最強おばあちゃん、私の恋を魔法で何とかしてください!

トムさんとナナ

最強おばあちゃん、私の恋を魔法で何とかしてください!

## 第一章 図書室の出来事


放課後の図書室は、いつもより静寂に包まれていた。


窓から差し込む夕日が、整然と並んだ本棚に長い影を落としている。


「あー、もう!」


黒川鉄心(てこ)は、返却された本の山を見つめて小さくため息をついた。


図書委員になって一か月。まだ慣れない作業に四苦八苦している。


「えーっと、これは文学、これは理科…」


分類しながら本を棚に戻していく作業は、意外と頭を使う。


てこは腕いっぱいに本を抱えて、文学の棚へ向かった。


そのとき、足元にあった鞄の紐に躓いてしまった。


「わっ!」


バランスを崩したてこの腕から、十数冊の本が宙に舞った。


パサパサと音を立てて床に散らばる本たち。


まるで秋の落ち葉のように、図書室の床一面に広がっていく。


「きゃー!」「大丈夫?」「すごい音!」


近くにいた生徒たちがざわめいた。


顔を真っ赤にしたてこは、慌てて本を拾い集めようとしたが、枚数が多すぎてどこから手をつけていいかわからない。


「あはは、黒川さんったら…」「ドジだなあ」


クスクスと笑い声が聞こえてくる。


てこの頬がさらに熱くなった。


こんなとき、自分の名前がもっと可愛らしかったら、少しは笑われ方も違うかもしれないのに。


「黒川鉄心」なんて、まるで男の子みたいで…。


「手伝います」


低く落ち着いた声が響いた。


てこが顔を上げると、見覚えのある先輩が無言で本を拾い始めていた。


佐藤鉄心。


文芸部に所属していて、よく図書室で本を借りていく三年生だ。


長身で品のある雰囲気を持つ先輩は、てこが密かに憧れている人だった。


その先輩が、今、自分のために…。


「あ、ありがとうございます」


てこも慌てて本を拾い始めた。


二人で作業すると、散らばった本はあっという間に片付いた。


「ありがとうございました。あの、お名前は…?」


もちろん知っているけれど、自然に会話を続けたくて尋ねた。


「佐藤鉄心です」先輩は穏やかに微笑んだ。


「僕の名前、『鉄心』って漢字なんですけど、気に入ってるんです。芯が強くて、意志が固いって意味があるから」


てこの心臓が高鳴った。


同じ「鉄心」でも、先輩が言うととてもかっこよく聞こえる。


「君の名前は?」


「え、えっと…」


とっさに本名を言えなかった。


「黒川鉄心」なんて、先輩と同じ漢字だなんて知られたら恥ずかしい。


それに、自分の名前のごつさが先輩の前では特に嫌だった。


「クロです」


咄嗟に出た愛称。


苗字の「黒川」から取ったものだった。


「クロさんですね。よろしく」


先輩は自然にその名前を受け入れてくれた。


図書室を出た後、てこは廊下を歩きながらその時のことを何度も思い返していた。


先輩の優しい笑顔、穏やかな話し方、そして「クロさん」と呼ばれたときの特別な気持ち。


本当の名前を隠してしまったことに少し後ろめたさを感じつつも、「クロ」という響きは自分でも気に入っていた。


可愛らしくて、覚えやすくて、何より先輩が呼んでくれた名前。



## 第二章 おばあちゃんの魔法


「ただいまー」


てこは学校から帰ると、まっすぐ隣の祖父母の家に向かった。


両親が共働きのため、放課後はいつもここで過ごしている。


「おかえり、てこちゃん」


縁側で編み物をしていた祖母が顔を上げた。


