第12話 職員室の邂逅



「ここでいいんだよね……」


私は、廊下の突き当たりにある職員室の扉の前で足を止めた。

放課後の校舎はいつもより静かで、遠くの教室から誰かの笑い声がかすかに響いている。

窓から差し込む夕日が、床の木目を赤く照らしていた。


クラス委員長に選ばれたホームルーム後、イリア先生から呼び出しがあった。

「それではクラス委員長のほのかさん、連絡事項があるので職員室まで来てください」と、告げられた。


こうして扉の前まで来た私だったが、開けるのを躊躇していた。

(うーん……職員室って、なんか、緊張しちゃうよなー)

別に悪いことをしたわけでもないのに、扉の前に立つだけで背筋が伸びる。


ライラもクロエもミルルも、一緒に残る、と言ってくれたけれど、どれくらい時間がかかるかわからなかったから、先に帰ってもらった。


こんなところで時間をかけてもしょうがないし……


「よし……」


意を決して、扉を軽くノックする。


コン、コン。


「失礼します」


そう声をかけてから、静かに扉を開けた。

部屋の中は思っていたよりも広く、木の香りとインクの匂いが混ざったような空気が漂っている。

机の上には整然と書類が並び、魔導書らしき分厚い本が山のように積まれていた。


「イリア先生、いらっしゃいますか?」


声を上げながら職員室を見渡していると――


「ほのかさん、こちらです。お待ちしていました」


その声に視線を向けると、奥の方にイリア先生が立っていた。


先生は軽やかに歩み寄ると、「こちらへどうぞ」と案内された先は職員室の奥にある小さな応接スペース。


「ご足労かけました。」


イリア先生はそう言って、優雅に会釈した。


「立ち話もなんですし、座ってください」


「は、はい。失礼します」


すすめられるままソファに腰を下ろす。

ふかふかで、座った瞬間に身体が沈み込むような感覚。

思わず姿勢がゆるみそうになるけれど、なんとか背筋を保つ。


「こちらどうぞ、わたしの国のお茶です、お口に合えば良いのですか」


イリア先生が差し出したカップの中では、黄金色の液体がゆらゆらと光を反射していた。

花のような香りが立ちのぼり、心が少し落ち着いていく。


「ありがとうございます。いただきます」

カップを両手で包み込み、一口飲む。


ほんのりとした甘みと、花蜜のような香りが喉を通っていく。


(……なんだろう、この感じ。懐かしい味がする)


温かい湯気に目を細めながら、私はひとつ息を吐いた。


「それで、先生。連絡事項って、なんですか?」


軽く問いかけると、イリア先生は静かにティーカップを置いた。

その仕草がどこか緊張を帯びていて、空気が少しだけ張りつめる。


「ええ……ほのかさんをお呼びしたのは、伝えたいことがあるからです。」


「……?」


イリア先生は小さく頷き、言葉を選ぶように息を整えた。


「私は、あなたのお母様――神代凛花さんと同じく、異種族交流評議会I.C.C.に所属しています。」


「I.C.C.……?」


確かそれって――この学校を設立した組織の名前だったはず。

(ていうか、お母さん……そのI.C.C.の職員だったの?…初耳だ……)


「驚くのも無理はありませんね」

イリア先生は柔らかく微笑んだ。


「凛花は、かつて人間族と異種族の友好関係を築くための特使として活動していました。

この学園――ヴィナロディア女子学園は、彼女たちが築いた土台の上に建てられた場所なのです」


「お母さんが……?」

ぽつりと声が漏れる。


「はい。そして、私もその部隊――異種族間の均衡を保つために動く、特務機関の一員でもあります。」


「……特務、機関?」


「ええ。私たち妖精族の世界アルヴヘルムは、人間族との友好を最優先にしています。

ですが、それを快く思わない者も多い。

私たちの機関は、そう言った軋轢を防ぐために動いているのです。」


「そして私は、あなたをサポートするためにこの学園へ派遣されました。」


「……はぁ。」


まだ半分も飲み込めていない私に、イリア先生はやわらかく微笑む。


「ほのかさん、あなたは凛花からどのくらいお話を聞いていますか?」


呼び捨て……先生ってお母さんと仲良いのかな?

少し迷ってから、私は答える。


「ええと……“今年度に魔王候補が入学するから、その人たちと仲良くなってほしい”って言われました」


「………概ね、その通りです」

先生は小さくうなずき、机の引き出しから数枚の書類を取り出した。


「この学園に在籍する“魔王候補”たちと、親交を深めてください。

彼らは次の時代の鍵を握る存在です。

あなたが仲良くなることで、将来の争いを未然に防ぐことができるかもしれません」


「そしてこちらが、あなたが在学中に接触するであろう“魔王候補”たちの資料です」


私は恐る恐るレポートを受け取る。

紙面には、見たこともない名前や種族の一覧、そして各個体の魔力量や特性が細かく記されていた。

それぞれが異なる世界の出身で、どの項目にも「危険度」や「要注意人物」といった文字が並んでいる。


(みんな……つよそう……)


ページをめくるたびに、自分の胸の奥が妙にざわめく。


(私に……できるのかな……?)


そんな不安が顔に出てしまったのか、イリア先生は優しく微笑んだ。


「それと、凛花から聞いています。――探し人がいるのでしょう?」


「……っ!」


胸の奥を突かれたような感覚に、私は反射的に顔を上げた。


「私たちの機関は、あらゆる異種族の記録を保有しています。

協力してくれるなら、あなたの探し人を見つける手助けができるかもしれません」


「……ほんとに?」

胸が、きゅっと熱くなる。


(――×××ちゃんに、会える?)


