その12.平穏な日々

 昼前に知日路と漆の乗った列車は時刻通りに発車し、わずか数時間で終点に到着をした。

 一泊分の軽い荷物を持って二人が改札出口に向かっていると、そのすぐ向こうに乃愛、凪々帆、爽雨の三人が待機しているのが見えた。

「みんな! どうしたの? 日曜日なのに」

「だってなんか明日まで待てなくてさ。で、どうだった?」

 改札を出るのももどかしいように乃愛が話しかけてくる。

 知日路は軽く駆け出すようにスマホを改札にかざし、その輪の中に入る。少しだけ遅れてゆっくり歩きながら漆もそこに加わった。

「ええ。本当に素晴らしかった。やっぱりプロの演奏を生で見ると色々なことが勉強になるわ。そうそう、ライブの動画ももらえたからあとでみんなで鑑賞会をしましょう」

「演奏会もそうだけどさ。それだけじゃなくってー」

「ん?」

「だから、漆と二人きりでの旅行はどうだった? て聞いてるの」

 悪気のないように乃愛が言った。

 知日路はちらり、と漆の方に目線を移すと漆はちょっと芝居がかったように肩をすくめた。

「そうです! 知日路先輩! 漆先輩に何かされたりしませんでしたか!」

「ちょっと。どうしたの爽雨ちゃん」

「だって一緒の部屋に泊まるとか……。私、昨日はずっと心配で連絡しようかどうか迷っていたんです」

「あんたねえ。ちょっと心配性を通り越して妄想がすぎるんじゃない?」

 くわっという感じで知日路に詰め寄る爽雨に、後ろから口を挟んだのは漆だった。

「じゃあ聞くけど、あなたの言う『何か』って何よ、爽雨」

「何って、それはその……意地悪なことを言われたりとか、他に……」

「爽雨。ここは一応は公共の場ですから、そういうことは口にしない方がいいですよ」

 言い返された爽雨がトーンダウンしたところに凪々帆が追い打ちをかけた。詰められた爽雨は「すみません」とものすごく小さな声で言った。

「はーバカバカし。次からはこういう機会があったら爽雨と行きなさいね、知日路」

「もう、漆ったら。私は漆と一緒で楽しかったわよ。また今度もよろしくね」

「待って、待ってよ。私は? 私も誘ってよね」

 面倒くさそうに漆が言うと、それに合わせて知日路と乃愛がいつもの調子で話を続けた。

「あ、そういえばこれ」

 と、漆が乃愛の前に菓子折りの入った紙袋を差し出した。

「昨日メッセージで送ってくれたお菓子ってこれでいいの? 駅で探し回ったから乗り遅れるところだったわ」

「やったー! ありがとう! 漆。愛してる~」

「ちょっと。だからここは公共の場なの。やめなさいって」

「じゃ、抱き付くのはあとにするね」

 と、言って乃愛は漆の隣に寄り添うように歩き出した。

 それに続くように一年生の二人と、知日路も続いていく。

 何事もない、平穏な一日。

 旅行が始まる前と全く変わらない、いつものみんなといつもの日々。

 不意に知日路が一歩だけみんなの歩調から外れて立ち止まった。

 前を歩いていた漆が気づいて、ちらりと横目でその姿を見つけた。

「ねえ、知日路。先生に渡すお土産ってあなたが持っていたんだっけ」

「うん。カバンに入れちゃったからすぐ出すわね」

 先を歩いていた漆が数歩戻る形で最後尾にいた知日路のところに向かった。

 取り出した菓子折りを漆に手渡す。

「これでいい?」

「うん。ありがとう」

 紙袋の取っ手を渡す瞬間に、軽く指先が触れた。

 つつ、と離れるのを惜しむように数ミリお互いの指を撫でるようにして、すぐに離れる。

「ね! 先生に渡すのって私達と同じお菓子?」

「もう! あんたは本当にそういうところにばっかり興味持って」

 急いで漆が前方の乃愛のところに軽く駆けて行った。

 知日路もゆっくりと自分の鞄を閉じてみんなのあとに遅れないように歩き始める。

「……」

 追い抜きざまに、凪々帆は知日路の横顔を見た。

 おそらく、二人のほんのかすかな指先の仕草を目にしたのは三人のうち自分だけだったろう。仮に乃愛と爽雨のいずれかが目にしたとしても、それがどういう意味を持つものだったか気付けたかどうかはわからない。

 それくらい二人の仕草は微かで、小さなそよ風が空気をゆらめかせたくらいのものだったからだ。

 凪々帆は知日路と漆の後ろ姿とその意識してだろう離された距離感に軽く首をかしげた。

「まあ舞台裏、というのは知らなくていいことかもしれませんね」

 誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいて、凪々帆もその芝居の腰を折らないようにと後を追っていった。

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ほしいならちゃんとほしいと叫んでよ みなとさがん @sagannosaga

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