七十五歳とは思えないほど背筋がしゃんとしていて、いつも不思議な魅力を放っている人だ。


「今日はなんだか浮かない顔をしてるねえ」


「えー、そんなことないよ」


てこは慌てて否定したが、祖母の洞察力は鋭い。


縁側に腰を下ろすと、祖母は編み物の手を止めて孫を見つめた。


「恋の悩み?」


「え!?」その通りだったので、てこは驚いて声を上げた。


「やっぱりね。おばあちゃんには分かるのよ」祖母は得意そうに笑った。


「で、どんな子なの?」


てこは頬を赤らめながら、図書室での出来事を話した。


先輩のこと、本を散らかしてしまったこと、そして咄嗟に「クロ」と名乗ってしまったことまで。


「なるほど、なるほど」祖母は相槌を打ちながら聞いていた。


「それで、自分の本当の名前が恥ずかしいと」


「うん…。『黒川鉄心』って、男の子みたいでしょ?先輩と同じ漢字だし、なんだか恥ずかしくて」


「そうかねえ」祖母は首をかしげた。


「てこちゃんの『鉄心』は、とても素敵な名前だと思うけど」


「おばあちゃんが名付けたんでしょ?」


「ええ、そうよ。とても気に入ってるの」


そのとき、居間から祖父の声が聞こえてきた。


「おい、ばあさん。またてこに変なことを吹き込むんじゃないぞ」


祖父は新聞を読みながら、チラリとこちらを見た。


現実的で常識的な祖父は、いつも祖母の突飛な発言にツッコミを入れる。


「変なことって何よ」祖母は少し不機嫌そうに言った。


「いや、お前がてこの相談に乗るときは、いつも…」


「大丈夫よ、じいさん。今回はちゃんとした解決方法があるから」


祖母の目がキラリと光った。


てこは嫌な予感がした。


「おばあちゃん、まさか…」


「そう、魔法よ」


祖母は当然のように言った。


祖父が新聞を畳んで立ち上がる。


「また始まった。ばあさん、お前の『魔法』はいつも碌なことにならないだろう」


「失礼ね。前回のは大成功だったじゃない」


「てこの好きな男の子アイドルが学校に来るように『魔法』をかけたら、全く関係ない男子アイドルの等身大パネルが学校に迷い込んだだけじゃないか」


「あら、アイドルはアイドルでしょ」


「中身が大事だろう!」


てこは二人のやりとりを聞きながら、苦笑いしていた。


いつものパターンだ。


祖母の「魔法」は確かに存在するようだけれど、いつも微妙に的外れな結果になる。


「で、今回はどんな魔法をかけるつもりなんですか?」


てこが尋ねると、祖母は嬉しそうに手を叩いた。


「簡単よ。みんなが、てこちゃんのことを『クロ』って呼ぶようになる魔法をかけるの」


「え?」


「先輩だけじゃなくて、学校のみんなが、てこちゃんのことを自然に『クロ』って呼ぶようになるのよ。そうすれば、本名を隠している罪悪感もなくなるでしょ?」


確かに理屈は通っている。でも…。


「ちょっと待て」祖父が割って入った。


「それはおかしいだろう。てこの本名を知らない人まで、なぜ『クロ』と呼ぶんだ?不自然すぎる」


「大丈夫よ。魔法だもの。自然に感じるようになるから」


「いや、絶対におかしなことになる」


祖父は頭を抱えた。


てこも不安になってきた。


「おばあちゃん、やっぱりやめた方が…」


「もう遅いわよ」


祖母はにっこりと微笑んだ。


いつの間にか、両手で複雑な形を作っている。


「えいっ」


祖母が小さく呟くと、なぜか部屋の中に微かな風が吹いた。


「あ、ああ…」祖父が呻いた。


「また、やってしまった…」



## 第三章 魔法の効果


翌朝、てこは不安を抱えながら学校に向かった。