けれど、その期待と同時に、冷たい不安がすぐに追いかけてくる。


「で、でも……私、その子の顔も、名前も思い出せなくて……」


言葉にした瞬間、こめかみの奥がズキッと痛んだ。

まるで、記憶の奥にかかったカーテンを無理やり開けようとしたような、そんな鈍い痛み。

私は思わず頭を押さえた。


「そうですか……」


イリア先生は静かに目を伏せ、どこか悲しげな表情を浮かべた。

その瞳の奥に、一瞬だけ翳りが落ちた気がした。


「ですが、“世界樹の葉”を使えば記憶を辿ることぐらいは可能です。

貴重なものですから、おいそれと渡すわけにはいきませんが……」


いくつもの感情が胸の中で渦を巻き、どうすればいいのかもわからなくなる。


けれど――次の瞬間、自分の中から自然と声が出た。


「わかりました……! 私、協力します!

ここにある全員と、仲良くなって見せます!」


言葉にすると、胸の奥の迷いが少しだけ晴れていく気がした。

不安よりも、今は“やらなきゃ”という決意の方が強かった。


その言葉に、イリア先生はふっと目を細めた。


「それは、心強いですね」


穏やかな笑み。

けれど、その横顔はどこか神秘的で、私は一瞬見惚れてしまった。


「それから、こちら凛花から預かったものです」


イリア先生が、金色の紋章が刻まれた小箱を差し出した。


「これ、なんですか?」


どこか温もりのある箱。

手に取ると、指先にかすかな魔力の波が伝わってきた。


「私も知らされていません。開けてからのお楽しみ、だそうです」


少し緊張しながら蓋を開けると――中には、一振りの杖が静かに眠っていた。

銀と白を基調とした杖で、柄の部分には蔓のような模様が絡みついている。

光を受けるたびに、小さな星粒のような光が瞬いた。


(……きれい……)


息をのむ。

そして、その輝きを見た瞬間、胸の奥で“記憶のざわめき”が弾けた。


『ほのちゃんにこれ上げる。大切にしてね』


――小さな手、優しい声、笑っていた誰かの顔。

ぼんやりとした映像が脳裏に浮かび上がって、私は思わず杖を抱きしめた。


(……×××ちゃんが……くれた杖……)


「これは……」


イリア先生が思わず身を乗り出す。

目を細め、杖の表面を食い入るように見つめながら、息をのんだ。


「…なんて美しい造りでしょう。見事です……!

素材は《星晶樹の芯》に、《ルーミア鉱石》……いや、この輝き……《アルンガルド水晶》も混じっていますね。

どれもアルヴヘルムでも高純度素材です。

しかもこの魔力の流動……杖そのものが“呼吸”している。

調律率が驚くほど高い。……いったい、どなたから?」


先生の声には、知らず熱がこもっていた。

その姿に、私は思わず口元を緩めてしまう。


(……イリア先生、案外こういうの好きなんだ……)


やがて先生は我に返ったように咳払いをして、表情を整えた。


「失礼しました。少々、専門職の癖が出ましたね」


「……さっき話してた、探してる子です。

この杖……その子からもらったものなんです」


イリア先生の目が、わずかに和らいだ。

ゆっくりと姿勢を戻し、穏やかに微笑む。


「そうですか、いい友人ですね、」


「……はい。すごく、大切な人です。」


口にした瞬間、胸の奥にあたたかいものが広がる。

そして同時に、どうしようもなく“会いたい”という気持ちが込み上げてきた。


そんな私の表情を、イリア先生は静かに見つめていた。

やがて、ふっと柔らかく微笑む。


「本来、魔法の授業は二学期から始まるのですが……せっかくですし、少しだけ私が教えましょう」


「えっ……いいんですか?」


「どうやらあなたには、少し特殊な魔力が流れているようです。

早めにコントロールできた方がいいでしょう」


(特殊な魔力……? おかーさんが言ってた、“異種族をメロメロにする”っていうやつかな……?)


イリア先生は微笑を含んだまま、紅茶をひと口。


「詳しいことは、来週の健康診断の際に話を聞いた方がいいでしょう。

――さあ、始めましょう。立ってください」


その日、私は暗くなるまで魔法の練習をしていた。

夕暮れの光の中、杖の先が何度も淡く光を放つ。

そのたびに、あの子の笑顔が少しだけ近く感じられた。




I.C.C Report

◆人間族(Humanis)


種別:知性種/社会統合種

平均寿命:80〜100年

分布:ミズカルズ全域


◾️特徴:外見や体格、髪色・肌色の個体差が大きく、種族的画一性はほぼない。魔力は低めだが、訓練により魔力操作を習得可能。


人間族は柔軟性と汎用性に優れ、魔法・剣術・学問・工芸・医術などあらゆる分野で平均以上の成果を発揮できる。

観察力・協調性・戦略性に優れ、異種族間の衝突を和らげる「潤滑油」として信頼される。


■備考:異種族に好まれる

多才で汎用性が高い:魔法・武技・学問など幅広く対応可能。

柔軟な価値観:文化や習慣の違いに順応し、相談役・調停役に適任。

繊細な対人感覚:感情の変化を察知し、安心感を与える。

外見・性格の多様さ:幅広い個性が異種族の好奇心を刺激する。


■能力値


魔力   ★★☆☆☆

力    ★★☆☆☆

知力   ★★★☆☆

協調性  ★★★★★

適応力  ★★★★☆

生活技能 ★★★★☆




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学園でただ一人の人間族、気づけばみんな私に夢中でした ジェネレイド @tmtgdjxmapmat

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