第11話 クラス委員長
昼休みが終わり、教室に戻った瞬間から、体はすでに午後の睡魔との戦いだった。
お腹いっぱい食べたせいで、机の上に置いたノートを取る手は重く、まぶたも徐々に下がっていく。
先生の声は遠く、反響するように、頭の奥に心地よい眠気を運んでくる。
(……眠い………)
必死に頭を振ってみるけど、黒板の文字が子守唄みたいに目にしみ込んでくる。
「ぐぅ……」
キーンコーンカーンコーン。
――気がつけば、終わりのチャイムが教室に鳴り響いた。
「ふぁ……終わった……」
思わず声に出してあくびをすると、隣でライラが小さく肩を揺らして笑った。
「眠そうだったわね、ずっと舟こいでたわよ」
彼女はわざとからかうように囁いてくる。
「むーん、起こしてくれればよかったのに……」
私が不満げに口を尖らせると、彼女はすぐさま返してくる。
「だって、寝顔が可愛かったんだもの。」
そのからかうような口調に、私はむっとしつつも返す言葉が見つからず、机の上に突っ伏した。
窓の外には、午後の日差しが差し込み、教室の中を黄金色に染めていた。
そんなゆるんだ空気を引き締めるように、ホームルームの開始を告げる声が響く。
机を揺らす小さなざわめきや、椅子の軋む音が静かに教室に広がる中、イリア先生がゆっくりと前に歩み出た。
「みなさん、今日の授業はこれで終わりですが――もうひとつ、大事なことを決めなければなりません」
それまで雑談していた生徒たちの視線が、一斉にイリア先生に集まった。
「そう。クラス委員長を決めましょう」
その言葉は教室中に重く響いた。
「推薦、もしくは自薦で挙手してください」
先生の声が合図のように落ちる。
誰も動かず、時間だけ過ぎていく。
教室中が互いの顔をうかがう中――。
「はい!」
教室の沈黙を破るように、澄んだ声が響いた。
手を挙げたのは、玄武族の少女。
青みがかった長い髪をきっちり三つ編みにまとめ、鼻の上には銀縁の眼鏡。
背筋をぴんと伸ばしたその姿は、まさしく「委員長」という言葉が似合っていた。
(あの子、確か名前は……)
思案しかけた瞬間、彼女は凛とした声で告げる。
「私が立候補します。玄武族の セレナ=グランヴィア です」
生徒たちの視線が彼女に集中する。
「セレナさんが立候補ね」
イリア先生が黒板に『セレナ=グランヴィア』と書きつける。
「では、他にいますか?」
誰も黙ったまま動かない。
教室の空気はすでにセレナで決まりという方向に傾いていた。
私が教室を見渡したとき、不意に先生がこちらを見つめているのに気がついた。
(……? なんで私の方見るの……?)
戸惑いが胸をよぎった、その時。
「はい」
またもや澄んだ声。
今度はクロエが手を挙げた。
「クロエさんも立候補?」
「いいえ、違います」
クロエは小さく首を横に振り、にこりと微笑んだ。
「わたしは――神代ほのかさんを推薦します」
「ふぇっ? 私?」
思わず裏返った声を出してしまう。
完全に油断していた頭が、一瞬で目を覚ました。
突然のことで混乱し、思考はぐるぐる回る。
「わたしも賛成! ほのかなら絶対うまくやれる!」
隣のライラが嬉しそうに笑って、勢いよく手を挙げる。
「えっ、ちょっと」
抗議の言葉が口から漏れる。
さらに追い打ちをかけるように、小さな声が響いた。
「……ぼ、ぼくも……ほのかさんがいい……です」
顔を真っ赤にして、ミルルが手を上げていた。
教室が一気にざわつく。
「え、ほのかさんが委員長?」
「人間族が……?」
「でも、ほのかさんに指導されたい」
あちこちでクラスメイトたちの囁きが飛び交う。
先生は軽く手を叩き、全員の注目を集める。
「他に立候補者はいませんか?」
イリア先生の問いかけに、誰も手を挙げなかった。
「では、立候補はセレナさん、推薦はほのかさん。候補者が二人いるので多数決で決めましょう」
一瞬、セレナの瞳がわずかに細められる。
その瞳は静かな闘志を燃やすものだった。
イリア先生の提案で挙手による投票がはじまった。
「それでは結果は…」
黒板の前で、先生が票を数え終える。
――結果は、圧倒的多数で私。
「決まったようですね。ほのかさん、一年間、よろしくお願いします」
「えーー」
思わず変な声が出てしまった。
セレナはほんの一瞬だけ表情を揺らしたが、すぐに眼鏡の奥の瞳を細めて口を開いた。
「……なるほど。民意を尊重するべきですね。ほのかさん、これからよろしくお願いします」
彼女の瞳の奥には小さな翳りが差していて、ほんの少しだけ、落ち込んだように見えた。
だからこそ、私は思わず口を開いた。
「……あ、あの、だったら……副委員長、セレナさんにお願いしたいんだけど……どうかな?」
セレナは少し驚いたように目を瞬かせたあと、口元をきゅっと結んだ。
「……いいのですか……多数決で負けた私を副委員長に任命して……うぅ甲羅に引き篭もりたい」
彼女は途端に涙目になりながら指先をいじる姿は、普段の凛とした彼女とはまるで別人だった。
「もちろんだよ!ほら私、おっちょこちょいだからセレナさんがサポートしてくれてると嬉しいなぁ」
私の言葉に、セレナの肩が小さく跳ねた。
そして頬を赤く染めながら、視線をそらし気味にぽつりと。
「……え……ほのかさん……優しい……好き……」
一瞬、教室の空気が固まった。
セレナ自身もハッと気づいたのか、動揺したように慌てて咳払いをし、言葉を上書きする。
「な、な、なんてね! ……副委員長は引き受けました!これから、このクラスを一緒にまとめていきましょう!」
「うん、頑張ろうね」
こうして私はクラス委員長になった。
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