祖母の魔法が本当に効いているのか、それとも何も変わっていないのか。


「おはよう、クロちゃん」


通学路で同じクラスの田中美咲に声をかけられた瞬間、てこは固まった。


美咲は間違いなく自分のことを「黒川さん」と呼んでいたはずなのに…。


「お、おはよう…」


震え声で返事をすると、美咲は何事もないように笑顔で歩いていく。


学校に着くと、さらに不思議な現象が続いた。


「おはよう、クロ」

「クロちゃん、おはよ」

「クロ、昨日の宿題やった?」


クラスメイトたちが次々と「クロ」と呼んでくる。


みんな、とても自然に、まるで最初からそう呼んでいたかのように。


一時間目、担任の山田先生が出席を取り始めた。


「青木…はい」「石川…はい」「上田…はい」


順番に名前が呼ばれていく。


てこの番が近づいてくると、心臓がドキドキしてきた。


「黒川…あれ?」


先生は名簿を見つめて首をかしげた。


「くろかわ…くろ?くろさん?」


明らかに困惑している。


魔法の効果で、名簿の「鉄心」が「クロ」に見えているのだろう。


でも、読み方がわからないようだ。


「はい」


てこが手を上げると、先生は安堵の表情を浮かべた。


「ああ、クロさんですね。変わった名前ですが、素敵ですね」


クラスメイトたちも「確かに」「可愛い名前だよね」と口々に言う。


休み時間、てこは祖父母の家に電話をかけた。


「おじいちゃん、大変!魔法が効きすぎてるよ!」


「やっぱりか…」祖父の疲れた声が聞こえた。


「先生まで『クロ』と呼んでいるのか?」


「うん。名簿を見ても『クロ』としか認識できないみたい」


「ばあさん、聞いたか?」


「聞こえてるわよ」祖母の声が電話越しに響いた。「大成功じゃない」


「成功って…でも、これって大丈夫なの?」


「何が大丈夫じゃないのよ。てこちゃんの望み通りになったでしょ」


確かに、みんなが「クロ」と呼んでくれるようになった。


でも、何かが違う。この状況は、自分が求めていたものとは少し違う気がする。


そんなことを考えていると、図書室から先輩の姿が見えた。


「あ、クロさん」


佐藤先輩が手を振ってくれた。てこの心臓が跳ね上がる。


「先輩、こんにちは」


「今日も図書委員の仕事?」


「はい」


「頑張ってるね。そうそう、君のこと『クロ』って呼んでるけど、本名じゃないよね?」


てこはドキッとした。


先輩はなぜか魔法の影響を受けながらも、疑問を抱いているようだった。


「え、えーと…」


「いや、無理に教えなくてもいいよ。でも、いつか本当の名前も聞かせてもらえたら嬉しいな」


先輩の優しい言葉に、てこの胸がきゅっと締め付けられた。



## 第四章 おじいちゃんの助言


その日の放課後、てこは重い足取りで祖父母の家に向かった。


「ただいま…」


「おかえり。どうだった?」祖母が期待に満ちた目でてこを見つめた。


「うん、みんな『クロ』って呼んでくれるようになったよ」


「それは良かった」


「でも…」


てこは縁側に座り込んだ。祖父が新聞を置いて隣に座る。


「でも、なんか違うんです。確かにみんな『クロ』って呼んでくれるけど、それって魔法だからでしょ?本当の私を見てくれてるわけじゃない」


「ほう」祖父が相槌を打つ。


「特に先輩は、私のことを『クロ』って呼んでくれるけど、本当の名前を知りたがってる。でも、魔法で無理やり『クロ』って呼ばせてるなんて…なんだか嘘をついてるみたいで」


