朗夢宝夢 ―愛の等級、ただいま進化中―

いまい あり

序章 ふられ続けの彷徨う先

第1話 また振られましたが何か?

 表通りの時計は、ちょうど十八時を指していた。

 夏の終わりが近いせいか、日没は日に日に早くなる。仕事を終え、家路を急ぐ人々の足取りとは対照的に、脩史はるひとの歩みは重く、ふらつく視線は焦点を失ったまま空をさまよっていた。


――また、振られた。


 今日は久しぶりに尚哉と会うはずの日だった。残暑の照り返しはまだ強い。だからこそ、二人で緑豊かな公園のカフェに腰を下ろし、ゆっくり過ごすはずだった。

 だが、席に着いた瞬間、尚哉は怒りをあらわにした。


「脩史、いったい何度言えば気が済むの!」


「……そんなに、聞いた?」


「七月二十七日、三十日、それに八月一日。ここ一か月で十四回だよ。週に二回のペースで『俺のこと好き?』って聞いてきた! 信じられないの?」


 詰め寄られて、脩史は言葉を失う。


「あ、そ、そんなに……ごめん」


「謝らなくていいから、もう別れて」


「……は?」


「俺が浮気してるの、知っててわざと聞いてるんだろ?」


 脩史はカップの底を見つめながら、小さくつぶやいた。


「そんなつもりじゃ……。でも、やっぱり浮気してたんだ?」


「『やっぱり』って何だよ! 初デートから毎回同じことを聞かれて、こっちはうんざりしてたんだ!」


 尚哉の怒声に、脩史は無表情のまま顔を上げた。


「……そうか」


 気になっていた理由が分かり、ただ一人で納得する。


「その態度がムカつくんだよ! 知ってたならストレートに聞けばいいだろ。遠回しにされる方がよっぽど鬱陶しい!」


 尚哉は苛立ちを隠さず立ち上がり、脩史を置き去りにしてカフェを出ていった。


 取り残された脩史は、ただその背中を見つめていた。


「……また、ウザいって」


 浮気を疑っていたわけじゃない。ただ気になったから確かめたかっただけなのに。けれど、結果はいつも同じだ。結局、また浮気されて、また振られた。

 どうして自分は長続きしないのだろう。揺らぎのない愛など、この世には存在しないのか。


 気づけば周囲の視線が集まっていた。カフェの真ん中で醜態をさらしたことにようやく気づき、脩史は足早に店を出た。


 夕闇に包まれる公園の小径を抜け、木々の奥へと進んでいく。人気が途絶えたのを確かめると、彼は叫んだ。


「俺の理想は、永遠の愛なんだーー!」


 脩史の友人たちは口をそろえる。


「マッチングアプリで探せば?」

「永遠の愛なんて幻想だよ」

「妥協も必要だろ」


 ――本当にそうなのか。永遠の愛を求める俺は、おかしいのか。


 脩史は思索を抱えたまま、深まりゆく闇の中を自宅のマンションへ向かった。


 エントランスを目前にした時、スマホが震える。


《永遠の愛。あります》


 怪しげな通知に、脩史は眉をひそめた。

 まさか、こんな文言で誰かが釣られると思っているのか。そう笑いつつ、続きを読んでしまう。


《本日、午後七時にお迎えにあがります》


 ……お迎え? 一体誰が。住所も教えていないのに来られるはずがない。


「来られるもんなら来てみろ」


 公園の時計が七時を告げる。脩史は周囲を見回した。もちろん、誰の姿もない。


「やっぱり詐欺メールだな」


 鼻で笑った、その瞬間だった。


「詐欺ではありませんですよ!」


 声とともに、燕尾服の男が目の前に現れた。背丈は脩史よりやや低く、品のある初老の紳士である。


「なっ……!?」


「今、永遠の愛と仰いましたね」


「あ、ああ……言ったけど」


「でしたら、見つけましょう!」


 燕尾服の男は深々と礼をして、手を広げる。その先には、いつの間にか赤レンガのレトロな建物が姿を現していた。


 入口には、金文字でこう掲げられていた。


《相方斡旋所》

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