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 更なる証拠と自供を得て、伊藤の容疑は更に確定的なものとなった。明日中には特例施設入居者保護法違反による再逮捕が見込まれている。

 また、施設周辺に備えられた防犯カメラの記録などから、入居者たちの水死についても事故であった可能性が高いと結論付けられた。

 これらのことから、特任捜査員による捜査は終了する運びとなった。

 再三の捜査協力に対し礼を述べると、須藤支部長は神妙な顔をした。

「彼は、どうしてそんなことをしたのでしょうか?」

「それは僕からは回答しかねますので、裁判をご確認ください」

 須藤支部長は何か言いたそうな顔をしたが、呑み込んで「そうですか」とだけ返した。


 なお、自供や証拠により導き出された結論として、彼の犯行動機はストレス解消であった。

 彼のSNS等を確認したところ、二年半ほど前に『何故俺は五分の一にならなかったのか』という旨の内容を書き込んでいた。この五分の一というのは、特例施設で生まれた後、そのまま特例施設で暮らすことになる人間の割合である。

 つまり彼は、特例施設の入居者を羨んでいた、と考えられる。

 彼が特例施設で働き始めたのは、その書き込みをする半年ほど前のことだ。実際の入居者を目の当たりにする機会が出来てから、彼は特例施設で暮らしている人間を優遇された存在だと認識し、苛立ちを募らせていたようだ。

 伊藤を苛立たせたのは、彼らが想定外に幸せそうに暮らしていたことであったらしい。

 入居者の幸せは、支部長やら関係者が目指したところである。そしてその努力は、人権活動家を黙らせる程度には成功を見せていたのだが、一方で妬み嫉みを生み出すことにもなったようだ。

 こんなに頑張って生きている自分が不幸なのに、さして努力も苦労もしていないあいつらが幸せそうなのはどういうことなのか?

 そう思いながら暮らしていた彼は、他の複数の男性職員と同じように、彼らの部屋を盗み聞きしていたのだが、その中でナギとミサナが奪われた子について嘆く声を聞いたそうだ。

 彼はそれを聞いて腹を立てた。恵まれているお前らが不満を吐くな、と。

 そして、ちょっと揶揄ってやろうと思って、手紙を送ってみた。

 手紙を送る度に、壁越しに様子を窺った。手紙の内容に驚いたり起こったりする彼らの反応は面白かった。

 そして思った。外を楽園か何かだと勘違いしている連中が、実際に外に出て苦労したら面白いぞ、と。

 そしてライターを送り、脱走するルートを教えた。証拠となるものは全て処分させるように指示した。

「あいつらが外で寒い思いをしたり、無銭飲食して逮捕されたりすればいいと思っただけなんだ。死ぬなんて思ってなかった!」

 伊藤は何度もそう弁解した。

おそらく嘘ではないだろう。伶久自身も犯したミスであるが、一般社会に暮らす者たちにとって、入居者たちがいかにか弱い存在であるかを想像するのは難しい。

 だからといって、彼に同情の余地があるとは思えない。

 伊藤の証言の意味するところは、入居者が脱走に失敗することまでは織り込み済みで、その失敗の仕方が想定よりも酷かったということだ。『わざと転ばせてやったら大怪我をした、そんなつもりはなかったんだ!』と言っているようなものである。

 まあ、その辺りを判断するのは検察や裁判所の仕事である。伶久は求められた時に証拠や証言を提出するだけでいい。余計なことは考えないようにするのが、伶久の生存戦略だ。


 AIと違い、余計なことを考えてしまうのが人間である、ゆえに伶久は人間的に問題があると相棒は言う。

 けれど、この世は詮無きことだらけである。

 例えば、特例施設の入居者らは可哀そうな存在なのだろうか?

 特例施設を蟻塚になぞらえるのなら、外の社会で危険に晒されながら働き続ける一般市民は働きアリであり、税金で養われ子を産み続ける入居者は女王アリ、つまり特権階級なのではないか?

だとすると、伊藤の妬み嫉みは、持たざる者の正当な怒りだということにならないか?

――なんて考えは、仮に頭を過ったとしても突き詰めてはいけないのだ。

 余計なことを考えたせいで、自由なはずの外の住人が、自らの立場に不満を感じる。余計なことを教えられたせいで、幸福をお膳立てされた入居者が、自らの扱いに怒りを覚える。

 本件は、そういう不毛な事件だった。

 無知は時に残酷な結末をもたらすものであるが、知恵もまた、時にどうしようもない結果をもたらすものだ。

 ……素直に社会に飼われとけばよかったのに。

「ねえウルさん、家猫と野良猫、どっちが幸せだと思う?」

 運転席に寝そべりながらつぶやくと、相棒はスピーカーから答える。

『下らないこと言ってないで目を開けなさいよ。慣れると酔わないわよ』

 そのプロセスが無理なのだ。伶久は薄目を開けて前を見る。

 フロントガラスの向こうに、見覚えのあるロゴマークがある。

「……ウルさん、寄り道する」

『あら珍しい。一時間くらいなら問題ないわよ』

「そんなかからないよ」

 伶久は、すぐそこにあるカフェチェーンの駐車場に入るよう指示した。

 車の合成音声が『ルート変更を受け付けました。到着予定時刻は今から1分30秒後になります』とご丁寧に説明する。


 伶久がテイクアウトしたのは、期間限定メニューのダークティラミスフラッペだ。

 自動運転で車を出しながら、伶久はフラッペを啜る。甘いが、見た目から想像していたより苦みが強い。

『美味しい?』

「……苦くて……甘くて、あと冷たいな」

 はああ、と大袈裟なため息がスピーカーから聞こえた。

『三世代前のAIのほうがマシな食レポするわよ』

「そんな酷評する?」

『珍しく人間らしい気まぐれを見せたんだから、もっと人間味のある感想出せないの?』

 ただの人間が人間味を出して何が面白いのか。相棒の無茶ぶりに困惑しながら、伶久はフラッペをかき混ぜる。

 バックミラーを眺めれば、遠くに歪なシルエットが見える。

 このフラッペは、彼らにとって夢にまでに見た自由の象徴だったのか。

 一般的な教育を与えられず、蛇からも中途半端な知識しか与えられなかった彼らの夢見た自由とは、一体どういうものだったのだろうか。

「……自己責任の味がするよ」

『何それ』

 相棒の呆れ声を聞き流しながら、伶久は蟻塚が見下ろす街をあとにした。

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蟻塚とフラッペ 遠藤ヒロ @Endoh

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