祖母は少し困ったような顔をした。


「でも、てこちゃん。これで名前のコンプレックスは解消されたでしょ?」


「それが…されてないんです」


てこは正直に告白した。


「本当の名前を隠してることが、余計に気になるようになっちゃって。先輩に『黒川鉄心』って名前を知られるのが、前よりも怖くなったんです」


祖父が深く頷いた。


「そうだろうな」


「じいさん?」


「ばあさん、お前の魔法はいつもそうだ。表面的な問題は解決するけど、根本的な解決にはならない」


祖父は孫に向き直った。


「てこ、お前が本当に怖がってるのは何だ?」


「え?」


「名前が男っぽいことか?それとも、その名前を先輩に知られることか?」


てこは考え込んだ。


確かに、名前そのものより、先輩にどう思われるかが不安だった。


「先輩に…変だと思われることかな」


「なるほど。じゃあ、もし先輩がお前の本当の名前を知って、『素敵な名前だね』と言ったらどうだ?」


「え…そんなこと…」


「あり得ないことか?」


祖父の問いかけに、てこははっとした。


確かに、先輩は自分の「鉄心」という名前を気に入っていると言っていた。


もしかしたら、自分の名前も…。


「それに」祖父は続けた。


「お前の『鉄心』は『てこ』と読む。これは、ばあさんが考えた読み方だ」


「え?」


祖母が少し慌てたような顔をした。


「じ、じいさん、それは…」


「本当のことを言っても構わないだろう」祖父は祖母を制した。


「てこ、実はお前が生まれる前、病院では男の子だと言われていたんだ」


「男の子?」


「ああ。それで、ばあさんは男の子の名前として『鉄心(てっしん)』を考えていた。ところが、生まれてみたら可愛い女の子だった」


祖母が小声で口を挟む。


「それで、慌てて『てこ』って読み方に変えたのよ。漢字は気に入ってたから、そのまま使いたくて」


「え…そうだったの?」


「私は反対したんだ」祖父が苦笑いした。


「女の子なんだから、もっと可愛い名前にしようって。でも、ばあさんが頑として譲らなかった」


「だって、『鉄心』って、とても良い意味の漢字なんだもの」


祖母が声を大きくした。


「意志が強くて、芯のある子に育ってほしいって思いがあったの。それに、『てこ』って響きも可愛いでしょ?」


てこは初めて知る自分の名前の由来に、複雑な気持ちになった。


「つまり」祖父が続けた。


「お前の名前は、ばあさんの愛情がたっぷり詰まった、世界に一つだけの特別な名前なんだ。『鉄心』と書いて『てこ』と読む。確かに珍しいが、それがお前らしさでもある」


「おじいちゃん…」


「それに、もし本当にその先輩がお前のことを好きになるなら、名前なんて関係ないはずだ。大切なのは、お前がどんな人間かということだろう」


祖父の言葉が、てこの心にすっと入ってきた。


「でも、もう魔法がかかっちゃったし…」


「それは大丈夫よ」祖母が手をひらひらと振った。


「明日の朝までに解除しておくから」


「え、できるの?」


「当然でしょ。私の魔法だもの」


祖父が呆れたような顔をする。


「最初からそう言えばいいものを…」



## 第五章 本当の自分


翌朝、てこは緊張しながら学校に向かった。


魔法が解けているかどうか、確かめるのが怖いような、楽しみなような。


「おはよう、黒川さん」


美咲がいつもの調子で声をかけてきた。魔法が解けている。


「おはよう、美咲ちゃん」


教室でも、みんなが元通り「黒川さん」と呼んでくる。


不思議なことに、昨日のことを覚えている人は誰もいないようだった。


一時間目の出席確認。


「黒川鉄心」


先生が普通に名前を呼んだ。


「はい」


何事もなく授業が始まった。


放課後、図書委員の仕事をしていると、いつものように先輩がやってきた。


「こんにちは」


「あ、先輩。こんにちは」


てこの心臓が高鳴る。今日こそ、本当のことを話そう。そう決めていた。


「そうそう、君の本当の名前、まだ聞いてなかったよね」先輩が微笑みかけた。


「あ、はい…」


てこは深呼吸した。祖父の言葉を思い出す。


大切なのは、自分がどんな人間かということ。


「黒川鉄心です」


「え?」


先輩が驚いたような顔をした。


「黒川…鉄心?僕と同じ漢字?」


「はい…。『てこ』と読みます」


てこは頬を赤らめながら説明した。


「昨日、『クロ』って言ったのは、なんだか恥ずかしくて…。男の子みたいな名前だと思われるかなって」


先輩はしばらく黙っていた。てこは不安になって俯いてしまう。


「素敵な名前だね」


え?と顔を上げると、先輩が優しく微笑んでいた。


「僕の『鉄心』は『てっしん』だけど、君のは『てこ』なんだね。同じ漢字でも、全然違う印象になる。とても可愛らしい名前だと思うよ」


「本当に…そう思いますか?」


「うん。それに、『鉄心』って、芯が強いっていう意味があるでしょ?君にぴったりだと思う」


「え?」


「図書委員の仕事、すごく真面目にやってるし、この前本を散らかしちゃったときも、最後まできちんと片付けてた。そういう責任感の強さ、僕は素敵だと思うよ」


てこの目に涙が浮かんだ。嬉しさと安堵で胸がいっぱいになる。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、本当の名前を教えてくれてありがとう。てこさん」


