シケイシュウ ハ シケイズキ
渡貫とゐち
第1話
一日一殺、一千日。
述べ、一千人の人間が殺された。
魔法でなければ災害を利用したわけでもない。
こつこつと、ひとりひとり心臓を突き刺して殺している。
一日一人。
しかも単独犯である。
殺人鬼――デーモン・クラフト。
彼は王国の歴史上、最も凶悪な犯罪者である。
デーモン・クラフトという名も通称であった。悪魔のような男、と周りから見られ、付けられた名前だった。本当の名は誰も知らない。とうの昔に捨てていた。
本人でさえ、自身の名前を覚えていない始末だ。
……悪魔のような男。
デーモン・クラフト……、世界最多の人間を殺した殺人鬼。
現在、彼は死刑囚となっている……
彼の死刑は迷うことなく決められた。
国王から、彼の首を落とすように、と命じられたのはまだ若い騎士だった。
その騎士も身内を殺されていた……疎遠になっていた父親だ。
喧嘩別れをし、疎遠になっていても父だ。彼の中にも怒りがある。
デーモン・クラフトによって殺された、一千の中の一人。
「……いいんですかね」
「なにがだ?」
宿舎で出会った師匠に相談をした若い騎士。
彼に死刑執行を命令したのは国王だが、彼に伝えたのは師匠だった。
「あいつを、あっさりと殺してしまって、です……それでデーモンのやつは……。一千人の死者は、救われるんでしょうか……?」
「死んだ人間は生き返らない。救われもしないだろうな。神を否定しているようなものだが、仕方ない。私は神を信じない人間だしな」
師匠のその言葉は危険な発言だったが、ふたりきりの個室だ。扉に耳を当てて盗み聞きをされていないければ問題ないだろう。
神を信じない人間もいる。
しかし、信仰している人間からすれば敵だろう。
「死んだら終わりだ……無、なんだよな」
「……だからこそ、殺して終わりなら……デーモンはただ快楽を得ただけになるのではないですか? もっとこう、生きて罪を償わせるべきというか……」
「一千人を快楽で殺した人間に、改心する気があると思うか? そんな心が、ヤツにあるとでも? ……無意味だ。ヤツのためになにをしようと、ヤツはなにも変わらん。ヤツを恨む国民はさっさと殺せと言うだろう。今だってその声が多数だ。だから国王様は、早々に死刑を発表したのだろう」
牢獄に入っている彼を拷問し、デーモン・クラフトの、一千人の殺害理由を聞きたかったが、彼ははぐらかしてばかりだった。
本音を言うつもりはないのだと、誰もが諦めていたが……、――彼はずっと『本音』を言っていたのだ。
殺したかったから殺したのだ。楽しかったから、やめたくなかったから――やめられないのではなく、やめたくなかった……続けたかった――
精神病ではなく、本当に殺人に快楽を感じている。
さらに、自身の痛みも快楽と感じているようだった。
そのため、拷問は快楽にしかならない。
……彼を喜ばせてどうするのだ。
デーモン・クラフトはどうしようもないクズだった。だから死刑、なのだ。
「だけど、あいつは言っていました……死刑が楽しみだ、って……」
「強がりだろう。死が怖くない人間なんていないさ」
「かもしれませんが、今のところは強がっているようには見えず……。水責め、火炙り、首絞め……。どの拷問も、あいつは喜んでいたんです。……やっぱり、死刑も……」
恐らく、罰にはならないだろう。
そもそも殺人を罪とは思っていないはずだ。
彼から感じられるはずの罪悪感が、一欠けらもなかった。
「だが、死ぬ寸前になればヤツも後悔するはずだ。……そういうものだよ」
「そういうもの、ですかね……」
どんな大悪人でも、死刑と知って笑っていても、最終的には後悔を顔に浮かべていた。
死にたくないと叫び、そして首を落とされ、あの世へ向かった。
デーモン・クラフトも、首が落ちる寸前になればきっと…………
「…………」
若い騎士は不安を残しながらも、死刑執行日を待った。
そして当日。
死刑執行の日がやってくる。
国の中心、国民の全員が集まっただろう広場には、高い死刑台。
階段を上がり、死刑台に座ったデーモン・クラフトは、こけた顔をしていた。
衰弱しているように見える……、死に、絶望していた……?
――わけではなく、単純に食事が少なく、空腹だっただけらしい。
鳴き続ける腹の虫。
彼は笑っていた。
そして、騎士が持つ剣を見て、デーモン・クラフトは頬を赤くさせた。
「そ、その剣でずばっとやってくれるんだよな……? ははっ、楽しみだ……どんな力具合なんだ? ひと思いにやってくれるのか、焦らすのか、皮一枚が繋がったところで止めてくれるのか……!? オレはその時、どんな痛みと出会い、どんな感情を見せるのか……いぃひひっ、楽しみだぁっ!!」
「……強がるな、デーモン・クラフト。お前はもう、死ぬんだぞ?」
「知ってる。だぁかぁらぁッ、わくわくが止まらないんだろうがッ!!」
「ッ、これからっ、死ぬんだぞ!? ほんとに分かってるのかッッ!?!?」
「ああ、望んだことだ――さあッ、早くオレを殺してくれよッ。待ち侘びたんだ――ぃあひっ、脳汁が、どっばどばぁだぜぇ!!」
首が落ちる寸前に絶望するだろう、なんて甘かった。
彼は死を、本当に恐れていなかった。
デーモン・クラフトは、わくわく、と声を跳ねさせて期待している。
試しに、剣で薄く、彼の皮膚を斬ってみた。
刃が肉に食い込んだ瞬間、デーモン・クラフトはびくんと体を震えさせ、快楽に喜んでいた。
「あぁ……これだよぉ……きくぅー」
「ッ、国王っ、やめです! ダメですこいつ、殺してもご褒美にしかなりません!!」
「……やれ。さっさと殺してしまえぇっ!!」
だが、国王は冷たい瞳で。
国王のひとり娘も殺されているのだから当然だった。
ご褒美であっても、生きているよりはマシだ。だからさっさと殺したかった――
国王にはその心理しかなかったのだ。
デーモン・クラフトのためにならない。
だから生かしてさらに苦しませ、反省させようという手も使わない。
視界に入らないよう、殺して埋めてやりたい……――それが国民の総意だった。
更生を望む人間なんか、どこにもいなかった。
「早く早くぅ、殺してくれよぉっ!!」
「……こんなの、こんなのって!! こいつの勝ち逃げじゃないかァッ!!」
国王の命令に、若い騎士は抗えず、彼は剣を振って首を落とした。
デーモン・クラフトは笑ったまま……あの世へ向かっていった。
一千人の死者に追加されるように、一千一人目として。
彼は地獄へ落ちてくれただろうか。
……天国も地獄もないのだとしたら、彼の死後は、満足の人生を振り返ることになりそうだ。
「きっと、生かすことが罰だったんだ……」
血濡れた剣を握り締め、騎士が呟いた。
彼は手が震えていた。
肉を断つこと、首を落とすこと、命を……刈ること。
たった一振り。
それだけで、彼のトラウマになってしまった。
最期まで、デーモン・クラフトは悪魔だった。
若い騎士の将来を奪い、拭えない恐怖を置いていく。
普通に死んでいくこともしてくれない。
死んでもなお語り継がれ、彼の存在は記録にも記憶にも深く刻まれることとなる。
・・・ おわり
シケイシュウ ハ シケイズキ 渡貫とゐち @josho
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