最後の体育祭

藤泉都理

最後の体育祭




 沸騰化時代に突入した現代。

 昔は午前の部と午後の部、昼食(お弁当)時間も取られていた体育祭も、もはや午前の部のみ。

 であれば、競技種目も当然減るというもの。

 生徒一人が参加できる競技種目は一つ、ないし、二つというもの。

 高校三年生最後の体育祭という事もあって当然。




「唯一参加できる借り物競争に全力を注がなければなるめえよ」


 体力お化け少年と称される芳野よしのは軽くジャンプをしてのち、ピストルの音と同時に走り出しては、あっという間にメモを手に取ると、そこに書かれているお題を見た。

 お題はズバリ、透明な食べ物(氷は不可)であった。


(透明な食べ物。氷以外………氷以外に透明な食べ物なんかこの世にあるのか?)


「葛餅があるよ」

「今持っているか?」


 氷以外の透明な食べ物が思いつかなかった芳野は、三年C組のスペースに居た、クラスメイトの和菓子大好き少年、観田かんだに助けを求めたのである。


「っつーか、何で体育祭に参考書持って来てんだよ。今日ぐらい勉強なんて忘れようぜ」

「これは参考書じゃないよ。参考書型の箱なんだよ」


 観田は膝の上に乗せていた参考書、ではなく、参考書型の箱を開き、中に入っていた葛粉、砂糖、きな粉を芳野に見せながら、調理室に行こうかと言ったのである。






「あれ? まだ作ってたのか。葛餅」

「うん。何だか味に納得できなくて」


 観田を担いで調理室に行った芳野は、あっという間に葛餅を作ってくれた観田に礼を告げたのち、葛餅を持ってグラウンドへ向かい見事優勝をかっさらったのであった。


「何だろう。何かを忘れているような気がするんだ。とても大切な粉を」

「っふっふっふっ。それはこれじゃないかね。観田君」


 芳野は小さなジップロップに入った白い粉を見せた。

 くわりっ。

 観田は目をかっぴらいた。


「そ、それは、」

「っふっふっふっ。食堂のおばちゃんにもらったぜ。俺も葛餅は美味かったけど、何かが足りないと思ってたんだぜ。何かとは何か。そう。塩だ。きな粉と砂糖だけでも十分に美味いんだけどよ。うちはきな粉と砂糖に塩も加えているからな。粗塩をな」

「芳野君」

「まだ原材料は残ってるか? いや。残ってなかったら、食堂のおばちゃんに分けてもらうから、一緒に作ろうぜ。葛餅。そんで、クラスメイト。いや。学校中に配ろうぜ。葛餅をよ」

「………うん。それじゃあ、食堂に行こうか? 芳野君」

「ああ。最後の体育祭を、葛餅で盛り上げようぜ」


 微笑を浮かべた芳野と観田は勢いよく肩を組んでは、そのまま食堂へと向かったのであった。


「うん。汗臭いし暑いしもう離れてもいいんじゃないかな、芳野君」

「もう少し最後の体育祭に浸ろうぜ、観田君よう」











(2025.9.5)



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最後の体育祭 藤泉都理 @fujitori

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