最終章
2525年、東京。
図書館の児童書コーナーで、ミラは古い絵本を手に取っていた。 「浦島太郎」と書かれたその本は、彼女が子供の頃に読んだものとは明らかに違っていた。
好奇心に駆られて頁をめくると、そこには驚くべき物語が描かれていた。海と陸の争い、時を超えて戻ってきた勇者、そして海賊との戦いと犠牲。それは昔ながらの亀を助けて龍宮城を訪れる物語ではなく、英雄の冒険譚に変わっていた。
「これは…」
ミラは息を呑んだ。彼女の記憶の中の浦島太郎の物語とは全く異なる内容だった。しかし、不思議と胸に馴染む感覚があった。まるで、どこかで聞いたことのある物語のように。
彼女は絵本を図書館員のところに持って行った。
「すみません、この本はいつからあるものですか?」
「ああ、この『浦島太郎英雄伝』ですか?」図書館員は眼鏡の奥の目を輝かせた。
「日本最古の英雄譚の一つですよ。千年以上続く伝説です」
「千年…」ミラは呟いた。
「昔は違う内容だったような…」
「ああ、おそらく別の民話と混同されているのでしょう」図書館員は親切に説明した。
「浦島太郎の英雄伝は、海と陸の和平を説く重要な歴史書でもあるんです。特に彼が残したという『月の涙』と呼ばれるお守りは、国宝にも指定されていますよ」
「お守り…」
その瞬間、ミラの頭に鮮明なイメージが浮かんだ。青と緑の布で作られたお守り。彼女が誰かのために作ったもの。
「どこかで見られますか?そのお守り」
「ええ、もちろん。三重県の浦島神社に祀られています」図書館員は答えた。
「毎年、海の日には特別公開されるんですよ」
ミラは絵本を借り、図書館を後にした。彼女の中で、何かがゆっくりと繋がり始めていた。断片的な記憶。太郎という名の男性。「時を超える」という言葉。そして自分が作ったお守り。
アパートに戻ると、彼女は絵本を隅々まで読み込んだ。英雄浦島太郎の冒険と犠牲。乙姫との愛。そして海と陸の和平。
最後のページには、色鮮やかな絵とともに文章があった。
「英雄が残した『月の涙』のお守りは、今も浦島神社に大切に保管されている。毎朝、朝日を浴びると青く光り、訪れる者の心を温かくするという。お守りの横には英雄の石像が立ち、今日も変わらず大好きな海を見つめている」
ミラの目から涙が溢れ出した。なぜ泣いているのか、自分でもわからなかった。ただ、この物語が彼女の魂の奥底に強く響いたのだ。
「彼は…成功したのね」
彼女は自分の言葉に驚いた。誰が何を成功したのか、明確には思い出せない。しかし、誰かが大切な使命を果たしたことは確かだった。
その夜、ミラは不思議な夢を見た。
満月の夜、海辺に立つ彼女の姿。そして彼女の前に立つ着物姿の青年。彼が微笑みながら言う。
「ありがとう、ミラ。約束を果たしたよ」
夢から覚めた時、ミラの頬には涙が伝っていた。彼女は窓辺に立ち、東京の夜景を越えて、はるか遠くの海を感じようとした。
「誰かが、時を変えたのね」
彼女は静かに呟いた。その言葉に込められた意味を、彼女自身も完全には理解していなかった。しかし、心の奥では知っていた。どこかで、誰かが歴史を変え、より良い世界を作ったのだと。
その年の夏の日、ミラは衝動的に三重県へと向かった。浦島神社を訪れるために。
古い神社に足を踏み入れた彼女は、案内に従って奥へと進んだ。そこには荘厳な祭殿があり、中央に水晶のケースに収められたお守りがあった。
青と緑の布で作られたそのお守りを見た瞬間、ミラの中で何かが砕けるように崩れた。涙があふれ、彼女はその場に膝をついた。
「やっぱり…」
彼女の手が勝手に動き、自分の胸元を探った。そこには何もなかったが、かつて同じものを作った記憶が鮮明に蘇っていた。
彼女は全ての記憶を取り戻した。いや、別の時間軸のミラが与えてくれたという表現が近いかもしれない。
隣に立つ石像を見上げると、凛々しい青年の姿。その眼差しは今もなお、永遠に海を見つめていた。
「良かった。太郎…あなたは成功したのね」ミラは静かに語りかけた。
「あなたの願いが叶ったのね」
彼女はお守りに手を合わせ、静かに祈った。
祭殿を後にするとき、不思議と心が軽くなったような感覚があった。彼女は神社の外に立ち、海を見下ろす崖に向かった。
そこからは、広大な海原が一望できた。波は穏やかに岸に寄せては返し、変わらぬリズムを刻んでいた。
「海と陸…」
ミラは風に髪を揺らされながら、深呼吸をした。潮の香りが懐かしく感じられた。
帰り道、彼女は海辺の小さな村を通りかかった。その村の漁港では、祭りの準備が進められていた。
「何のお祭りですか?」ミラは地元の老人に尋ねた。
「浦島祭じゃよ」老人は嬉しそうに答えた。
「海の民との友好を祝う、千年続く祭りじゃ」
「海の民?」
「ああ」老人は目を細めた。
「昔は実在したという説もあるが、今では象徴的な意味合いじゃろうな。海に生きる者たちへの敬意を表す祭りじゃ」
ミラは頷いた。何故か、それが正しいことのように感じられた。
この日を境に、ミラの人生には小さな変化が生まれた。毎年、海の日には浦島神社を訪れるようになった。そしてその夜、懐かしい面影の青年は必ず夢に登場し、その冒険劇を話してくれた。ミラはその話を聞くと心が暖かくなり、どんな困難にも負けない勇気を手に入れることができた。
この先、永遠に語り継がれる浦島太郎の伝説は、これからも人々の心に希望の光を灯し続けるだろう。海と陸が一つになる時代の証として。
【オリジナルSF小説】浦島太郎〜Another Story〜【完結】 タカユキ @takayuki365
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