お嬢様学校、その本性は茨の園。

にゃみ3

第1話


 午前、七時三十五分。


「ごきげんよう、いつもお疲れ様です」


 正門の両脇に立つ守衛さんたちへ、今日も笑顔で挨拶をする。

 そう、心から、いつも助けてくれてありがとうという感謝を込めて。


 彼らは単なる不審者から学園を守る守衛さんというより、私たちにとってはもはや駆け込み寺のような存在だった。


 トイレでハエが居た時、熊蜂が教室に乱入した時、階段に鳩が居た時。頼れるのは、いつだって守衛さんだった。


 淡い水色のワンピース型制服の裾を揺らし、ダークブラウンの制靴を石畳に響かせながら歩を進める。

 大きな鉄門を抜け、緑の木陰に囲まれたレンガ道を渡った先にあるのは、学園の象徴である聖母像。


 今の季節では、美しいイエローローズが満開で、純白な像に光を与える印象を覚えた。


 この学園に足を踏み入れるためには、誰もが一様に立ち止まり、聖母像に祈ることが作法だった。


 私も入学時に教えられた通り、十字を切り、胸の前で両手を組み、そっと瞼を閉じる。


「父と、子と、聖霊の皆によって――」


 口では美しい祈りの言葉を紡ぎながらも、胸中で叫ぶのはまるで別物だった。


(お願いだから、赤点は取りませんように!!)


 これは私、高等部二年、立花雫に限った話ではない。


 聖母像を囲むようにずらりと並ぶ生徒たちは、普段ならば歩きながら片手で十字を切る程度だ。

 しかし、中間テスト当日の朝だけは違った。皆、そろって本気で祈りを捧げ、神にすがりつくのだ。少しでも点数が良いように、と。


 神頼みだろうと、ジンクスだろうと関係ない。日本人が宗教に疎いように、私たちだって「合格祈願」と名が付けばなんだって信じるのだ。


 私の通うこの学園は、市内で一番と謳われるお嬢様学校。

 幼稚園から高校まで、在籍するのは女子ばかり。教員や職員を除けば、たった一人も男子は存在しなかった。


 そう、ここはいわゆる麗しき女の花園!!


 ……の、はずなのだが。


「ハッ、貴女たちって本当にお育ちが悪いのね?」

「そういうアンタこそ、なに澄ましてんの? ウケるね」

「はい? 澄ましてるも何も、これが素なのだけれど?」


 この争いの全ては、高等部に進級してから始まった。


 私立である我が校には数名ながらも『外部生』が入学してくる。『内部生』と『外部生』、その対立は実にやっかい極まりないもので、入学から一年半たった今も、双方のいがみ合いは続いていた。


 一見、口調や態度の悪い外部生の方が性悪に見えるが、実際は全くもって違う。


 憎たらしい言葉を美しく並べ立てる天才とでも言おうか? 蝶よ花よと大切に育てられた内部生は、美しい言葉遣いを武器に戦うのだ。それはもう、ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて。


 まさに彼女たちは、お嬢様学校の制服という名の輝く衣装に包み隠された棘。美しく咲き誇る、薔薇の棘よ!


 そういう私はというと、幼稚園の頃から内部生としてこの学園に通っていたため、薔薇の棘様方から敵意を向けられることはない。


 しかし、だからといって安心できるわけでもなかった。極力目立たないように、私は死んだネズミのごとく息をひそめて毎日を過ごしていた。


 ……のだが、残念ながらこの麗しき花園に平穏な日々など存在しなかった。


 嵐の前の静けさという言葉があるが、そんな余裕すらなく、毎日毎日毎日!。頭を抱えて対応に追われる先生に同情してしまうほど、クラスメイト達は皆、とんでもない問題児だったのだ。


「ふえええん~! ……これよ、これ。分かった? 雫。とりあえず話し合いの前は沢山水を飲むこと。それでも涙が出ないなら、恥ずかしいぐらいのえずき声を出して両手で顔を覆うのよ。こういうのは、泣いたもん勝ちなんだから」


 嘘泣きが得意な子。


「せんせ? わたし、これわからないです♡ ……とまあ、こんな感じで上目遣いしとけば、あの数学教師は当ててこないから」


 男性教師に甘え上手な子。


「姉妹校の男子校生と合同って、それ本当なの?! もうそれ、ゴミ拾いボランティアという名の合コンじゃない! 雫、一生……いや、一年に一回のお願い! あ、やっぱり半年……って、ああ、もう何でもいいからお願い! 一緒に来てよ〜!」


 恋愛に必死になる子。


 ……といった具合に、少人数制の女子学校のくせに個性が爆発している生徒ばかりの私たちのクラスは案の定壊滅的だった。


 聖歌合唱コンクール、体育祭、フェスタ。

 行事があるたびにもめて、もめて、もめ抜いた。


「普通ならば半年も経てばよくなるものなのだけれど、貴女たちのクラスは失敗だったみたいね」


 ついには、神と結婚した清き人である学園長のシスターに、「ウフフ」という笑みを零されながらそう宣告されてしまった始末だ。


 この学園が本当に「麗しい花園」だというのなら、それは咲き誇る薔薇で誘い込み、その鋭い棘でズタズタに傷つけてしまう地獄の園だろう。


 だけど、私はこの地獄の園をそれなりに気に入っていた。時間が止まり、一生ここに留まっていたいと思えてしまうほど。


 私のクラスメイト達は、確かに人一倍性根が悪く、意地っ張りで、人を蹴落とすことばかり考えるクズみたいな性格だ。


 しかしその分、彼女たちは人一倍負けず嫌いであり、いざ手を組めば恐ろしいほどの力を発揮した。だからこそ、行事では毎度の如く金賞をさらってきた。


 普段は敵意をむき出しにして足を引っ張り合う彼女たちも、その瞬間だけは『内部生』も『外部生』も関係なく、一つの剣となって戦ったのだ。



 いつの日か、私たちがもう少し大人になれた時。互いを傷つけ、涙し、笑い合ったこの日々のすべてが愛おしい青春の記憶として胸に蘇るのだろうか?


 もちろん、今はまだ子供な私にはさっぱり分からないことだけど。



 由緒正しき名門女子校。

 そこは決して、美しく、麗しい女の花園ではない。

 睨み合い、騙し合い、時に手を取り合う、殺伐とした戦地のような場。


 私は、そんな茨のような学園を心から愛している。

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お嬢様学校、その本性は茨の園。 にゃみ3 @tyu3

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