先輩が自分の名前を呼んでくれた。魔法でもなんでもない、本当の自分の名前を。


その日の帰り道、てこは足取りが軽やかだった。


祖父母の家に着くと、二人が縁側で待っていた。


「おかえり。どうだった?」祖父が尋ねる。


「最高でした」てこは満面の笑みで答えた。


「先輩が、私の名前を素敵だって言ってくれたんです。『てこさん』って呼んでくれて」


「それは良かった」祖父が嬉しそうに頷いた。


祖母も満足そうに微笑んでいる。


「ねえ、おばあちゃん」てこが尋ねた。


「本当は最初から、魔法なんて必要なかったんじゃない?」


「そうかもしれないわね」祖母がいたずらっぽく笑った。


「でも、てこちゃんが自分で気づくまで待つのも、おばあちゃんの魔法の一つなのよ」


「え?」


「勇気を出すきっかけを作ってあげること。それも立派な魔法でしょ?」


祖父が笑い出した。


「なるほど、そういうことか。ばあさんの魔法は、いつも一筋縄ではいかないからな」


てこも笑った。


確かに、あの騒動がなければ、自分から本当の名前を明かす勇気は出なかったかもしれない。



## 第六章 新しい始まり


それから数日後、てこは図書室で先輩と一緒に作業をしていた。


文芸部の先輩が図書委員の手伝いをしてくれることになったのだ。


「てこさんは、どんな本が好き?」


「えーと、恋愛小説とか…あ、でも最近は推理小説にも興味があって」


「へえ、僕も推理小説好きなんだ。今度、おすすめを教えるよ」


「ありがとうございます」


二人で本を整理していると、先輩がふと口を開いた。


「そういえば、てこさんの『鉄心』って、誰が名付けたの?」


「おばあちゃんです。実は、ちょっと面白いエピソードがあるんですよ」


てこは祖母から聞いた名前の由来を話した。


病院で男の子だと言われていたこと、慌てて読み方を変えたこと、それでも漢字は変えたくなかった祖母の気持ち。


「素敵なおばあちゃんだね」先輩が微笑んだ。「僕も会ってみたいな」


「え、本当ですか?」


「うん。てこさんのことを『鉄心』って名付けてくれた人だから」


その時、図書室のドアが開いて、同じクラスの男子が入ってきた。


「黒川さん、いる?あ、いた。これ、返却」


「はい、ありがとうございます」


てこが本を受け取ると、その男子は先輩を見て少し驚いた顔をした。


「あ、佐藤先輩。こんにちは」


「こんにちは、田村くん」


「先輩と黒川さんって、仲良いんですね」


「図書委員の手伝いをしてもらってるんです」てこが説明した。


「そうなんだ。そういえば、黒川さんの下の名前って何て読むんですか?『鉄心』って…」


「『てこ』よ」


その時、図書室に聞き覚えのある声が響いた。


振り返ると、祖母が立っていた。


「お、おばあちゃん?なんでここに?」


「てこちゃんが先輩の話ばかりするから、どんな子か見に来たのよ」


祖母は堂々と図書室に入ってきて、先輩を見つめた。


「あなたが佐藤くんね」


「は、はい」先輩は少し戸惑いながら立ち上がった。「初めまして」


「初めまして。てこの祖母です。いつも孫がお世話になってます」


「こちらこそ」


祖母は先輩をじっと見つめて、満足そうに頷いた。


「うん、良い子ね。てこちゃんの『鉄心』の話、してくれたのでしょ?」


「はい。素敵な名前だと思います」


「そうでしょう、そうでしょう」祖母は嬉しそうに手を叩いた。


「実はね、最初は『てっしん』にする予定だったの。でも女の子だから『てこ』にして…」


「おばあちゃん!」てこが慌てて制止した。


でも、先輩は興味深そうに聞いている。


「それは興味深いですね。僕の『鉄心』は『てっしん』ですから、何だか運命的な感じがします」


「でしょう?」祖母の目がきらりと光った。


「実は私、ちょっとした魔法使いなのよ」


「おばあちゃん!」


てこは真っ赤になって祖母を止めようとしたが、先輩は面白そうに笑った。


「魔法使いですか。素敵ですね」


「本当よ。この前も、てこちゃんのために恋愛成就の魔法をかけてあげたの」


「ちょっと効果が微妙でしたけどね」てこが苦笑いした。


その時、田村くんが興味深そうに口を挟んだ。


「魔法って、本当にあるんですか?」


「もちろんよ」祖母が胸を張った。


「でも、一番強い魔法は、自分で勇気を出すことなのよね」


先輩が深く頷いた。


「それは僕も思います。てこさんが本当の名前を教えてくれた時、とても勇気がいっただろうなって」


祖母は満足そうに微笑んで、てこの頭を撫でた。


「そう、それが私の一番の魔法。てこちゃんに勇気を出すきっかけを作ってあげることだったのよ」



## 第七章 祖父の真実


その夜、てこは祖父母の家で夕食をご馳走になっていた。


「今日は先輩におばあちゃんが会えて良かったね」てこが箸を動かしながら言った。


「ええ、とても良い子じゃない」祖母が嬉しそうに答える。


祖父はずっと黙って食事をしていたが、やがて重い口を開いた。


「てこ、お前の名前のこと、もう少し詳しく話しておこうか」


「え?」


「実は、ばあさんが最初に『鉄心(てっしん)』という名前を考えた時、私はもっと強く反対すべきだったんだ」


祖母が少し不安そうな顔をする。


「どうして?」てこが尋ねた。


「お前が将来、名前のことで悩むかもしれないと思ったからだ。でも…」


祖父は箸を置いた。「今思えば、ばあさんの選択は正しかった」


「おじいちゃん…」


「『鉄心』という漢字には、本当に素晴らしい意味がある。意志が強く、芯のある人。まさにお前にぴったりだ」


祖父の目が少し潤んでいた。


「お前が図書委員の仕事を最後まできちんとやり遂げる姿、本を散らかしても諦めずに片付ける姿、そして今日、勇気を出して先輩に本当のことを話した姿。それを見ていると、ばあさんの願いが本当に叶ったんだなって思うんだ」


