第18話 届かない歌詞(メッセージ)
ゲームセンターでの激闘を終え、私の腕には雫が獲ってくれた猫のぬいぐるみが、そして光ちゃんがゲットした巨大な犬のぬいぐるみが抱えられていた。もはや、ただの女子高生の休日ではなく、移動動物園の様相を呈している。
「はぁ、はぁ……やりました、茜先輩……! これで、私も先輩に……!」
「うん! よく頑張ったね光ちゃん!」
ぜえぜえと息を切らす光ちゃんの頭を、私はわしわしと撫でてやった。
(雫への愛の力、恐るべし……!)
私は二人の熱い恋のバトルに、すっかり感銘を受けていた。
しかし、このままではいけない。二人の恋は、どうも物理的な衝突が多い。もっと、こう、情緒的なアプローチも必要なのではないだろうか。
プロデューサーとしての私の勘が、そう告げていた。
「よし! 次は、カラオケに行こう!」
私の鶴の一声で、私たちは薄暗いカラオケボックスの一室にいた。
ドリンクバーから持ってきたメロンソーダを飲みながら分厚い曲目リストをめくる。
「さあ! 今日は無礼講だよ! 日頃の想いを、歌に乗せてぶつけちゃおう!」
私がそう言ってマイクを握ると、光ちゃんが「はいっ!」と元気よく手を挙げた。
「トップバッターは私に任せてください! この歌を、茜先輩に……じゃなくて! えーっと、ここにいる誰かさんに、捧げます!」
光ちゃんはそう言って、超人気アイドルグループの、アップテンポなラブソングを熱唱し始めた。
『君の笑顔は太陽みたい!』
『一目見たその日から、もう夢中なの!』
なんて、まっすぐで情熱的な歌詞。
光ちゃんは、歌いながら、ダンスまで完璧に踊っている。その姿はキラキラしていて、本当のアイドルのようだ。そして、その視線はちらちらと、私の隣に座る雫に向けられている。
(うわー! すごい! すごいアピールだ!)
私は大興奮で、タンバリンを叩きながら合いの手を入れる。
(雫! 見てるか! これが光ちゃんの、君へのまっすぐな気持ちなんだぞ!)
歌い終わった光ちゃんに、私はスタンディングオベーションで拍手を送った。
「最高だったよ、光ちゃん! 想い、伝わったんじゃないかな!?」
私が隣の雫に肘でつつくと、雫は無表情のまま、ぱちぱち、と小さく拍手をした。
「……次は、私」
雫はそう言うと、静かに立ち上がり、デンモクを操作した。
画面に表示されたのは、しっとりとしたバラード。失恋ソングとして有名な、伝説の歌姫の曲だった。
(え、失恋ソング? なんで?)
私が不思議に思っていると、静かなイントロが流れ始め、雫がゆっくりと歌い出した。
普段のクールな彼女からは想像もつかないような、切なくて、透き通るような歌声。
『こんなに近くにいるのに、あなたは、まるで私に気づかない』
『あなたの瞳に映るのは、私じゃない、他の誰か』
その歌詞は、まるで雫自身の心の叫びのように、私の胸に突き刺さった。
雫の視線は、まっすぐに、私にだけ向けられている。その瞳は、悲しそうに潤んでいるように見えた。
(―――はっ!!!)
その瞬間、私は全てを理解した。
これは、失恋ソングじゃない。片想いの歌なんだ。
光ちゃんへの想いが、なかなか伝わらない。すぐそばにいるのに、光ちゃんの目には、私という名の潤滑油しか映っていない。そんな、雫の切ない気持ちを歌っているんだ。
(雫……! なんて健気なんだ……!)
私は感動のあまり涙ぐんでしまった。
歌い終わった雫が、マイクを置く。私は涙を拭いながら力強く頷いた。
「雫……! 伝わったよ! すっごく、気持ち、伝わった!」
私がそう言うと、雫の表情が、ほんの少しだけ、ぱあっと明るくなった。
「……本当?」
「本当だよ! 大丈夫、きっとうまくいく! 私が保証する!」
私が力強く彼女の手を握ると、雫は、本当に嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
その背後で、光ちゃんが「むむむ……」と、なぜか悔しそうに唸っている。きっと、雫の歌唱力にライバルとして嫉妬しているんだ。
よし、このいい雰囲気のまま、最後の仕上げだ。プロデューサーとして、最高の舞台を用意してあげよう。
「じゃあ、最後は! 二人でデュエットだ!」
「「えっ!?」」
私がデンモクに打ち込んだのは、超有名な男女の甘いデュエットソング。
「ほら、二人とも! マイク持って!」
強引にマイクを握らせると、雫と光ちゃんは、顔を見合わせたまま固まってしまった。
「さあ! 愛のハーモニーを、私に聴かせておくれ!」
私が満足げに見守る中、気まずいイントロが流れ始める。
そして、顔を引きつらせたまま、二人は全く息の合わない、史上最悪のデュエットを披露することになるのだった。
私のラブコメにみんなは必要ないの!絶対に!〜親友が誰かに告白するって聞いてたけど、その相手ってまさか……私なんかい!!〜 咲月ねむと @onikami-yuuki
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