話でそう言われた。
どうやら今日はペルセウス座流星群がよく見える日らしい。
急いで準備をして指定された場所に向かった。
山の方にある人気のない小さな丘に着くと、彼女はすでにいて大きく手を振ってきた。
横並びに寝転ぶとまもなく、多くの流星が流れるのが見えた。
次々と流星が空を駆け巡り、息を呑んだ。
2人ともただ流れていく流星を、黙ってずっと見ていた。
「……そろそろ帰ろっか」
しばらく見続けて眠くなったのか、陽奈があくびをしながら体を起こす。
僕も体を起こしながら、用意していたものを差し出した。
「これ、この間の服のお返し」
陽奈が袋を開けると、オレンジのガーベラのヘアピンが手に転がり落ちた。
「……嬉しい」
陽奈は噛み締めるように呟くと、髪にヘアピンをつけた。
「似合う?」
だが、星あかりしかないこの場所ではよく見えず、わからないよと笑い合った。
「また流星群見に行こうね」
数ヶ月が経った。
世間はすっかりクリスマスムードで、ケーキやチキンの広告をよく見かける。
だが、陽奈はあまり興味がないみたいで、いつも通りチョコバナナクレープを食べている。
今日はふたご座流星群を見るのだが、それまでは暇なので一緒に適当に街をぶらつく。
信号待ちをしているとギャンギャンと子どもの泣き声が聞こえる。
見てみると幼稚園ぐらいの男の子がショーウィンドウを指差し、母親がそれをいさめていた。
欲しいものを買ってもらえず、泣いているらしい。
でも母親がいるしすぐに諦めるだろう。
そう思い視線を前に戻した。
右側から車が猛スピードで走ってくるのが見えた。
すると交差点に入ってくる瞬間、さっきの男の子が道路に飛び出した。
買ってもらえず、癇癪を起こしたのを母親が止められなかったのだろうか。
男の子は車に気づいていない様子で、車もブレーキが間に合いそうにない。
周りの人々から悲鳴が上がる。
これから起こることに恐怖を感じ、咄嗟に目をギュッと瞑った。
ドンッ
鈍い音がして、おそるおそる目を開ける。
男の子は尻餅をついていて、驚きのあまり固まっているが無事なようだ。
ところが、悲鳴は収まるどころか、ますます大きくなっていく。
そのとき、ようやく僕の隣にあったあたたかな気配が消えていることに気づいた。
……陽奈がいない。
足元にはチョコバナナクレープが無惨な姿で落ちている。
……まさか。
嘘だと願いつつ左に視線を向ける。
そこには車に吹っ飛ばされ、道路に横たわる陽奈がいた。
ふたご座流星群は見られなかった。
スマホの写真フォルダを見返しながら、陽奈との思い出を辿る。
全て半年の間に起こったこととは思えないほど、濃い日々だった。
あれから僕はやつれまくって、周りから人がいなくなった。
勉強もバイトも手がつかなくなり、大学とバイトを辞めた。
食事も喉を通らず、心配した両親に帰るように勧められ今は実家にいる。
「兄さんさ、彼女さんが亡くなって悲しいのはわかるけど、ずっと引きこもりなのもどうかと思うよ」
妹の
でも、もう関係ない。
心配してくれている家族には申し訳ないが、もう決めた。
「鈴華、明日車で海まで送っていってくれないか」
「はあ?なんで?私免許取り立てだから、まだあんまり運転したくないんだけど」
顔をしかめて渋っている。でも鈴華にやってもらわなくちゃいけない。
「ていうか、兄さんも免許取ってるんだから自分で行けばいいじゃん」
「僕1人だと車がそのままになる、さすがに親の車借りて見つかるまでそのままってわけにはいかない」
「……兄さん」
鈴華は黙り込み、静寂が僕らを包む。そのままずいぶん長い時間が経ち、
「……わかった、明日ね」
「……ありがとう」
鈴華は了承してくれ、すぐに車でどこかに出掛けていった。
運転の練習に行ったのだろうか?
「……着いたよ」
鈴華の運転は初心者とは思えないほど、丁寧で快適な運転だった。
海は夕日に照らされ輝いている。
「……ありがとうな」
お礼を言って、シートベルトを外す。
「ちょっと待って」
ドアを開けようとすると鈴華が止めてきた。
「これあげる」
鈴華がカバンから取り出したのは高級感のある青い箱。開けると白い花があしらわれたブレスレットが2つ入っていた。
「それブライダルベールっていう花。彼女さんにも渡してあげて、……花言葉詳しいんでしょ」
……なるほど、わかっていたんだな。
「……ありがとう」
もう一度お礼を言って車を降りた。車はすぐに走り去って行った。
あのとき選んでくれた服で、あのとき告白した砂浜に立つ。鈴華にもらったブレスレットも陽奈の分も一緒に左腕につける。
12月で服装も寒いし、海も冷たいけど問題ない。
そのまま海に入って進む。
だいぶ深いところまで来ると、足がつかないところまで少し泳ぐ。
…この辺りでいいだろう。
「陽奈、今からいくよ」
息を吐き、体に力を入れて沈む。
もうこの世界にいる意味なんてない。
太陽がいない世界に、僕の存在意義はない。
だって──
輝かない月なんて、いらないから。
12本のバラ:私と付き合ってください
オレンジのガーベラ:あなたは私の輝く太陽
ブライダルベール:あなたの幸せをねがう
花は月と太陽を結ぶ くもり そら @kumori_sora
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