てこの胸が熱くなった。


「私が反対したのは、お前に辛い思いをさせたくなかったからだ。でも、その辛さも含めて、お前が成長する糧になったんだね」


祖母が祖父の手を握った。


「じいさん…ありがとう」


「いや、こちらこそ。お前の魔法を信じなくて悪かった」


「あら、私の魔法を認めてくれるの?」


「ああ。お前の一番の魔法は、愛情だ。てこへの深い愛情が、結果的に一番良い魔法になった」


三人は静かに微笑み合った。



## 第八章 文化祭


数週間後、学校では文化祭の準備が始まっていた。


「図書委員会は、読み聞かせの出し物をやります」委員長が発表した。


「読み聞かせ?」てこが首をかしげる。


「小さい子供向けに、絵本の読み聞かせをするんです。


近所の保育園の子たちも来る予定です」


準備委員会で、役割分担が決められた。


「黒川さんは、司会をお願いします」


「え、私が?」


「はい。声がはっきりしていて聞き取りやすいから」


司会なんて、人前に出る仕事は苦手だった。でも、断る理由もない。


「わかりました」


その日の帰り道、てこは不安を抱えていた。


大勢の前で話すなんて、緊張してしまいそう。


「どうしたの?元気がないね」


先輩が隣を歩いていた。最近、一緒に帰ることが多くなっている。


「実は、文化祭で司会をやることになって…人前で話すの、苦手なんです」


「そうなんだ。でも、てこさんなら大丈夫だと思うよ」


「どうして?」


「図書室で本を紹介してくれる時の話し方、とても上手だから。子供たちにも、きっと伝わると思う」


先輩の励ましに、少し勇気が湧いてきた。


「ありがとうございます。頑張ってみます」


「応援してるから」



## 第九章 本当の魔法、そして新しい始まり


文化祭当日。図書委員会の読み聞かせ会場は、小さな子供たちでいっぱいになった。


「みなさん、こんにちは」


てこがマイクを持って挨拶すると、子供たちが元気よく返事をしてくれた。


「今日は、楽しい絵本をたくさん読みますよ。最初のお話は…」


最初は緊張していたが、子供たちの笑顔を見ているうちに、だんだんリラックスしてきた。


「次は、『おおきなかぶ』を読みます。みんなも一緒に『うんとこしょ、どっこいしょ』って言ってね」


子供たちは大喜びで声を合わせてくれた。


読み聞かせが終わった後、一人の小さな女の子がてこの元にやってきた。


「お姉ちゃん、名前なんて言うの?」


「てこだよ」


「てこお姉ちゃん?変わった名前だね」


周りの大人たちがはっとした。


子供の無邪気な発言に、どう反応していいか分からない様子だった。


でも、てこは笑顔で答えた。


「うん、変わった名前でしょ。『鉄心』って書くんだよ」


「てっしん?」


「『てこ』って読むの。おばあちゃんが付けてくれた、世界で一つだけの特別な名前なんだ」


「すごーい!」女の子の目が輝いた。


「私も特別な名前が欲しいな」


「きっと、あなたの名前も特別よ。お父さんやお母さんが、あなたのことを思って付けてくれた名前でしょ?」


「うん!」女の子は嬉しそうに頷いた。


