雪に染まらず

縞間かおる

<これで全部>

 浅路雪之丞あさじゆきのじょう一座は元々は女剣劇が売りの大衆演劇の一座だったが、現“浅路雪之丞”(先代の独り娘なのだが)の代になって……座長である二代目浅路雪之丞が主に男形を務め、主に女形を務める中村染太郎との二枚看板となっている。


 この二人……芸達者に加え美丈夫でもあったので公演はいつも満員御礼だ。


 今日の演目である『曽根崎心中』では“徳兵衛”を雪之丞、“お初”を染太郎が演じ“おひねり”や“お花”が飛び交った。

 ところが座員一同による歌謡ショーの途中で染太郎は舞台から引けて……“送り出し”の時にもその姿は無かった。



 ◇◇◇◇◇◇


 明け方近くに“ねぐら”に戻って来た染太郎に、夜着にしているスウェット姿まま鎮座していた雪之丞は苦言を呈した。


しんさん(染太郎の本名)! 昨日のアレは何だい!? お客様には申し訳ないし、座員への示しが付かないじゃないか! 先代がアンタとワタシを育てた時、何か分け隔てをしてたかい?! いくらアンタが先代が育て上げた看板役者だって、ワタシも贔屓はできないんだよ!」


 染太郎は少し斜に構えて言葉を返す。


「それは、座長としてかい? それとも……」


「座長としてだよ!! 自惚れんじゃないよ!それ以外の何があるってんだい!!」


 染太郎は切られたタンカを薄笑いで返す。


「そのタンカ! 先代譲りの小気味良さで惚れ惚れするねえ~ だが!」

 と染太郎は手を伸ばし、雪之丞の“スウェットの胸”をムンズ!と掴む。


 いきなりの事に雪之丞は「ギャッ!!」と叫んで飛び上がった。


「何するんでい!!」

 物凄い勢いで雪之丞に

 染太郎は

「おや?! 何をお言いかぇ?」と女形の“しな”を作って


 化粧も何もしていないのに一瞬にして妖艶なオーラを放ち雪之丞の口を封じた染太郎はまたガラリ!と空気を変えて、いなせな博徒のを纏った。


未通女おぼこが粋がっちゃいけねえな! そんな態度じゃ東輝とうきエージェンシーの御曹司から嫌われますぜ!」


 図星を突かれた雪之丞は顔を赤らめながらも言い返す。


「笹川さんに何の関係があるの?!! 第一、アノ人は私なんかからすりゃ雲の上の人なんだ!!」


「お嬢は相変わらず可愛いねえ~ ワタシャ お嬢よりは色恋の機微を分かってる。その上で申しますが、あの御曹司はお嬢に気がありますよ!」


「笹川さんがワタシの事を?! バカをお言いでないよ! しがねえ旅芸人は旅芸人同士で乳繰り合うのが関の山! 先代だってそうさ! 先代は信さんを心から買ってたし、そういう“お膳立て”なのさ!」


「お嬢!それは違うね! 確かにワタシは先代に可愛がってもらったが、こうも言われた 『いいかい!信!例えしがねえ旅役者でも女形になるからは女心の底の底まで知らなきゃならねえ!だから女を喰い尽くさんばかりに遊びな!ただ、アンタの芸を見に来てくれる“カタギの”お客様には手を付けちゃいけねえよ!』ってな!」


 その言葉に……雪之丞は少しばかり長いスウェットの袖を両手でギューッと握り締めた。


「だったらさっさとワタシを抱きな!! 例え夫婦めおとになったってワタシャ座長だよ! 看板役者の華を散らすなんて事はしねえし、させねえよ! 先代だってそうだろっ?!」


 その言葉に染太郎は薄くため息を付き、ジャケットの内ポケットから分厚い銀行の封筒をゴゾッ!と取り出した。


「こいつぁ手切れ金だ」


「どういう事??!!」


「お嬢は先代の“女の涙”を見た事はねえのかい? ワタシャ何度も見た。もし先代がを自分の娘にも流させたいなんて思う薄情なお人だったら捨て子のワタシを我が子同然に育ててはくれねえさ」


「だからどういう事なの??」


「皆まで言わせるとは悟りの悪いお嬢様だな。 先代はワタシとお嬢が一緒になるなんて望んじゃいなかったさ!

 だってそうだろ?!ワタシャこんな唐変木! お嬢が死ぬまで苦労するのは火を見るよりも明らかだ! 

 それにワタシだって、浅路雪之丞一座に縛られ、一生座長の飼い殺しになるのはゴメンだね! 『芸の為にカタギじゃない女を喰らい続ける』と言うのがワタシの信条だからな!

 芭蕉を気取れば『日々旅にして女をすみかとす』だ!!

 だからこの辺が潮時!袂を分かつ時だ。

 昨日抜けさせてもらったのはヘッドハンティングって奴さ!来週早々にもワタシャ博多の進撃座に立つさね」


「そんな勝手は許さねえよ!!」


「お嬢! これはあの御曹司とも付いた話だ! その封筒もだが……これから出る支度金もすべてお嬢の手に渡る様にしてあるし、当座の穴を埋める“花形”も手配済みだ。お嬢もこれからは一座を切り盛りするだけじゃなく、時々は可愛い女として“いいひと”に甘えなよ!」


「後足で砂を掛けるようなオトコが何を言うのさ!」


「言うさ! 『俺』がそんなお嬢を見たかったんだからな!!

 これ以上は四の五の言わず、の舞台を見てくんな!」


 そして染太郎は見えない刀をスラリ!と抜いて“国定忠治”のあの有名な場面を演じて見せる。


「赤城の山も今夜を限り、生れ故郷の國定の村や、縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分の手めえ達とも、別れ別れになる首途かどでだなあ~」


「ヨ! ニッポンイチッ!!」

 涙絡みの掛け声を入れながら雪之丞は封筒を引き裂き、を染太郎へ向かって次々と舞わせた。




                        

                            終わり

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雪に染まらず 縞間かおる @kurosirokaede

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