夜に咲く花
朝凪るか
第1話
友達に「体調悪い」とドタキャンされたけど、せっかく浴衣を着たから一人で来てみた。
人混みってこんなに暑かったっけ。汗で帯がきつくなってきて、ちょっと苦しい。立ち止まって直そうとしたら、誰かとぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
振り返ると同じくらいの年の子。紺色の浴衣に白い朝顔の柄がかわいい。前髪が汗で額にくっついてて、ちょっと困ったような顔をしている。
「暑いですね」
「ですね」
そのまま立ち話。本当はもう行こうと思ったんだけど、彼女の話し方が落ち着いてて、なんだか居心地がいい。彼女もそんな感じで、足踏みしながら立っている。
「一人で来たんですか?」
「はい。友達がドタキャンで」
「私も一人です」
なんだか嬉しくなった。同じような人がいるんだ。
「よかったら、一緒に見ませんか?花火」
「いいんですか?」
二人で歩き出す。神社の境内を抜けて、裏手の小さな丘を見つけた。コンクリートの段差に腰をかけると、河原の打ち上げ場所が一望できる。
「きれいな浴衣ですね」
「ありがとうございます。お母さんが選んでくれて」
そんな他愛もない話をしながら待つ。緊張してるのか、ドキドキする。
ドーンという音と一緒に、空に大きな花が咲いた。オレンジ色の光が彼女の横顔を照らして、思わず見とれてしまう。
「わあ…」
彼女が小さく声を上げた。その横顔がすごくきれいで、花火より見ていたくなる。
次は青い花火。彼女が「きれい」とつぶやく。私も「うん」と答えるけど、彼女の方を見てる。
赤い花火の時は、彼女が私の方をちらっと見た気がした。目が合いそうになって、慌てて空を見上げる。
金色の大きな花火。今度ははっきりと目が合った。彼女が恥ずかしそうに笑って、私も笑い返す。何かが胸の中で弾けたような気がした。
「花火、きれいですね」私が言うと、
「うん。でも…」彼女が何か言いかけて、やめた。
連続で打ち上がる花火。音が体に響いて、でも私たちは時々お互いを見てしまう。なんでだろう。
「すごいですね」
「うん」
会話は多くないけど、なんだか落ち着く。一人で見てたらこんな気持ちにはならなかったと思う。
最後の大きな花火が夜空いっぱいに広がって、パチパチと音を立てながら消えていく。
「終わっちゃいましたね」
「そうですね」
ちょっと寂しい。この時間が終わってしまうのが。
立ち上がって、人の流れに戻る。駅に向かう道で、自然と並んで歩く。
「楽しかったです」
「私も。一人だったら、きっとすぐ帰ってました」
「そうですよね」
改札前で立ち止まる。ここでお別れ。
「あの…」彼女が口を開く。「また、どこかで会えたらいいですね」
「そうですね。きっと」
根拠はないけど、そう言いたくなった。
「お疲れさま」
「うん。また今度」
手を小さく振って、改札を通る。振り返ると、彼女も手を振ってくれた。
電車の中で窓の向こうを眺めながら、今夜のことを思い返している。
友達のドタキャンに最初は腹が立ったけど、今は感謝したい気分だ。
彼女が途中で言いかけた「でも…」。あの後に続く言葉が、なぜだかずっと気になっている。
夜に咲く花 朝凪るか @tomoru_09
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