その様子を見ていた先輩が、読み聞かせ会場の後ろから拍手をしてくれた。


会が終わった後、てこは片付けをしながら達成感に浸っていた。


「お疲れさま」


先輩が声をかけてきた。


「先輩、見に来てくれたんですね」


「うん。とても良い司会だった。特に、最後の女の子とのやりとり、素敵だったよ」


「ありがとうございます」


「そういえば、てこさんが自分の名前を誇らしく話している姿を見て、僕も嬉しくなった」


「実は…」先輩が少し照れたような顔をした。


「今日、てこさんにお渡ししたいものがあるんだ」


「え?」


先輩が小さな封筒を差し出した。「手紙?」


「うん。僕の気持ちを書いた。読んでもらえるかな」


「は、はい」


震える手で封筒を受け取った。



その日の夜、てこは祖父母の家で手紙を読んだ。



『てこさんへ

僕がてこさんと初めて会ったのは、図書室で本を散らかしてしまったあの日でした。その時のてこさんは、とても慌てていたけれど、最後まできちんと片付けをする姿が印象的でした。

それから、図書委員の仕事を真面目に頑張るてこさんを見ていて、だんだん気になるようになりました。

最初は「クロさん」だと思っていたけれど、本当の名前が「黒川鉄心(てこ)」だと知った時、僕は嬉しかったです。同じ「鉄心」という漢字を持つ人に出会えるなんて、運命だと思いました。

でも、それ以上に嬉しかったのは、てこさんが勇気を出して本当のことを話してくれたことです。

てこさんの「鉄心」は、まさにその意味の通り、芯の強さを表していると思います。今日の読み聞かせでも、小さな女の子に自分の名前を誇らしく説明している姿を見て、改めてそう思いました。

僕は、てこさんのことが好きです。

てこさんがよろしければ、今度、二人でお茶でもしませんか?

佐藤鉄心(てっしん)』



てこは手紙を何度も読み返した。目頭が熱くなってくる。


「どうしたの、てこちゃん?」


祖母が心配そうに声をかけた。


「先輩から…お手紙をもらったんです」


「あら、どんな?」


てこは恥ずかしそうに手紙の内容を話した。祖父も祖母も、嬉しそうに聞いていた。


「それで、どうするの?」祖父が尋ねた。


「お返事…したいと思います」


「それは良かった」祖母が手を叩いた。「私の魔法が効いたのね」


「おばあちゃんの魔法?」


「ええ。てこちゃんが自分の名前を好きになれるように、勇気を出せるようにかけた魔法よ」


祖父が笑った。


「ばあさんの魔法は、いつも回り道をするからな」


「でも、その回り道があったから、私は本当の自分を受け入れることができました」


てこが微笑んだ。


「ありがとう、おばあちゃん、おじいちゃん」


てこは心の中でそう答えながら、自分の名前への誇りと、大切な人への愛情で満たされていた。


「黒川鉄心」。


一時は恥ずかしく思っていたその名前が、今では世界で一番好きな名前になっていた。


祖母の愛情と、祖父の優しさと、そして自分自身の勇気が作り上げた、本当の魔法だった。


(完)

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