くまのぬいぐるみ

夜虹

くまのぬいぐるみ

私の長男の幼き頃の話。

おもちゃ屋さんのお正月のイベントで

くじ引きがあった。


長男は、なんと特賞を当てたのだ。

飛び上がって喜ぶ長男。

賞品は、2種類のおもちゃから選べた。

1つは大きなくるまのプラスチック製のおもちゃ。もうひとつはおおきなくまのぬいぐるみ。

長男は大きなくるまのおもちゃを欲しがったが、私はくまのぬいぐるみを選んだ。

長男は不服そうには見えたが、何も言わずに従った。


私はそれでいいと思った。

それどころか、我が家の車のシート一席分を占領するほどの大きなぬいぐるみにわくわくしていたようにも思う。


長男は、自分で特賞を当てた。

2種類のおもちゃを選ぶ権利は長男にあるのに

私がその権利を奪って

私にとって都合のいいおもちゃを選んだ。


理由はもっともらしく

「弟に危ないから」という理由で。


ならば、「弟はまだ赤ちゃんで、くるまのおもちゃは危ないから、「私は」くまのぬいぐるみにして欲しいが、「あなたは」どうしたい?」

と私の意見を伝えて

長男の意向を尋ねたのならまだよかったのに。


長男の特賞の喜びは、自分が欲しいものを自由に選べなかったネガティブな感情へ書き換えられてしまった。


私にはそのような、自己中心的で支配的なところがあった。無自覚なところもあの人にそっくりだ。

この世で一番似たくないあの人に。


反面教師として子育てをしてきたつもりだったのに。なぜ?どうして?どこで間違えた?


長男に

「お兄ちゃんだから我慢しなさい」

と言わずに、我慢させる手口が天才的過ぎて、それが母親そっくりで。


それに気がついたときの

衝撃と悔しさと申し訳なさといったら...

言葉にならない。


私の子どもたちは、すでに成人していたのだから。


20歳を過ぎた長男は

今でも鮮明に覚えているようだ。

幼き頃の悔しかった、悲しかった気持ちが、いまだに彼のお腹の中に住んでいるのだろう。


今の私が、今の長男に

「自由に選ぶ権利を奪ってごめんなさい。」と言えば、彼の幼き頃の心は癒されるのだろうか?


私だけが、謝ることで過去を昇華しようとしているだけのような気がして、

どうしたらいいのかわからない。


過去は変えられない。

今からでも、対等な新しい関係性を長男と構築していけるのだろうか。


私は息子たちの幸せを願う。

仮に、私が息子たちと一生会わないことが

息子たちにとっての幸せならば、喜んでそれに従うだろう。


今も一緒にそばにいてくれる息子たちは

過去に囚われず今を生きているように見える。

たくさんの気づきを与えてくれる息子たち。どうか幸せな人生を切り拓いて下さい。

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くまのぬいぐるみ 夜虹 @agomi

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